その8

 

 

 

 

(あれ? 俺は何時からF15に乗っているんだ? )

毎日T38を飛ばしていたはずの徹は、いきなりアメリカ軍の主力戦闘機のコ

クピットに納まっている自分を知って驚いた。しかも、妙な事に、確かに機体

は単座のF15なのに、目の前に広がる計器類は古式ゆかしいアナログのタロ

ンそのものなのだ。

(いったい、どう成っているんだ? イーグルって、こんなに旧式だったっけ? )

訝る徹の目に最悪のシグナルが飛び込む。エンジンの火災を示すランプが点灯

すると同時に機体は気味の悪い振動に包まれた。

(ヤバイ! エマージェンシーだ! )

これまで経験の無い非常事態に彼は慌てて基地を無線で呼び出す。

「こちらランナー27、ネルソン基地管制塔へ、緊急事態発生! エンジンか

 ら出火、推力が保てない」

火が出たエンジンへの燃料供給のスイッチを閉鎖しながら、徹はエマージェン

シーのマニュアルを懸命に思い出して手順を踏んで行く。

『了解した、ランナー27、そのままアプローチに取り掛かれ、緊急着陸を認

 める』

管制官の冷静な声に驚き、徹が計器から顔を上げれば、もう目の前に滑走路が

迫っているではないか! 

(なんで、もう滑走路なんだ? でも、ラッキーだ! このまま着陸出来る)

安堵の溜息を漏らした新米パイロットは、ようやく余裕を取り戻して操縦に専

念する、しかし… 

(えっ! なんだ? いきなり、こんな地表近くでエアポケット! そんな馬

 鹿な! )

彼の努力も虚しく、機体は瞬時に浮力を一気に失い地面へと墜ちて行くではな

いか!

(冗談じゃ、無いぞ! こんなところで… 嘘だろう! )

滑走路への激突に備えて奥歯をしっかりと食いしばった事で、ようやく徹はう

たた寝から目を覚ます。パシフィック航空が大平洋路線で運行するボーイング

747のファーストクラスのスーパーシートに納まり寝ぼけた平巡査の耳に、

機長からのお詫びの言葉が飛び込んで来た。

『ただいま、当機はエアポケットの影響を受けた為に、乗客の皆様には御心配

 をおかけしましたが、機体に関してはまったく問題はありません。予定通り

 に236便は17:05にはナリタのエアポートに到着の予定です』

ジャンボがエアポケットにはまったお陰で、とんだ悪夢にうなされた徹は、よ

うやく安心してぐったりとシートに背中を預ける。

(ああ、よかった… )

無骨な戦闘機の射出座席とは違い、ゆったりとくつろぐ事が可能な民間航空機

のシートに納まった平巡査は、額に浮いた冷や汗を手の甲でぬぐい去り苦笑い

を浮かべてしまう。機長の予告通りに、747は定刻に成田の国際空港に到着

した。

 

「徹! こっちよ、こっち! 」

大荷物はDHLで六本木のマンションに送ってしまった事から、小さなブリー

フケースひとつの身軽な徹が帰国の審査を済ませると、その場の男達の目を釘

付けにする様な美女がにっこりと微笑んで両手を振って出迎えてくれている。

驚く平巡査に駆け寄った夕子は、彼に抱きつくと場所柄もへったくれも無く情

熱的なキスを仕掛けて来た。

「ふわぁ… 驚きましたよ、夕子さん。どうしたのですか? 」

まさか彼をアメリカの海兵隊の航空団に放り込んだ張本人が迎えに来ていると

は思わなかった巡査は、周囲の同性達の羨みやっかむ視線を痛いくらいに感じ

ながら、十分にキスを堪能した後に驚きの声を上げてしまう。

「うふふ… 実は私も彼方の帰国に合わせて昨日欧州から戻って来ていたのよ

 。1週間ほどパパの日程の方が早く終わったから、あとはニースでバカンス

 を楽しんで来たけれど、やっぱりトオル抜きじゃ退屈だったわ」

ちゃっかりと勝手に任務の期間を延長した女上司の行動に、毎度の事ながら徹

は呆れ返る。

「さあ、こんな混んでいる空港なんかに愚図愚図していないで、行きましょう」

スルリと部下の抱擁から身をすり抜けた美女は、当然のごとくにターミナルビ

ルの奥に目立たぬ様に設置されているVIP専用のエレベーターを目指して歩

いて行く。国賓や政治家、その他の要人の為に用意されている地下駐車場に降

りた夕子は、深々と頭を下げる係員に手を上げて合図をする。待つ程もなく車

停めに一台の真紅のスポーツカーが滑り込む。抜群の存在感を示すフェラーリ

が欧州帰りの美女の前に用意された。

「くっ… 車、変えたのですか? 」

派手なイタリアンレッドの跳ね馬に驚き後ずさる徹の対応を面白がり、夕子は

不敵な笑みを浮かべる。

「前の車は地味だったでしょう? だから今度は少しだけ派手にしてみたの。

 どうかしら? 気に入って? 」

ポ−タ−役の係員からキーを受け取った夕子が珍しく運転席に乗り込むから、

徹は訝りながらも慌てて助手席のドアを開けた。タロンのシートを彷佛させる

フェラーリの助手席に尻を落とした徹を他所に、ダッシュボードの上に置いて

あったサングラスを掛けた夕子は、手慣れた様子でフェラーリを発進させる。

3、6リッターV8エンジンの咆哮は勇ましいが、ジェット練習機のタービジ

ェットエンジンの爆音に慣れた徹にとっては、なにほどのものでも無い。とは

言え、蹴っ飛ばされる様に加速したイタリア製の高級スポーツカーは地下駐車

場を後にすると、すぐに周囲の街並を後方に流し去る様に成る。

(必要最低限の防弾措置は施されているハズだけれど、さすがにフェラーリの

 エンジンは余力がたっぷりだな… )

日頃の所行が祟り、いつ何時、市街戦に巻き込まれるか分からない過激なFB

Iの派遣捜査官の愛車だから、防弾ガラスはもとより、コクピットの周囲には

小銃弾程度は食い止める加工が施されているハズだが、高性能なエンジンを持

つスポーツカーからは、強化装甲車両特有の鈍重さはほとんど感じ取れない。

「それで、どうだった? 戦闘機の乗り心地は? 」

他の車が疎らなのを良い事に、夕子はフェラーリを増々加速させながら問いか

けてくる。

「海兵隊の飛行教官から航空兵団にスカウトされましたよ、中々スジが良いそ

 うです」

少し誇らし気に語る徹の言葉に、夕子は頷いた。

「あら? たしかシールズからも誘われていたわよね。でも転職する気なら、

 海兵隊なんて不粋な所は止めなさい。今は便宜上、彼方をCIAに置いてい

 るけれど、その気があるなら本土に戻ってFBIに引っ張ってあげるから…

 その方が面白いわよ」

過激な女上司の面白いと言う言葉が、どんな意味を持っているか身に染みて分

かっている平の巡査は、慌てて首を左右に振り抗弁する。

 

 

 

 


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