『捜査官4』 その1

 

 

 

 

大阪は北浜の伝統と格式を備えた料亭の奥まった一室では、長い歴史を持つ店と

は余り釣り合いの取れぬ一団が屯している。風流な箱庭の先に設えられた離れか

らは、辺りを憚る事も無い男達の笑い声が響いていた。

上座に陣取る痩せた五十年輩の男は不遜な顔で盃を傾け、彼の前で接待に勤しん

でいるのは、一目で筋者と分かる雰囲気を醸し出している肥満体だ。二人に他に

、用心棒然とした、これも素人では無いだろう男が座敷の入り口付近を固めてい

た。

「ははははは… これも副本部長さんのおかげです。今回の手入れも上手く潜り

 抜けましたからな」

徳利を持ち上げて酒を勧める男はおもねる様な口調で、白髪頭の痩せぎすの男を

歓待する。

「まあ、万事まかせておきなさい。どうせ雲の上で陣取るキャリアの連中の点数

 稼ぎなんだから、摘発するのが何処の組織でも構わんさ。それに、お前から貰

 った情報で、他の連中を一網打尽に出来るから、俺の点数稼ぎにも成っている

 からな」

府警本部で組織暴力団の取り締まりの実質的な指揮を取る要職に付いている高原

は、追従笑いを浮かべる肥満体の今浜に鷹揚に答えた。

「それもこれも、高原副本部長の人徳でっしゃろう? 不肖、今浜も御国の為に

 、本部長の御栄達の手助けを出来る事を心から喜んでおります」

最近は幾分蛇頭などの新興の勢力に押されているが、大阪土着の暴力組織を束ね

て隠然たる勢力を保つ今浜にとって、たかが木っ端役人である警察官に頭を下げ

るのは、けして快い行為では無い。

しかし、目の前で最上級の日本酒を舐める様に呑む高原は、長年の苦労の末によ

うやく篭絡した警察内部への手蔓だったので、ここは徹底的に機嫌を取る事にし

ている。今浜が流した対立組織の麻薬取り引きの情報を活用した警察幹部は、こ

れまでに目覚ましい検挙実績を上げていて、それは同時に今浜にとっては競争相

手の没落を意味している。

用心深い今浜は、買収した高原の指揮する警察の手入れで空白化した縄張りの搾

取も、自分が直接に率いている組を使わず、手下に傘下組織を作らせて侵蝕して

いるから、今のところは府警察の他のセクションからも余り強くマークされては

いない。

しかも高原の真面目な部下がコツコツと足で情報を集めて、今浜の組織に不利な

証拠が固まり、いざ手入と成っても情報は筒抜けなので、けして致命的な打撃を

受ける事も無く、肥満体の極道はこの世の春を満喫している。これまで手入れを

喰らって壊滅した他の組織から奪い取った縄張りからの上がりを考えれば、威張

りくさった警察の小役人に頭を下げて賄賂を渡す事など安いものだ。そして、そ

れだけでは飽き足らぬ強欲なヤクザは、次に大きな仕事も企んでいる。

「ところで今浜、そろそろミナミのあの女、飽きて来たぞ」

余り酒には強く無い警察幹部は、顔を酔いで真っ赤にしながら下衆のおねだりを

始める。彼の要望に従い、ミナミのクラブのナンバーワンをマンション付きであ

てがっているのだが、どうやらそろそろ愛人を交換したく成った様だ。

「そうですか、美奈子は中々に良い女でしたが、さすがに高原さんは美食家でい

 らっしゃいますな、半年で飽きてしまいましたか」

図に乗る警察官に内心では腹を立てる今浜だが、そこは手練の極道だけの事はあ

り、表面上は笑顔を絶やさない。

「それでは、今度また新しい女を紹介しますよ。そろそろあのマンションもヤバ

 イですから、どこか新しい場所と上玉を御用意させていただきます。その代わ

 りと言ってはなんですが… あの、他の組織から押収されたヤクの件を… 」

膝を進めてにじり寄る今浜に向い、自分の愛人交換の希望が叶えられそうだと踏

んだ高原は、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。

「任せておけ、消却処分前に摺り替えて、お前の方に流してやるさ。でも、それ

 には何人か他の連中も買収する必要があるぞ、軍資金の準備は良いのか? 今

 浜」

分かり切った事を訪ねる警察幹部に、手練の極道は満面に笑みを浮かべて頷くと

、傍らに置いてある有名なカステラ屋のロゴが印刷された紙袋を引き寄せた。

「とりあえず、工作資金に1000万ほど用意させていただきました。これは、

 あくまで買収資金です。事が上手く運んだ暁には、もちろん副本部長様の方に

 は、格別の御礼を用意させていただきます」

数年掛けて徐々に篭絡されて来た警察幹部は約束された謝礼に目が眩み、ついに

は情報提供だけでなく、すでに押収していた麻薬の横流しにまで足を踏み込む決

意を固めている。

(どんなに頑張ったところで、準キャリアの俺には、もうこれ以上の出世は望め

 ないからな。こうなれば、毒を喰らわば皿までだ)

粉骨砕身して仕事に励んでみても、キャリア連中が頭の上を素通りして出世する

警察機構に不満を溜めた高原は、己の行為を正当化させる為に今の不条理なシス

テムに憤慨している。

(どうせ俺達がいくら摘発に汗を流してみたところで、その数十倍も半島の北か

 ら流れ込んでくるんだ! ここで5〜60キロも横流しをしても、今さら何程

 でもあるまいさ)

現場で踏ん張る刑事が聞いたら憤激するような理屈を捏ねて、高原は押収麻薬の

横流しの計画に加わっていた。それでも、彼は小役人らしく狡猾そうな目で、肥

満体の極道を見つめる。

「本当に後の首尾は整っているんだろうな? 今浜。これが世間に知れたら、俺

 はクビが飛ぶどころじゃ済まんのだぞ」

土壇場で高原に怖じ気付かれてはたまらないから、極道の首魁は自信たっぷりに

鷹揚な態度を示す。

「ははははは… 副本部長が加わって下されば、もう鬼に金棒ですよ。何の心配

 もありません。絶対に上手く行きます。どうか、大船に乗った気持ちで事を進

 めて下さい」

不安を抱える警察幹部をなだめる為に、徳利を持ち上げて更に酒を勧めようとし

た今浜の耳に、とんでも無い台詞が飛び込んで来た。

 

 

「それは、どうかな? 世間はそんなに甘くは無いぜ、今浜組長さんよ? 」

座敷の外からの呼び掛けに驚き固まる警察幹部と組長を他所に、護衛の男は背広

の胸元に右手を忍ばせてスタームルガー製のリボルバーの銃握を掴み、左手で縁

側の廊下に通じる障子を開け放つ。

こじんまりとはしているが、きちんと手入れをされた日本庭園に設えられた灯籠

の脇にひとりの男が佇んでいる。年の頃は三十過ぎであろうか? 草臥れたコー

トの下にのぞく背広も、けして高価な代物とは思えない。角張った顔には、広域

暴力団の組長に睨まれてもどこ吹く風といった太々しさが滲み出ている。太い眉

とギョロリと見開いた目からは固い意志も見て取れた。

「どこのチンピラだ。ここが今浜会の仕切っている宴席と知っての不作法なのか? 」

その無気味な雰囲気から、相手がすっかり自分と同じ極道だと勘違いした今浜は

、人の良さそうな仮面を脱ぎ捨てて、凶悪な面相で闖入者を恫喝する。だが、彼

にもてなしを受けていた警察幹部は一気に酔いが醒めた様で、さっきまでアルコ

ールのせいで真っ赤に染まっていた顔を、今度は忙しく青ざめさせているではな

いか。

 

 

 

 


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