捜査官 4 その21

 

 

 

 

「ほら、アメリカ人って、ニンジャとかサムライとかに弱いじゃないですか。

 だから夕子さんは、絶対に彼方を巻き込んだ方が面白く成るって言い張って

 いるのです。お気の毒だとは思いますが、ここまでは夕子さんの目論見通り

 に事が進んでいますね」

徹の言葉から受けたショックは大きいが、哲三は問い質さずにいられない。

「いったい、どこから俺が忍者だって、そんなヨタ話を仕入れたんだ? だい

 たい、今の世の中に忍者なんて職業が、あるわけ無いだろう? 違うか? 

 若いの」

身分の露見は困るから、哲三はあくまで恍けてみせる。

「あれ? 警部補は戸隠七流のひとつである陰派の直系で、一子相伝の秘術の

 正当伝承者ですよね? 陰派って、主に情報収拾や長距離潜入偵察が役目だ

 って聞きましたけれど… 」

里の連中ですら、ごく一握りの者しか詳しくは知らない秘密をあっさりと暴か

れてしまうから、哲三はしらばっくれる努力を放棄する。

「何で、そんな事をお前が知っているんだ? 警察官報で見たなんて、つまら

 ん冗談を言うなよ! 」

これまで己の経歴の万事を隠し遂せて来たと信じていた哲三は、狼狽を隠す為

にわざと挑発的な言葉を選び若者を睨み付ける。

「蛇の道はヘビですよ。僕も警察官の端くれにいますから、これくらいの事は

 調べが付きます」

まさかCIAが内閣調査室から譲り受けた情報の中に亀谷の名前が記されてい

たとは言えない徹は、曖昧な笑いを浮かべながら手練の警務課員をけむに巻く

。若者の返答には納得したわけでは無いが、桜子の件を含めて考えるべき事柄

の多すぎる哲三は、一つ小さく溜息を漏らすと、そのまま車のシートにもたれ

掛かり腕を組み黙り込む。

(まず、俺が忍者である事は知られている。そして、桜子と俺は襲撃された。

 相手はどうやらこの小僧やFBIの女捜査官の一味では無いらしい。小僧は

 俺の知らない事実を掴んでいる様だ。襲撃者は拳銃で武装いている上に、第

 三国の外交官の地位を悪用可能な立場にある… 畜生め、これでは、何が何

 だかさっぱり分からんぞ! )

桜子の拉致で動転した哲三だが、落ち着いて事実を並べたところで、何も解明

の手がかりを得られない。こうなれば、あとは徹に従い事態を静観して、出た

とこ勝負しか無いと腹を括ったベテランの警務課員は、拳を固く握り締めてフ

ロントグラスの向こうの東京の夜景を睨み付けた。

(桜子、待っていろよ! 必ず助け出してやるからな! )

憤る警務課員と若い刑事を乗せたフォードは、オフィス街に建ち並ぶ何の変哲

も無いビルの一つの地下の駐車場へと滑り込む。

 

「さあ、こちらですよ、警部補」

エレベーターに招かれた亀谷は、辺りの様子をそれとなくうかがいながら9階

まで昇って行く。徹は慣れているのか? なんの逡巡も無く綺麗に清掃が行き

届いているオフィスビルの廊下を歩いて行く。

(ちっ、嫌味な野郎だ。こうして探りを入れてみても、まったく隙が見当たら

 ん。いったい何者なんだ? )

後ろから視線に殺意を込めて睨めば、明らかに察して背中をピクリと反応させ

る徹に対して、亀谷は不信感をぬぐい去れない。彼の育った里でも、徹の様な

手練の出来物は皆無であろう。戸隠忍群の末裔である哲三をもってしても、少

なくとも一対一では絶対に相手をしたく無いと思わせる雰囲気が若者に背中に

は漂っていた。

「到着しました。どうぞ、お入り下さい」

I&Lカンパニーと書かれた小さな表示板の付いたドアをノックの後で開けな

がら、徹は疑心暗鬼の警務課員を中に案内する。

 

部屋に入ると夕子の他に二人の男が亀谷と徹を出迎える。金髪碧眼、長身でブ

ルックブラザースのスーツがとても似合う男も、その傍らにいる、こちらは丸

の内あたりで見かける典型的な中年の中間管理職と行った風情の男も、柔和な

笑みを浮かべて新参の二人を出迎えた。

(ちっ… 初見から愛想の良い奴にはろくなのはいないぜ)

物腰の柔らかな二人と、興味津々と行った夕子に歓迎されて、哲三は厳つい顔

のままでソファに腰を据える。

「申し訳ないが、自己紹介は遠慮させてくれたまえよ。どうしても私の名前を

 知りたければ、一件落着の後でキミの職場の公安のファイルを探せば分かる

 だろう。ただ、私は今日は東京にはいない事に成っているから、もちろん、

 この友好的だが非公式な会見に出席しているハズは無いんだ」

にこやかな笑みを絶やす事も無く、非の打所も無い標準語で丸の内のサラリー

マン風の男が声を掛けてくる。

「ははは… まあ、半島の北の客人とは違って、私は何も隠す必要が無いから

 ね、初めまして亀谷警部補。ヘンリー・デイビスです、都内で輸入中古車の

 ディーラーをやっています。この事務所もうちのモノですから、どうぞ気楽

 にして下さい」

礼儀正しいアメリカ人は、これまたびっくりするような流暢な日本語で挨拶し

ながら、亀谷に名刺を差し出した。いったい、どう言う事なのか? よく事情

が呑み込めない警部補は、隣に腰掛けた徹を憮然と睨む。

「つまり、こちらの謎の紳士は半島の北の情報組織の方。そして、金髪の格好

 の良い男は我が国最大の友好国の情報部に所属しているエージェントなんで

 すよ、警部補」

一介の警官である哲三は、いきなり対立する二つの情報組織の要員と席を共に

する事になった状況に、さらに困惑を深めて行く。だが、納得の行かない風情

の警部補を他所に、夕子が奥のデスクから立ち上がり、4人の男の前に歩み出

る。

「そして、この私が自由と正義と真実の味方、夕子・グリーン。更に、そこに

 腰掛けている若者は、自由と正義と真実を護る私の忠実なる従卒、岸田徹…

 これで紹介はおしまいよ、ニンジャくん」

呆気にとられる警務課員を他所に、夕子は中間管理職サラリーマン風の男を振

り返る。

「ほら、北のスパイ! この間抜けなニンジャに状況を説明してあげて」

あからさまにスパイ呼ばわりされた謎の男は苦笑いを浮かべながら頷く。

「今回の厄介事の原因は我が国の内部での国防に関する意識のずれと言います

 か、温度差にあります。大量殺戮兵器の拡散防止条約のせいで、我々は核兵

 器の保有が難しくなりました。それに経済援助の見返りに旧式な原子炉の稼

 動も見合わせていますから、事実上は新しい原子爆弾の製造は不可能な状態

 です」

彼は少しネクタイを緩めて、一息吐く。

 

 

 

 


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