「いったい、なんだって俺がアフリカのバン… 何とかって言う国から襲撃さ れなければ成らないんだ? だいたい、襲って来た連中が明らかに東洋人な 事は、お前だって見て知っているだろう? あれはどう見間違えてもアフリ カ系の人種じゃ無い! 絶対に違う! 」 警部補の説得力溢れる主張には、徹も頷き同意を示す。 「はい、そうですが… 連中は中国系アフリカ人だと主張して、あの男を連れ て帰ってしまったそうです。まあ、苦しいのは百も承知の言い訳ですが、お そらくはそれなりの理由があるのでしょうね。ところで… 」 徹はようやく捕まえていた上役の手を離すと、意味ありげな目で彼を見つめる 。その無言の圧力に押されて、つい哲三は若者の台詞を待ってしまう。 「今の亀谷警部補には、2つの選択肢があります。一つは、このままこの部屋 に立て籠り、再び私が現れるまで、誰も信用しないで篭城する、です。まあ 、遅くも36時間以内には、問題はカタが付くと思いますが、それまでここ に隠れているのが正解です」 最初の提案などは、当然却下されると予想している徹は、憮然と佇む警部補に 第2の選択を披露する。 「もうひとつは、この理不尽で不可解きわまりない事態を御自分の尽力で、我 々外事3課別室と共に解決するか? なんですよ。緑山巡査の誘拐について は、表ざたに成れば警視庁始まって以来の大失態と成りますから、出来うる 限り隠密に捜査されています。しかし、残念ながら一課のアプローチでは、 おそらく緑山巡査にはたどり着けません」 あっさりと警察の本丸とも言える警視庁で精鋭を揃えた一課の捜査手法をコケ にする徹だが、言わば独立愚連隊である彼等外事3課別室の辣腕ぶりは、ここ 数日の資料のチェックが十分に裏打ちしている。 「お前… いったい、何者なんだ? どこまで事実を掴んでいるんだよ? 」 ようやく部下の美人警務課員の誘拐と言う未曾有の出来事のショックから立ち 直りを見せた哲三は、本来の迫力を取り戻して巡査を問いつめる。 「彼方が御存知では無い事、それに警視庁の公安の外事2課の知らない色々な 事も、大まかに見当を付けてはいますね」 刑事部に所属する亀谷は、同じ警察と言ってもまったく繋がりが無い公安の名 前が持ち出された事から、さらに困惑を深めている。 「たしか、公安の外事2課は、アジア地域の担当だろう? アフリカの大使館 とは関係ないハズだが… どうなっているんだよ、岸田? 」 混乱に増々拍車が掛かる警部補を、若者は笑顔で見つめた。 「それを聞くと、ひょっとすると警部補は、引き返す事の出来ない道に足を踏 み入れてしまうかも知れませんよ。でも、今ならば、まだ間に合います。こ のまま、この部屋で大人しく待っていて下されば、明後日には緑山巡査を多 分送り届けられると思います」 もったい付けた徹の言葉に、哲三の我慢も限界に近い。 「いい加減にしろ! 俺は誰かにケツを拭かれるのを黙って待っている間抜け に成るのはまっぴらだ! それに部下の窮地をぼんやりと眺めているボンク ラ扱いされるのも断固否定する。もしも、このイカレタ事態に対して、何か お前に手立てがあるのなら、俺は死んでも貴様に張り付いて離れないからな ! さあ、ありていに全部白状してしまえ! 」 激高する上役を前に、徹はひょいと肩を竦めて苦笑いを浮かべる。 「人が親切で忠告して差し上げているのになぁ… やっぱり夕子さんの見立て に間違いは無かったようですね。まあ、それだけの覚悟があるのならば話は 早いです。それじゃ、出かけましょうか」 まったく納得が行かない哲三であったが、さっさと徹が部屋を出て行ってしま うから、慌てて彼も若者の後を追い掛けて廊下に飛び出した。
「フェラーリの次はフォードかよ? まったくお前等は何処の国のお巡りなん だ? 」 濃いグリーンのアメリカ製のセダンの助手席で、哲三は苛立ち棘のある言葉を 若者へと投げかける。2人の警察官を乗せた車は昭和通りを南に進む。 「フェラーリも、このフォードも夕子さんの私物なんです。何しろ僕が配属さ れて3ヶ月足らずの間に、公用車を5台… いや、6台だったかな? とに かく破壊してしまったせいで、もう車両課が次の車を回してくれなく成って しまったんですよね。税金の無駄遣いもたいがいにしろって、僕が怒られて 往生しました」 確かに、調査の為に入手した外事3課別室の破壊した官給品のリストの中には 、何台もの車の名前も記載されていたから、哲三の皮肉も意味が無い。 「でも、便利なんですよ、この車。一応の防弾設備は整えられていますから、 窓ガラスならば9ミリ・パラ、ドアやボンネットは5、56ミリNATO弾 程度は何とか止めてくれますからね」 おおよそ日本の警官にとって不必要と思われる過剰性能ではあるが、おそらく 夕子やこの若者は、何度かその恩恵で危機を脱しているのであろう。 「ねえ、亀谷警部補、くどいとは思いますが、最後にもう一度うかがっておき ますね。ほんとうに、この事件に巻き込まれてしまって良いのですか? 1 00パーセントとは言いませんが、かなり高い確率で緑山巡査の救出は亀谷 警部補抜きで我々だけでも可能だと思います。それに対して警部補が参加さ れた場合には、警務課員としての仕事を大きく逸脱する羽目に陥る事が予想 されるのですよ」 底々に交通量が多い夜の幹線道路でフォードを走らせながら、徹が話し掛ける 。 「俺は部下が窮地に陥っているのに高みに見物を決め込む様な男ではありたく 無い。確かに相手は白昼堂々、警視庁から巡査をかっさらう輩だから、おそ らく裏にはやっかいな事情が山盛りだろう。だがな、若いの、俺は桜子を助 ける為ならば、どんなにヤバイ事でも苦にはせんよ。それに… 」 哲三は、増々正体が掴めない若い巡査を見て言葉をつなげる。 「そんなに俺を巻き込みたく無いなら? どうしてお前は現れたんだ? 放り 出しておけば、土地勘も人脈も無い俺は、せいぜい本庁の中で馬鹿騒ぎする だけで、お前等の桜子救出作戦の邪魔も出来ないだろうに。それでも、俺に 声を掛けた理由がわからない」 一時は可愛い部下の拉致で動転した警務課員であるが、冷静さを取り戻せば着 眼点は鋭い。 「それは、彼方がニンジャだからですよ、亀谷警部補」 いきなり若者に秘密を暴露されて、哲三は大いに驚く。彼が戸隠忍者の末裔で あることは、里の掟により誰にも他言はしていない。愛しい弟子の桜子にさえ 、不思議な体術については口を濁して真実を伝えてはいなかった。 平成の世に里の掟もあったものでは無いのだが、一応直系の末裔である哲三に は一子相伝の秘術も幾つか伝授されているので、彼は忍術を修得している事を ひた隠しにしていた。警察の内部の暗い闇に接する部門で、哲三がこれまでし たたかに生き延びて、ある程度の成果を残して来た裏には忍術の応用が大いに 役立っている。その秘密をいとも簡単に暴いた徹を、彼は畏怖を込めて見つめ てしまう。
またまた中途半端ですが、次回に続きます。
何かひとことカキコ下さると嬉しいです→ 掲示板にGO
|