その2

 

 

 

 

「あら、けっこう綺麗に片付いているのね? 場合によっては掃除してあげよ

 うかと思って来たのに」

この1日の努力が報われる言葉を貰い、健太は満面に笑みを浮かべて彼女をも

てなす。夕食はピザでも… と、考えていた健太だが、その心配は必要無かっ

た。

祐子は担いで来た大ぶりのバックの中からタッパに詰まった料理を次々とテー

ブルに並べて行く。後の面倒を考えての事か? コンビニで紙の皿まで用意し

て来た美しい幼馴染みの気遣いに感動しつつ、彼は祐子の心尽くしを次々と口

にしてゆく。

「しかし、あの祐子が料理だものな… 俺も年を取るハズだぜ」

泥団子に木の葉の昼食にしたおままごとに付き合った記憶が蘇り、健太は缶ビ

ールを片手に軽口を叩く。

「どう? けっこうイケるでしょう? ほら、ウチはお母さんが不器用だった

 から、料理はお婆ちゃんに教わったのよ」

新入生の歓迎コンパで覚えたと言うビールを一口飲んでから、祐子も陽気に説

明する。言われて見れば、きんぴら牛蒡に肉じゃが、それに里芋の筑前煮など

、確かに若さは感じられない料理は並んでいるが、味は抜群だったから健太は

文句も無く御相伴に与っている。

昔なじみの気安さで、二人はビールを飲みながら取り留めの無い話に花を咲か

せて行く。なにか相談事があっての来訪と知っているから、何度かその事へ水

を向けてみても、中々祐子は切り出そうとして来ないのだ。

「ねえ、健兄ちゃんは彼女っていないの? 見たところ部屋の中にも女っ気が

 皆無だよね? 」

祐子の遠慮の無い言葉に胸を突かれて、健太は狼狽してビールに噎せる。

「ゲホゲホ… いきなり何だよ? また、唐突な奴だな? ああ、御明察。ほ

 ら、初めて学食で祐子に会った日に、俺はフラれちまったのさ。まったく、

 まだ瘡蓋にも成ってない心の傷をかき乱しやがって! 」

自業自得である事は百も承知した上での失恋だから、実は健太はサバサバとし

たものだ。

「ふ〜ん、でも健兄ちゃんをふるなんて、見る目の無い子と付き合っていたん

 だね」

可愛い事を言ってくれる幼馴染みに、彼は冷蔵庫から缶ビールをもう一本取っ

て来て差し出した。

「おう、世の中の女は、みんな見る目が無いんだよ! だから、俺はひとり身

 なんだ。悪いか! こんちくしょう! 」

大袈裟に嘆いて見せてから、健太は笑ってビールを飲む。そんな幼馴染みの年

上の男を見る祐子の目に、ある決意を込めた光が宿る。

「ねえねえ、本当にそれじゃ、健兄ちゃんは、今はひとり身なんだね? 付き

 合っている女の人はいないんだね? 」

妙に念を押してくる祐子に、彼は怪訝な顔を向ける。

「なんだよ? 人がだらしない所をそんなに強調する事は無いだろう。今に見

 ていろよ、俺だって凄い美人を彼女にしてみせさ! あっ… それとも? 」

ようやく健太は幼馴染みの目揉みを察して缶ビールをテーブルに置くと、ズズ

っと身を乗り出す。

「もしかして、祐子、お前、誰か友達を紹介してくれるのか? その、それな

 らば、俺はえっと… 」

そこまで語ってから健太は急に思い直す。もしも祐子に紹介されて彼女の友達

と付き合い初めて、また悪い癖が出てしまったらなば、あまり人様には知られ

たく性癖が幼馴染みの耳に入ってしまう事に成る。それは不味いと考えて躊躇

した健太であったが、祐子は彼の存念を軽く否定して首を横にふる。

「うぅん〜 違う違う、大違い! そんなんじゃ無いよ、健兄ちゃん」

余り酒には強く無いのであろう、缶ビール2本でほんのりと頬を赤くそめた祐

子は、彼の想像をあっさりと退ける。

「じつは、ちょっと私とセックスして欲しいんだぁ… 」

想像を絶する祐子の言葉に、健太は最初は反応出来ずにその場で固まる。

「ねえ、聞いているの? 健兄ちゃん? 私とセックスして欲しいのよ」

やはり聞き間違えでは無い事に気付き健太は驚いて腰を抜かすと、座ったまま

で後ずさりする。

「なによ、その態度? 私が女として魅力が無いって言うつもり? これでも

 、けっこうおっぱいは大きいし… 脱いでもスタイルだって良いんだよ。そ

 れに、今は彼女がいないなら、問題は無いでしょう? 」

酔っぱらった挙げ句の妄言にしても度が過ぎているから、健太はまじまじと幼

馴染みを見つめながら口を開く。

「セックスって、お前、まさか処女なのか? 」

健太の問いかけに、彼女は笑いながら首を横に振る。

「いいえ、処女は今の彼氏にあげたわ。でも、それが問題なのかな? ねえ、

 聞いてよ健兄ちゃん。彼奴ったらさ… 」

祐子は幼馴染みに大胆な申し出を行うに至った経緯を説明し始める。サークル

の新入生の歓迎コンパで知り合った彼氏と意気投合した祐子は、彼と恋人関係

に成っているのだが、最近、その彼は妙に冷たくよそよそしいそうなのだ。携

帯は電源を落としている事が多く、メールを入れても無しの飛礫、デートの回

数も、この二月程は激減しているらしい。

「なんだか、避けられている様な感じなの… それでね、心当たりは、まあ、

 私があんまりセックスが好きじゃ無いって言う事くらいなのよ。望まれてい

 るのは嬉しいし、気持ちは分かるけれど、やっぱり、どうにも好きになれな

 いの。私って、どうやら不感症みたいなのよねぇ… 」

多少のアルコールは入っていると言っても、余りにも赤裸々な祐子の言葉に健

太は驚き呆れてしまう。そんな幼馴染みの驚愕を他所に、彼女の独白は続いて

行く。

「正直、彼とのセックスが疎ましいくらいなの。でもあの人は会えばかならず

 ヤリたがるし… 別に話をしたり、何処かに一緒に出かけたりする方が楽し

 いんだけれど… ねえ、健兄ちゃん、やっぱり男ってそんなにヤリたいもの

 なの? 」

切羽詰まった顔で問いつめる祐子に、いったい何と答えてよいものやら? 健

太は途方に暮れた。

「まっ… まあ、そうだな。やっぱり、惚れた子が相手なら、そりゃ、その…

 うん、多分、そうだ」

まっすぐに見つめられた健太は、己の邪な性癖を思い出してしまい、後ろめた

く成り目を伏せる。

 

 

 

 


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