捜査官 4 その12

 

 

 

 

確かに傍から見れば、彼の行動は目の前の角張った顔の男の言う通りなのかも

知れないが、それでも根は善良な巡査は一言くらい言い返さないと気が済まな

い。 

「えっと… 些か誤解があるみたいですね、亀谷さん」

まだ相手が階級を名乗っていなかったから、仕方なく徹はさん付けで亀谷を呼

ぶ。

「誤魔化すなよ。お前がアメリカから来た女捜査官をたらし込んで、彼女のマ

 ンションに入り浸っている事は調べが付いているんだぜ。夕子・グリーン捜

 査官がアメリカ政府からうちの首相を通じて派遣されているのを良い事に、

 規律を踏みにじり法律を蔑ろにする行動に及ぶとは、呆れた腹黒さじゃない

 か? 」

権威や権力を傘にきる者には無条件で反感を持つ哲三は、フェラーリの横で溜

息を漏らす若者を威嚇する様に睨んでいる。戸隠忍者の末裔と言っても、べつ

に里の実家が裕福なわけでは無い。彼の給料では到底手の届かぬイタリア製の

高価なスポーツカーで悠々と重役出勤をしでかす若者に、哲三は反感を募らせ

て行く。更に問い詰めようと口を開きかけた警務課の警部補に向って、新手か

ら予想外の鋭い叱責が他から浴びせられた。

「そこの草臥れた馬鹿中年! ウチの下僕… じゃ無かった部下を、何でコソ

 コソと虐めているの? 」

エレベーターホールで待ち草臥れて無能な部下をわざわざ駐車場所まで迎えに

来た夕子は、無闇に攻撃されているお人好しの徹に代わって亀谷を罵倒する。

「こんな場所で下らない事を問い質していないで、文句があるなら直接ワタシ

 に言いなさいよ」

流石に面と向って夕子と対立するのは、まだ時期尚早と感じた亀谷は、ふて腐

れた顔で黙り込む。

「用事が無いなら、とっとと消えなさい… ほら、徹もぼんやりと突っ立って

 いないの! そんな事だから、阿呆な内部監査課に因縁を付けられるのよ!

 さあ、行きましょう」

言いたい事を全部吐き出した美女は、亀谷の返事も待たずに踵を返すと、その

まま振り向く事も無く傲然と歩み去る。彼女に急かされた徹もペコリと亀谷に

頭を下げたあとで、何故かまったく別の方角にある大きな柱に向っても、もう

一度頭を下げてから、これ以上は夕子を怒らせない為に小走りで後を追い掛け

てフェラーリの元から立ち去って行く。

彼の行動の意味を知る亀谷は内心で舌を巻いている。二人が立ち去った後で、

徹が会釈をした柱の影から、ゆっくりと桜子が姿を現した。

「すみません。勘付かれてしまいましたね、警部補」

不測の事態に備えて、いつもの様に影から上司の警護に当っていた桜子は、驚

いた顔のままで哲三に不始末を謝罪する。

「謝る事は無いさ。お前は完全に気配を消していたんだからな。あれで気が付

 くとは… あの若造、おもった通り一筋縄では行かぬ野郎だぞ」

空手の達人の桜子は戸隠忍者の末裔である哲三の薫陶を受けて、すでに気配を

断つ技は身に付けていた。その気に成れば師匠である哲三すら誑る程に腕を上

げている桜子が潜んでいる事を容易に見破った徹の眼力に、彼は手強さをひし

ひしと感じている。

もっとも、彼等二人の警務課員に比べて死線を彷徨う激闘の場数を限り無く経

験して来た徹なればこそ、必然的に身に付いた勘所であった。実弾どころかロ

ケット弾までも飛び交う様な市街地における豊富な戦闘経験が、若者に野獣並

みの勘を齎している事を哲三は知らなかった。

 

 

 

「これは、本当にあの二人だけで行った捜査の実績なのですか? 警部補? 」

桜子は手にした書類に一通り目を通した後に、呆れた様に上司に問いかける。

大阪府警察所属の二人の警務課員は、警察上層部の浅はかな目論見により警視

庁へ派遣されて本庁舎内の一室を与えられた。

「ああ、どうやら、そうらしいぞ」

麗らかな日ざしが柔らかい窓際に立って、官庁街を見下ろしていた哲三も不審

げな顔で頷いた。

「たった二人で… しかも、僅か3年足らずで、どうして、こんなに凄まじい

 実績を残す事ができるのですか? この資料からでは私にはさっぱりと分か

 りませんよ、警部補」

赤字で大きく丸秘との判が押された幾つもの分厚いファイルを前に、桜子の当

惑は深まるばかりだ。資料を読み進める程に、これが出来の悪いフィクション

なのではでは無いか? との疑いが増して行く。

「見ればわかると思うが、関東を拠点にしていた2つの広域暴力組織は、双方

 共に子組、孫組を含めて半分は粉砕されているし、ほとんど全ての組織が何

 らかの打撃を受けていて、現在は再建に追われている状態だ」

窓の外を眺めながら、哲三は問題の再検討に取り掛かる。

「これをチャンスとばかりに東京進出を目論んだ西の最大手の広域組織も、派

 遣した組員のほとんどは乱戦の末に検挙されているな。もちろん東北から入

 って来た連中も同様だ。でも、それだけじゃ無いぞ、歌舞伎町を拠点に選ん

 だ海外からの流入組は、もっと悲惨だぜ」

彼は振り向くとテーブルに歩み寄り、その中から一冊のファイルを選びだす。

「大陸から甘い汁を求めて乗り込んで来た蛇頭の連中は、通称第2次歌舞伎町

 動乱の末に、ほとんどが撃ち果たされている。荒っぽい仕事で知られる蛇頭

 だが、あの2人のその上を行くようだ。強制送還された連中には、ひとりた

 りとて無傷な者はいなかったと、ここに記載されているからな」

彼は目を上げてあきれ顔の桜子を見つめる。

「奴等外事3課別室にとって、敵は西も東も、それに東北、あるいは大陸系、

 台湾系も、なんの関係も無いんだよ。なんでも顔を突っ込んで、当ると幸い

 に市街戦に持ち込み、結果的に暴力組織の側に壊滅的な打撃を与え続けて来

 た。関わり合うヤクザは見境なく、かたっぱしから殲滅さ」

哲三は呆気にとられる美しい部下の前で、別のファイルを取り上げる。

「2人の目標は暴力組織だけじゃ無い。奴等はこの2年数カ月の間に、半島の

 北の連中が造り上げたスパイ組織にも、大きな打撃を与えているのさ。しか

 も、逆恨みしたスパイ組織から送り込まれて来た刺客も、ことごとく返り討

 ちにするどころか、更に追い討ちを掛けて徹底的な攻撃に及ぶから、最近は

 凶暴な事で知られる北の情報組織も逃げの一手を決め込んでいる」

彼はそのファイルも机の上に投げ捨てると、他の資料にも手を伸ばす。

「こっちでは、F国に対するODAに絡んだ収賄事件を暴いているし… 」

哲三はいちいち選ぶのが面倒に成り、まとめて書類の束を持ち上げる。

「神奈川県警の◯×署における機密漏えいと、暴力組織との癒着の暴露。あは

 は… これは俺達の領分の仕事だな。こっちは、保険金詐欺の為の殺しの犯

 人の検挙。医療ミスの証拠を隠滅した地方病院の経営者のカラクリを暴いて

 いるし、それに、こっちは… 大規模な無限連鎖講違反の摘発だぜ。まった

 く、外事3課別室って言うのは、何様なんだ? 」

憤りを隠す努力をすっかりと放棄した哲三の言葉に桜子もまったく同意見だ。

彼女は素朴な疑問を上司に問い質す。

  

 

 

 


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