鬼畜な旋律 
その1

 

 

 

 

たとえ如何に魂の汚れた者が操るにしても、名器ストラスバリウスから生まれ

る旋律は素晴らしい。良太は音楽の神に身を委ねて、心の趣くままにメロデイ

を奏で続ける。

神野良太は、今年公立の高校へと進学を果たしたばかりの少年だった。両親を

事故で早く無くした良太は、一昨年までは兄と共に後継人である叔父の家に寄

宿していたのだが、その叔父も昨年の暮れには鬼籍に入った事から、今はこの

地に居を構えて兄の進一と気侭な二人暮しを楽しんでいた。

不幸中の幸いではあるが、彼等の他界した両親は資産家だったので、残された

多額の遺産のおかげて少なくとも兄弟がこれから先の人生で、あくせくと働く

必要は無い。

この屋敷も、彼等が相続した数有る所有不動産のうちの一つなのだ。如何に東

京都下と言っても、400坪を上回る豪邸は稀であり、共に音楽を嗜む兄弟に

とっては、隣近所に気兼ねする必要も無い非常にありがたい環境も整えられて

いる。

この広いレッスン室は有り余る敷地に増築された代物で、3重の防音ガラスの

向こうには管理会社の手で十分に整えられた庭園が素晴らしいロケーションを

見せてくれている。

部屋の中央には兄が使うグランドピアノが鎮座したレッスン室で、良太は誰に

気兼ねする事も無く大好きなバイオリンに興じていた。兄の進一は芸大のピア

ノ部門に席を置く学生であるが、同時に新進気鋭の天才ピアニストとしても、

世間から注目を集める存在と成っている。

だが、むろん、専門家達を唸らせるピアノの腕前もさる事ながら、兄のコンサ

ートに集まる若い女性の大半は、音楽的な才能よりも、人並みはずれて端正な

進一の容姿に引かれていることは間違いは無い。海外の新鋭ピアニストの為の

コンクールを席巻する腕前に加えて、スラリと長身な上に甘いマスクを兼ね備

え、さらに資産家の長男とくれば、これで人気の出ない方がおかしいだろう。

人々は進一の見てくれに欺かれて魂の邪悪さに気付く事もなく、この若き天才

ピアニストを賛美し敬愛するのだ。

しかし、良太は兄の真の姿を知る者として、見た目で簡単に騙される世間の誤

解を嘲笑っている。それは、良太もまた、兄と同様に心に大きな闇を巣食わせ

ているからに他成らない。

最近はコンサートやレコーディング、そして大学での勉強と忙しい兄は不在が

ちであるのだが、良太は少しも寂しさを感じる事無く済んでいる。それは、兄

弟思いの兄が、つねに良太の事を心配して手配してくれる気晴らしの慰みによ

る効果であろう。

広大な屋敷に残された良太は、兄の配慮をありがたく受けながら、胸中に広が

る闇を飼い馴らしている。新進気鋭のピアニストである兄を持つ身であるので

、進学した公立高校のオーケストラ部からは熱心な勧誘を受けた良太であった

が、バイオリンの腕前をひた隠しにして入部を固辞していた。

迂闊に部活動などにうつつを抜かしている隙は、忙しい良太には無い。こうし

て、一時の手慰みにバイオリンを奏でている最中にも、目の前で来客を告げる

オレンジのシグナルが点灯する。レッスンの邪魔に成るので、玄関のベルの音

を含めて全ての雑音を遮断している防音室であるから、来客をしらせるランプ

の点灯を視覚情報で得た少年は、愛器を所定の場所に戻すと、レッスン室を後

にする。

 

 

「いらっしゃいませ、さあ、どうぞ」

迎えに出て来た少年を見て、須磨子は驚きを隠せない。都市の頃は15〜6才

であろうか? 薄茶色でくるくるとした巻き毛の子は、唐突に少女漫画に出て

くる美形なキャラクターを彼女に思い起こさせていた。

長い睫が印象的な大きな瞳の持ち主である少年は、須磨子を何者かと誰何する

事も無く迎えると、そのまま屋敷の中の応接間へと導き入れるから、彼女は此

処に来る為に固めた悲愴な決意が揺らぐのを強く感じて狼狽する。

(なんて、可愛い子なんだろう… )

未成熟な牡の中性的な美しさに幻惑された須磨子は、ほんの一時ではあるが、

この屋敷を訪れた悲惨な理由を忘れ去る。ひょろりと伸びた細い手足と、男を

感じられぬ狭い肩幅、さらに、声変わりはまだなのか? と疑いを持つ高いが

柔らかな声、何よりも、そこらで屯するむさ苦しい餓鬼供とは一線を画す端正

で細美な顔だちは、遥かに年下と分かっていても、胸を打つ何かがある。

そう、中学生の頃に、まだ恋いに恋する夢見勝ちな少女だった須磨子が、毎晩

寝る前の微睡みの時に描いた理想のボーイフレンド像が、まさしく目の前の少

年そのものに思える。細い脚の線を綺麗に浮き出させるジーンスにカッターシ

ャツ姿の美少年は、須磨子に一時だけでも苦しい現実を忘れさせてくれていた

「紅茶でよかったでしょうか? 」

少しの間、部屋を空けた美少年が戻って来た時には、これも優美な飾り付けが

なされたトレイに、ウェッジウッドのカップは2つ置かれていて、フォートナ

ム&メイソンのビンテージ・ダージリンの香りが仄かに漂って来た。

「あっ… あの、お構いなく… 」

この屋敷にやって来た時の悲痛な覚悟を忘れてしまい、彼女は美しい少年から

給仕を受けて頬を赤らめる。須磨子は自分の動揺を悟られない様に、落ち着き

を取り戻す為にダージリンに口を付けた。

(ほんとうに、なんて綺麗な子なのかしら… この子が、あの獣の弟だなんて

 、信じられない)

ようやく屋敷に乗り込んだ理由を思い出した須磨子は、カップを皿に戻すと、

毅然とした態度を取り戻して目の前の美少年に眼差しを向ける。

「あの… お兄さん… 進一さんは、いらっしゃるかしら? 取次いで欲しい

 のだけれど… 」

彼女が進一の名を口にすると、少年は嬉しそうに大きな瞳を須磨子の向けて見

つめて来た。

(なっ… なによ、この子、そんな風に見つめるなんて… )

絵に書いた様な美少年から見つめられた事で、須磨子はドギマギしてしまう。

「そんなに会いたいのですか? 彼方を犯した兄さんに、須磨子さん? 」

良太の言葉に、彼女は驚き絶句する。

 

 

(これはまた… 随分とボーイッシュなお姉さんだな)

玄関で須磨子を出迎えた時に、良太は兄にしては珍しい獲物を選んだものだと

内心で苦笑する。これまでの兄は、どちらかと言えばフェロモン系のグラマラ

スな美女を好んで毒牙に掛けて来たものだ。しかし、目の前の長身の美女は、

確かに顔だちは非常に整っているが、髪を短く切りそろえた、スーツ&パンツ

スタイルの良く似合うスレンダーな感が強い。

(いやいや、待てよ… うん、誤解だ。顔だちや化粧、それに洋服の趣味で誤

 魔化されたけれど、胸は大きいし、腰のくびれも中々だ。やっぱり兄さんの

 好みは悪く無いや)

相手も自分の容姿を見て戸惑っている事は手に取る様に分かる少年は、先立っ

て彼女を案内して応接間へと向う。

(切れ長な目に、薄い赤のルージュ、指輪もネックレスのイヤリングも、それ

 にピアスも無い。多分音楽関係から狩った獲物だろうな。ショートヘヤーも

 良く似合うけれど、僕の好みからすれば、もう少し髪を伸ばして欲しいなぁ

 … )

紅茶でもてなす彼女は、ようやく少し落ち着きを取り戻して、彼と兄が暮らす

屋敷を訪れた本題を切り出してくる。

 

 

 

 


次に進む

 

目次に戻る


動画 アダルト動画 ライブチャット