「お母さんの塚って… 御句麗山の、アレのことか? 」 東日本の御狐様信仰の総本山である御句麗山の狐塚を思い出して、若者な腕の 中の少女に問いかける。もはや生気を失いつつある少女は、青白い顔色ながら 嬉しそうに笑みを浮かべて力無く頷く。 「ずっと、ひとりだったから、ひとりで封じられて来たから… だから、おね がい、かあさまの隣に… おねがい… 」 一千年の長き封印から解き放たれた少女が一目散に東に向かい、苛烈な戦闘を くぐり抜けて厳重な防衛戦を突破した動機を聞かされて、卓也は思わず唸って しまう。 「うぅん… でも、お前、妖怪なんだろう? あの有名な九尾の狐なんだろう が? それが、こんなにあっさりと死んでしまうつもりなのか? なあ、し っかりしろよ。お袋さんの祀られている塚に行くんだろうが? おいったら 、気をしっかりと持てよ! 」 自分を狩る為に動員された若者に、逆に励まされた物怪の少女は、儚気な笑み を浮かべて首を横に振る。 「血を失い過ぎたの、でも、かあさまの隣に埋めてくれるなら、ここで死んで も、別にいい… おねがい、西の社には戻さないで。かあさまの隣に… ひ とりは、いや… 」 血の気を失った少女の悲痛な願いを耳にする若者は、ふいに顔をあげると森の 一角を睨み付けた。 「誰だ! 」 鋭い誰何に応える様に、一人の老人が大木の影から姿を現す。 「驚いたものよ、お前の様な若造が、あの九尾の狐の首を狩ることに成るとは … 長生きはするものじゃ」 西の衆からは傀儡の源内と恐れられた術者は、心底驚いた様子で語りかけてく る。 「アンタは、何ものだ? 」 「気にするな、たんなる通りがかりの老いぼれじゃ、新宮の若者よ」 深い森の中で通りがかりもあったものでは無いが、何故か老人からは敵意が感 じられないから、卓也は再び抱きかかえている少女に目を移す。 「ほれ、ボンヤリしないで、さっさと、妖怪狐の首を取らんか? 長い眠りか ら覚めたばかりにも関わらず、ろくに人の精も吸い取らんままに西の衆や国 防軍の連中と戦ってくれたおかげで、まんまと、こうまで弱ってくれたんじ ゃからな。千載一遇のチャンスではないか? 」 いきなり姿を現した謎の老人である源内の言葉に、若者は苦悩の色を濃くして 行く。 「なんじゃ? なにを躊躇う? お前とて新宮の一族の狩人じゃろうが? 魔 物退治を生業とする術者とすれば、九尾の狐の首を狩るなどとは、これ以上 に名誉な事もあるまい。希代の物怪退治を果たしたと成れば、大きな勲章に 成る事は間違いの無いところじゃろう? 」 老人の言葉に何一つ間違いは無い。彼は腕の中で横たわる少女の捕捉撃破が目 的で、箱根に設けられた絶対防衛線で索敵任務に付いていたのだ。もしも、さ さやかで切実な少女の願いを聞く前であれば、あるいは卓也も任務を忠実に果 たしていたかも知れない。しかし、人の都合で一千年にも渡って一人っきりで 禍所に封じられた挙げ句に、ようやく解放されながら、亡き母親の御霊が祀ら れた塚に辿り着く事もなく、命尽きんとしている少女にとどめを刺す気には到 底成れないでいる。如何に相手が希代の大妖怪と言っても、やはり卓也には出 来ない事なのだ。 「なあ、爺さん。この子、もうダメなのか? 助からないのかい? 」 「これは面妖な事を言う小僧じゃわい。御主は新宮の一族の若衆であろうに? その若衆が、大妖怪にとどめを刺すどころか助ける手立てを聞いて来るとは な… ククククク… なんとも奇怪にして愉快な話じゃわい」 源内は心底から楽し気に高笑いを森に響かせた。 「どうなんだ? もうダメなのか? 頼む、もしも、助ける手立てがあるなら ば、教えてくれ。何があってもアンタには絶対に迷惑はかけない。だから… もしも、何か知っているならば教えて欲しい」 腕の中で見る間に生気を失いつつある少女の深い哀しみを思い、卓也は必死の 形相で懇願する。 「別の難しい事など、何も無いわい。もしも、その子狐を助けてやりたければ 、御主が抱いて情けをかけてやれば済むことじゃ。狐類にとって、なにより の滋養は人の精じゃからな。まして、新宮の一族の末裔の精とも成れば、そ こらの雑魚とは比べ物に成らぬ効能もあるじゃろう」 老人はしたり顔で頷くと言葉を続ける。 「ほんとうに面白い小僧じゃわい。さて、儂はそろそろ御暇するから、あとは 子狐を煮る成り焼く成りと好きにせい。しかし、ほんとうに愉快だ、ククク クク… 蘇った狐の魔物に喰われても後悔するなよ」 現れた時と同様に、老人は唐突に森の中に去って行く。残された卓也は血の気 の失せた少女を見下ろして、僅かの間もの思いに耽った。 (考えてみても、しようがない。答えなんて見つかるわけ、無いものな) 魔物狩りを生業とする一族の男としては資質を問われる行為ではあるが、老人 の言葉を信じた卓也は、側の草地に少女の躯を降ろすと、血痕で汚れた絣の着 物を脱がせて行く。 (俺は、別にロリコンってわけじゃ、無いんだけれどな… ) 汚れた着物が剥ぎ取られて、抜けるように白い肌が露に成ると、相手が名の知 られた大妖怪である事も忘れて、卓也は彼女を見入ってしまう。少女が大人の 女になる一歩、いや半歩手前の妖し気な華麗さを漂わせる整った顔だちは、彼 の心に漣を巻き起こす。 「なっ… 何を考えているんだ? 助ける為に抱くんだろうが! この馬鹿も の! 」 ふいに湧き上がった劣情の恥じて、卓也は誰にとも無く呟いた後に彼女にキス をする。唇を重ねて、唾液を流し込むだけで、少女の頬に僅かながらに赤みが 差すから、若者は大いに勇気づけられた。 (いい匂いだ… それに、なんて柔らかな唇なんだろう) キスをしながら目を開けて、少女をこれ以上無いくらいに間近で眺めながら、 卓也は物思いに耽っている。すると、突然に彼女が瞳を開くから、べつに疚し い気持ちは無い若者であるが、慌てて唇を離してしまう。 「抱いてくれるの? 」 僅かながらに生気を取り戻した少女に潤んだ瞳で見つめられて、卓也は大いに 照れている。 「ああ、だから、キミも頑張れよ。お袋さんの祀られている塚に、一緒にお参 りに行こうぜ」 「うれしい… 抱いて、おねがい… 」 少女の呼び掛けに応えるべく、卓也も身に着けている不粋な迷彩服の上着を脱 ぎ捨てる。邪魔に成る戦闘用の装備類を外した若者は、白い柔肌を曝す希代の 物怪を抱き寄せると、もう一度唇を重ねて行く。こんどは少女の方から積極的 に舌を絡めて来たので、迎えた卓也も頭に血が昇り、唾液を啜り合う様な濃密 なキスを堪能する。
|