「イマイチ、パッとしない終わり方だわ。いっそ、この阿呆の頭をぶち抜いて 、ヘンリーには御免なさいで済まさないこと? ねえ、徹」 夕子の台詞に恐れおののく大佐を他所に、冷静な部下は凶暴な女神をなだめに 掛かる。 「ここら辺りで一度CIAに貸りを返いておくのは重要ですからね。それで無 くてもヘンリーには色々と世話に成っているじゃありませんか。あんまり勝 手な事をすると、もう情報をくれなく成りますよ」 2人の会話を聞いて、ようやく哲三はひとつの謎が解けていた。 (そうかい、警視庁の各課を出し抜き続けて来たのは、アメリカの情報部のお かげって事なのか… これは、報告できんな。やれやれ… ) およそ警務課員の仕事には似合わない都市迷彩服を着込み、ショットガンを肩 に吊るして愛する桜子を抱えたままで、哲三は呆れて溜息を漏らしていた。そ の後、何事も無く大使館を出ると、そこにはヘンリーが待ち構えている。 「いいわよ、そろそろ北の連中に声を掛けてあげなさい。どうせ近所まで出ば っていて、遠巻きに睨んでいるでしょうからね」 徹から捕虜を譲り受けて満面の笑みを浮かべるヘンリーに向って、夕子が不機 嫌に言い放つ。 「その必要もありませんよ、すでに連中の何人かの姿を確認していますからね 。我々がここから引き払うと同時に、おそらく雪崩れ込んで来ることでしょ う」 CIAが渇望する情報を持つ大佐の確保に成功したことから上機嫌なヘンリー は、捕虜を黒のワンボックスに押し込むと、中で控えていた要員に手渡す。 「皆さんは、あちらの車でお帰り下さい。それでは失礼しますよ、夕子さん、 徹、それにカメタニさん」 ほとんど手を汚す事も無く北の軍関係者の大物を確保した事から、ヘンリーは 意気揚々と引き上げて行く。 「さあ、僕らも戻りましょう」 徹に促された一行は、前もってCIAが用意してくれた別の車に乗り込むと、 そのまま夜の街へと消えて行く。彼等が去って5分と間を置く事も無く、再び 大使館に数台の車が滑り込み、厳しい顔付きの東洋人達が、母国の軍人による 暴走の後始末に取り掛かって行った。
「なにも無い? とは、いったいどう言う事なのかね? わざわざ大阪からや ってきて、無駄飯を喰らって帰るつもりなのか? 」 手練の警務課員と言うふれこみで関西からやってきた哲三と桜子を、参事官は 警視庁の自室で睨み付けている。素直に項垂れる桜子とは違って、哲三の方は 何処吹く風とばかりに、警視庁幹部の嫌みを聞き流す。 「どうやら、まったくアテ外れだったようだよ、亀谷警部補。大阪府警から、 君ならば、あの連中の尻尾を絶対に捕まえると太鼓判を押されていたのにな」 たとえ、どんなに当て擦りを言われても、まさか徹や夕子に不利な事実を漏ら すわけに行かない警務課員は、プイと横を向き顎の無精髭をボリボリと掻いて いる。 「なんとか言ったらどうなんだ? 亀谷くん。何の成果も上げられなかったな らば、せめて詫びの一言くらいはあっても良いだろう? 」 彼等が夕子と徹の暴走を押し止めてくれるのでは無いか? との期待が大きか っただけに参事官の苛立ちは募り口調も辛辣だ。 「まあ、しょうがないですよ。実際に何も出て来なかったんですからね。それ に考えてみれば警視庁の警務課ですら、あの2人の尻尾は捕まえられないの ですから、いきなり大阪から来た我々が何とかしようとするには荷が重いで すよ、参事官殿。これ以上お邪魔して無駄飯を喰らっても申し訳ないですか ら、さっさと地元に帰ります」 あっさりと引き下がる警務課員に向って参事官が不平を漏らす。 「すこし諦めが良すぎやしないか? まだ1月足らずしか調査していないだろ う? もう少し腰を据えて真剣に仕事に取り組んでみたらどうなんだ? そ うは思わないのか? 亀谷警部補」 参事官の引き止めに、哲三は苦笑いを浮かべる。 「それは良いのですがね、これ以上警視庁に留まっていると、もう目を瞑って はいられませんぜ。いいんですかい? 」 彼は手にした何通かの報告書を参事官の元に放り出す。不遜な部下の態度に立 腹しながらも、嫌な予感に襲われた警視庁の幹部は、しばらくは無言で書類に 目を通し、やがて顔色を変えて行く。 「まっ… まさか… こんな… 」 報告書の内容を理解した参事官の顔色はすっかりと青ざめて血の気が無い。 「まず、警備部の蔵田警視の情報漏洩。刑事部捜査1課、横田刑事の機密費の 流用。4課の清水刑事の特定広域暴力組織との癒着。総務部会計課の丸太係 長の公金横領。同じく総務部車両課の釜村係長の自動車整備工場への飲み屋 のツケ回し… あの2人のアラ探しをやっていると、こんな不祥事が次々と 目に飛び込んで来ましてね」 どれ一つとっても天下の警視庁にとっては許される事のない醜聞であるから、 参事官の顔色が悪くなるのも当然だ。警察幹部は、あらためて哲三の警務課員 としての高い能力を認めて震え上がる。 もっとも、この一月の間、夕子や徹に張り付いていた警務課員達だから、こん な事まで調べている余裕など当然無い。これらの醜聞は全部夕子が何かに備え て情報を集めていた結果であり、しかも彼女の言葉を信じるならば、呆れる事 に氷山の一角に過ぎないそうだ。 (まったく、とんでもないお嬢さんをアメリカから借りているもんだぜ) 不遜に微笑む哲三に向って、青い顔の参事官が弱々しい声で問いかける。 「その… 別に他意があって尋ねるワケでは無いのだが、これらの件はもう、 うちの警務課には報告していまったのかな? 」 案の定、己にも監督責任問題と言う火の粉が被る案件が多数記載された報告書 を見て、参事官は不安げに問い質す。 「いえ、これらは自分等にとって本来の仕事ではありませんですから、報告書 も参事官にお見せするのが初めてですよ。正直に申し上げて、どう処理すれ ば良いか? 苦慮しております」 自分がすっかりと悪党に成ったと胸中で苦笑いしながら、哲三は真面目な顔で 申し上げる。後ろに控える桜子は事情を知っているから、笑いをこらえるのに 苦労する。 「ふぅ… そうか、まだ報告はしていないのだな。それならば、この件は私が 預かろう。一時に全部処理すれば警視庁の沽券に関わる大問題に発展するか ら、時期を見計らって個別に解決を図る事にする」 どれひとつ取っても頭の痛い問題ではあるが、かろうじて、まだ外部に漏れて いない事を知った参事官は安堵の溜息を漏らしている。 「それで。我々はどうしましょうか? 引き続き、外事3課別室の調査に当り ますか? すると、またぞろ他の問題をほじくり返してしまうかも知れませ んが… 」 真面目くさった顔で哲三が警視庁の幹部に問い質すから、後ろの桜子は肩を震 わせて笑いを堪えている。 「えっ… あ、うん、ああ、その… いや、それには及ばんよ。御苦労だった 、本日を以て密命を解くから、大阪府警の方に復帰してくれたまえ」 これ以上、数々の問題を白日の元に曝け出されては困るから、参事官はあっさ りと哲三と桜子の地元への帰還を許可してしまう。 (やれやれ、これでは、あのお嬢さんや若造とは役者が違い過ぎるぜ) 己の地位の確保に汲々とする警視庁の幹部を見て哲三は苦笑いを浮かべて敬礼 すると、そのまま部屋を後にした。ようやく景色には慣れた警視庁の廊下を歩 きながら哲三はひとつおおきく伸びをする。
「さあ、桜子、大阪に帰るぞ」 「はい、警部補、帰りましょう」 桜子は元気よく返事をすると、微笑みながら彼に従い歩いて行った。
捜査官4 END
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