その2

 

 

 

 

指定されたのは渋谷の道玄坂の中程にある雑居ビルの地下の店で、幸代は待ち

合わせの30分前に辿り着いたのだが、それでも参加する女のメンバーの中で

は一番最後の到着だったから驚きだ。中々に感じの良い和食の店で、座敷での

男4人、女4人の合コンだが、女性メンバーの目当ては当然、列の中程に陣取

る進一であり、おそらく誰もが他の3人の大学生の名前を正確には憶えていな

いだろう。

看護婦、OL、フルート奏者、と多種多才な顔ぶれの女性陣の中で、唯一平凡

な主婦である幸代は最初は気後れして中々会話に割り込む事が出来なかったが

、テーブルの向こうで、あの神野進一が微笑みグラスを傾けている光景を眺め

られるだけで、彼女は満足してしまう。かなり押しの強いフルート奏者とOL

に押されて、なかなか会話に加われない幸代に向い、なにかと細やかな気配り

を見せてくれる新進気鋭のピアニストに見とれて、彼女は実に幸せな時を過ご

している。

(あっ… また… まただわ)

自意識過剰と笑われてしまうかも知れないが、気が付くと進一の視線が自分に

向けられているのだ。目が合うとフッと魅力的な笑顔を見せる天才ピアニスト

を前にして、幸代はまるで十代の頃の様な甘酸っぱい恋愛を思い出して顔を赤

くして伏せている。

(まったく、何を感がえているの幸代、彼が私だけを見ているハズは無いでし

 ょう! ホントに、舞上がっちゃって… )

しかし、彼女の思いは正解なのだ。この時進一は間違い無く幸代を獲物に選ん

で照準を定めている。酒もほどほどに進み料理も減って来た時に、そろそろ化

粧の崩れを心配して、女性陣は入れ代わりで手洗いへ向う。3番目に席を離れ

た幸代は幸運を噛み締めながら洗面所の大きなガラスの前で口紅を塗り直す。

髪の乱れを整えてから化粧室の入り口のドアを開いた彼女は、狭い通路に進一

の姿を見つけて仰天した。

「今日は、この先に、何か予定はあるのかな? ユキヨさん? 」

洗練された二枚目から囁く様に聞かれた幸代は、間髪入れずに首を横に振って

しまう。

「それじゃ、お開きの後に皆を撒いて、このビルの2Fの喫茶店で2人で落ち

 合わない? もう少し静かな場所で飲み直そうよ。いいだろう? 」

もちろん幸代に異論も無く、彼女は夢を見るような気分のまま頷いてしまう。

「それじゃ、後でね… 」

すれ違い、そのまま男性用の手洗いに入って行く進一を見送ってから、幸代は

雲の上を歩いている様な幸福感に酔い痴れてコンパの席へと戻って行った。2

次会を熱望する他の女性陣を次回の約束を餌に説き伏せて散会したコンパの後

で、念のために一端は駅に向った幸代は、途中で他のメンバーと別れて、進一

との待ち合わせの喫茶店に戻って行く。

普段は夫の出張に不満を募らせる若妻だったが、この時ばかりは地方を回る夫

の仕事に感謝している。からかわれたのでは無いか? と言う僅かな疑念は、

指定された喫茶店に到着した途端に霧散する。やはり一芸に秀でた天才の存在

感は抜群で、喫茶店の中でも進一だけが輝いて見えたのは幸代の思い過ごしか

も知れない。しかし、店内にいる女性客のほとんどが関心を持ち注目している

美男子から親し気に手を振られる事に、彼女の優越感は満たされた。

「やあ、待っていたよ」

爽やかな笑顔を見せた進一は立ち上がり、彼女を出迎える。

(ゆめじゃ、無いよね… 神野さんだもの。でも、やっぱり信じられない)

店内の他の女性客の嫉妬と羨望の眼差しを心地よく感じながら、彼女は進一に

続いて喫茶店を後にする。

「この近くに借りているマンションがあるんだよ、そこでゆっくりと飲み直そ

 う」

男の一人暮らしのマンションに、よい闇迫る時間に付いて行けばどう成るか?

小娘でも無い幸代はよく心得ている。こうしている間にも、出張に行き働く夫

の面影がチラリと脳裏には浮かぶが、彼女は小さく頭をひとつ振って雑念を忘

れる。

(彼方がいけないのよ… もっと、ちゃんと私を見ていてくれれば、街に出て

 来て神野さんと… こんな事にも成らないのに… )

この場にいない夫に無理矢理に責任を転嫁した若妻は、新進気鋭のピアニスト

の腕にぶら下がり幸福感を噛み締める。

(御免なさい… でも、今日だけだから、今度だけだから、許してね、アナタ)

どこにでもある、ごく普通のマンションのエントランスに足を踏み入れた時に

は、もう幸代の心は決まっていた。だから、エレベーターを降りて廊下を彼と

腕を組み歩いて行けば、心臓は早鐘を打鳴らしている。鍵を取り出してドアを

開いた進一の後に続き、もう彼女は何の躊躇いも無く部屋に招き入れられる。

リビングに入った途端に、しっかりと抱き締められても、抗う素振りは見せな

い。

それどころか人妻である慎みも忘れて幸代はしっかりと彼にしがみつき、濃密

なキスに心を震わせる。舌を互いに絡めて蠢かせ、唾液を啜り合う様なディー

プキスを重ねる最中にも、いつもは鍵盤の上を滑り華麗な演奏を行う進一の指

は、彼女のスカートを自然な素振りでたくし上げている。

ストッキングの上から尻を撫でる積極的な愛撫を受けて、幸代の淫ら心も掻き

立てられる。家庭に入ってしまってからは、自分が社会と隔絶された様な気が

して鬱々とした日々を過ごして来た若妻は、あの神野進一に、こうして望まれ

る魅力がまだ自分にあった事を喜び、進んで彼に躯をささげるつもりに成って

いる。

「ぬいで… ユキヨさん」

本当であれば、夫を持つ身であるから首を横に振るべき若妻であるが、憧れの

ピアニストの言葉に小さく頷くと彼に抱かれたまま、スカートのファスナーを

下げて行く。はらりとスカートが足元に落ちると、進一は一旦彼女から離れる

(ああ、見られている… 神野さんに見られているわ… )

憧れのピアニストの視線を感じて、幸代はシャツのボタンを外す。薄手の春物

のシャツを脱ぎブラも外した彼女は、進一の熱い視線を感じながら、ソファに

腰を下ろす。

(みて、私の脚を… 自信があるんだから… )

大学生の時代には好んでミニスカートを履き露出した脚は、夫のみならず、これ

まで付き合いを持った全ての男達から賞賛されて来た。彼女は自分の最も自信の

ある脚を進一に見せつけながら、ゆっくりとストッキングを引き降ろす。案の定

、若き天才ピアニストの目は、すらりと伸びた彼女の形の良い脚に釘付けだ。し

かし、ショーツを脱ぐ前に、幸代は頬を赤らめながら立ち上がる。

「先に、シャワーを… 」

恥じらいを込めて申し出た若妻の言葉に、進一は笑いながら首を横に振り拒絶の

意を示す。

「あなたの匂いを洗い流してしまうなんて、罪ですよ、ユキヨさん」

ショーツ一枚て立ち竦む美人妻をしっかりと抱き締めた進一は、有無も言わさず

にそのまま隣のベッドルームに雪崩れ込む。

(ああ… アナタ、ごめんなさいね、でも、今日だけだから… )

情熱的な進一に再びキスを迫られて、大胆に肌をさらした若妻は、ベッドの脇で

彼にしがみつき、ディープなキスに溺れて行く。

 

 

 

 

 


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