その2

 

 

 

 

「亀谷… 警部補、なぜここに? 」

絞り出す様な高原の台詞に、今浜は思わず二人を見比べる。

「なんだ、副本部長の部下の方ですかい? 驚かしっこ無しにして下さいよ」

突然現れるた相手が同業者では無く警官だった事に驚きながらも、今浜は虚勢を

張って苦笑いを浮かべる。

「ちっ… ちがう! 亀谷は… この男は府警察の警務部所属の警官なんだよ。

 警察内部の犯罪の摘発を仕事にしている奴だ。ああ、もう、お終いだ。まさか

 警務部が動いていたなんて… 」

手にした盃を取り落とした事も気付かずに、高原は悲憤に暮れて項垂れる。

「つまり、この野郎は仲間の犬を嗅ぎ回る、犬の中の犬ってわけですね、副本部

 長? 」

さすがに手練の極道だけあって察しの早い今浜は即座に覚悟を決めて凄惨な笑み

を浮かべた。

「なに、心配はいりませんよ副本部長。そんな物騒なお巡りさんなら、今夜限り

 で消えてもらいまますぜ。酔っぱらった挙げ句に川に足を滑らせる事故は、こ

 の世の中に沢山ありますからね。我々はその辺りは手慣れたものです」

事態を察した今浜は傍らに控える用心棒を見てひとつ頷く。親分の意を悟った男

は胸元に隠したリボルバーの銃握から手を離すと残酷な笑みを浮かべて立ち上が

る。

「ひとりでのこのこと現れるとは馬鹿なデカだぜ。この男は東洋大平洋のミドル

 級で2位まで行ったボクサー上がりだ。酒と博打で身を持ち崩した馬鹿だが、

 これまで何人も邪魔者を川に沈めている。お前もさっさと土左衛門に成りやが

 れ」

周到に練り上げた押収麻薬の横流し計画の最終段階で現れた邪魔な警部補を、今

浜は憎しみを込めて睨み付ける。親分の命令に従い立ち上がった護衛は、亀谷よ

りも随分と大きく体格もがっしりとしている。その目には憐憫の欠片も見当たら

ず、むしろ与えられた残酷な任務を楽しむ様な風情すら見て取れた。

「三ヶ月前に大見川の石持橋の近所で浮いた○×会のちんぴらも、お前がやった

 のか? 」

返り討ちのピンチに立った警部補は、我が身の安全を脅かされているにも関わら

ず太々しい顔で問いかける。

「それを聞いてどうする? たとえこいつがやったにしても、冥土への土産話に

 しか成らないだろう? 」

用心棒に変わって今浜が嘲笑いながら答えた。

「あら? そうかしら? 叩きのめされる前の懺悔は、手数が省けて助かるのに」

いきなり響いた女の声に、縁側に一歩足を踏み出していた用心棒は驚愕して横を

振り向く。庭に面して長く伸びた縁側で、じっと潜んで気配を断っていた美女は

、弾かれたバネの様に跳躍すると、元東洋大平洋のランカーに顔に素晴らしい右

の回し蹴りをヒットさせたのだ。不意を突かれて切れ味鋭い回し蹴りを喰らった

護衛はたまらない、そのまま派手な音を立てながら襖を壊して諸共に転倒する。

いきなり姿を見せた美女を前にして、高原も今浜も言葉が無い。

「紹介しようか? 俺の部下の緑山桃子巡査だよ。見た通り空手の腕は大したも

 のさ。乱暴自慢のボクサー崩れも、一発でこのザマだからな」

上司の紹介を受けた桜子は勇ましく身構えたままでにっこりと微笑む。年の頃は

25〜6であろうか? 今風のメリハリの聞いた美女だが、大和撫子らしい艶や

かな碧の黒髪が街を闊歩する軽薄な茶髪OL達との違いを際立たせている。

セミロングの髪は規定に従い背中で一つにまとめられて揺れていた。おそらく亀

谷に比べれば半分くらいの小顔の桜子は鼻筋がすっきりと通り、印象的な切れ長

で目尻は少し吊り上がっているから、外国映画に登場するオリエンタル色の豊か

なキャラクターを彷佛させる美女だった。

これも亀谷に比べて頭一つ背の高い美貌の女巡査のプロポーションは、そこいら

の雑誌のモデルを蹴散らす様な素晴らしさで、拳法を通じて鍛え抜かれたボディ

には贅肉一つ見当たらない。だからと言って痩せぎすでも無く、胸のせり出しや

腰のくびれのライン等は申し分はない。亀谷の言葉で、ようやく自分を取り戻し

たやくざの組長は慌てて立ち上がり、大声で隣室に控えているはずの手下を呼び

寄せる。

「おい、お前等! 何をしている! この連中を殺っちまえ! おい! どうし

 た! 」

怒りで顔を赤く染めた手練の極道だが、手下が彼の呼び掛けに応える気配はまっ

たく無い。

「隣の座敷で屯していた連中なら、さっき差し入れた睡眠薬入りのビールをかっ

 喰らって、みんな気持ちよく寝ているぜ」

亀谷警部補の言葉に驚愕した今浜の前で、桃子の蹴りを喰らってぶっ倒れていた

ボクサ−崩れの用心棒が、ようやく意識を取り戻して起き上がろうと不様にもが

く。だが、非情な女巡査は、ふらふらと身を起しかけた用心棒の即頭部に、改め

て威力十分な回し蹴りをみまって完全に意識を刈り取った。

「しつこい男は嫌いじゃ無いけれど、今はお仕事の邪魔に成るからジタバタしな

 いでもらいたいわ」

冷やかに言い放つ美女の台詞が、ほんの束の間の静寂に包まれた座敷に響いた。

用心棒があっさりと蹴り倒された事で自暴自棄に成った今浜は、目の前に用意さ

れていた御膳の足を握ると振り上げて美人巡査に殴り掛かる。彼とて若い頃には

乱暴者で知られた極道だったから、上手く不意を突いたつもりであったが、食器

類が派手な物音を立てて散らばる中での攻撃は、あっさりと美人巡査に躱されて

漆塗りの御膳は空を切った。

「馬鹿なヤクザね、おとなしく亀谷警部補に捕まっていれば、こんなに痛い思い

 をしなくても済むのに… 」

楽々と悪党の悪足掻きを避けた桃子は、残酷な笑みを浮かべて今浜の顔面に強か

に裏拳を叩き込む。

ムギュ!

声に成らない悲鳴を漏らした組長は派手に鼻血を噴き上げながら、部下の用心棒

と同様に不様に座敷に崩れ落ちた。残された高原は呆気に取られたまま、桃子か

ら手錠を打たれて項垂れる。通報を受けておくればせながら出ばって来た所轄の

刑事に機密漏洩の容疑者である警察幹部とやくざの組長を引き渡した亀谷は、誰

にも行き先を告げる事も無く部下の美人巡査を連れて夜の街へと消えて行った。

 

 

「よろしいのですか? 警部補。ちゃんと報告しなくて? 多分今頃は本部長が

 吃驚していると思いますよ」

シャワーを浴び終わり備え付けのバスローブに身を包んだ桃子は、悪戯っ子の様

な目をして亀谷哲三警部補を見つめる。ミナミの外れにあるラブホテルにしけ込

んだ二人を、今頃は府警察の幹部達が血眼に成って捜しまわっている事だろう。

 

 


次に進む

 

目次に戻る


動画 アダルト動画 ライブチャット