「あははは… 兄はナルシストですから、そんな絵を書かせて楽しんでいるん ですよ」 ビロードを思わせる柔らかな声を掛けられて、ようやく幸代は己を取り戻す。 振り返った彼女はぎこちなくわらいながら、勧められたソファに腰掛けた。 (この子に罪はないわ! あんなに酷いお兄さんを持って、むしろ不幸なのは この子よね。あんな奴の影響を受けて人生が歪んだりしなければ良いけれど … ) 勧められるままにソファに腰を降ろして、もてなしの紅茶に口を付けて昂る神 経を落ち着かせた若妻は黙って痛まし気に良太を眺める。この天使の様な美少 年が、悪魔の兄の所行を知ったならば、どんなにか心を傷めるであろうか? 外見から判断した若妻は、こころから良太に同情を寄せて行く。そんな事から 、なんとなくここを訪ねて来た用件を切り出しにくい幸代は、人当たりの柔ら かな良太に引かれて、つい世間話に花を咲かせてしまう。 彼が音楽学校では無く普通課の高校に通っていること。学校での部活動で楽器 に関わることは無く、この屋敷に先生を招いてバイオリンの個人教授を受けて いる事、出来る事ならば高校を卒業した後には、海外にバイオリン演奏の研鑽 の為に留学したい事… 等、時間が過ぎるのも忘れて、とりとめの無い話に花 が咲いたのは、やはり美少年の頭の回転の速さの功績が大きい。巧みな話術に 乗せられて、何時の間にか彼女は夫との生活に関する不満に至るまで、この年 下の巻き毛の少年に切々と訴えている始末だ。 「それは旦那さんが無神経ですよね、そんな事はたとえ夫婦であっても言うこ とじゃありませんよ」 彼女の主張に少年が賛同してくれたことから幸代は喜び手を叩く。 「そうでしょう? だから、その後2日間は口を利いてあげなかったの。そし たら、あの人、最後には頭を下げ捲って謝るのよ。まったく、意気地が無い んだから… 」 話に一区切りが付いたところで、ようやく幸代は我に戻り、この地を訪れた本 題に入らなければと身構える。 「あの… それで、その… 進一さんは、何時頃戻ってくるのかしら? 」 一昨日受けた電話を思い出して、彼女はすっかりと気心が知れたと思い込んだ 少年に問い質す。しばらく海外ツアーに出るから、脅しのネタである写真を返 すと言われた若妻は、夫が出張に出たタイミングを見計らい、進一に指定され た彼の自宅を訪れていた。 「えっ? 兄さんならば、昨日から東北へ出かけていますよ。兄さんの恩師が 役員を勤めているローカルコンクールで模範の演奏をするそうです。戻って 来るのは来週の中ごろの予定ですが、何かお困りですか? 」 良太の言葉に彼女は呆れる。今日と言う日を指定して来たのは、進一の方なの だ。調度、都合良く夫が出張だったから承諾したのに、出かけて来れば不在と は! 馬鹿にされた様な気がして幸代は黙り込む。 「あの、どうかしましたか? 兄とはお約束だったのでしょうか? 」 心配そうな顔の美少年を困らせるのは彼女の本意では無いから、力のない笑み を浮かべて幸代は首を横に振る。 「いいえ、大したことじゃ無いの。進一さんに用事があったのだけれど、お留 守なら、しようがないわ」 少年を困らせない様に、幸代は静かに誤魔化した。しかし… (えっ… なに? どうしたの? ) 落胆する若妻を見る良太の雰囲気がいきなりガラリと変わる。天使を思わせた 笑みが冷たく凍り付き、なまじ端正な顔だちだけに、その冷淡さは見るものを 寒々とした気分にさせる。 「用件とは、この事ですよね、幸代さん」 彼はサイドテーブルの上にあらかじめ置いてあった封筒を手に取り、中から1 枚の写真を取り出す。その中身を見て幸代は顔色を失う。そこには全裸の彼女 が惚けた顔で、誰の物かわからぬ男根を口に含んでいる表情がアップで鮮明に 撮影されていた。 「こっ… これは… 」 「よく撮れていますね、兄の友人は写真の撮影が上手だとは思いませんか? 幸代さん」 余りに残酷な台詞をサっと口にする少年を、人妻は睨み付ける。しかし、彼は 目の前で柳眉を逆立てる美女の怒りを笑って受け流す。 「駄目ですよ、そんなに怖い顔をして睨んでもね。ほら、こんな写真だってあ るんですから… 身に憶えがあるでしょう? 」 続いて封筒から取り出した写真を見て、それまで憤りで赤らんでいた幸代の顔 から、今度は一気に血の気が引いた。 「浣腸が大好きだそうですね。こんな風に人の前でお漏らしする人妻って、や っぱり珍しいですよ。そうは思いませんか? 幸代さん」 少年の言葉通り、彼が手にした写真には、絶対に他の人には見られたくない彼 女の狂態があからさまに記録されている。輪姦の後に朦朧と成った幸代は、進 一の友人達の手で浣腸されてしまい、風呂場で洗面器に向って排泄を強いられ ていた。 どんなに泣いて頼んでもトイレに行かせて貰えなかった幸代は、我慢に我慢を 重ねたが、それでも確実に崩壊の時はやって来た。排泄の光景を人目に曝され るばかりでなく、写真まで撮られてしまった彼女は、あの時に心が壊れた様な 気がして成らない。羞恥と汚辱にまみれた残酷な仕打ちを思い出させる一枚の 写真に、幸代は目の前が暗く成る。 「欲求不満でテレクラ遊びの挙げ句に、皆の前でウンチを漏らす恥知らずな人 妻だって、兄さんは笑っていましたよ。クスクス… 」 「ちっ… ちがう! 違うわ! あれは、無理に… そうよ無理矢理に… 」 どんなに言い募ってみたところで、風呂場で洗面器の上に腰を落として排泄物 をまき散らしてしまっている、全裸の自分の写真を見せつけられては、幸代の 抗弁には、まったく説得力は無かろう。少年のからかう様な目を見て、思わず 彼女は顔を伏せて視線を逸らす。 「どうすれば、その写真を返してくれるの? 」 ここに至れば、もう如何に何を言い訳しても始まらぬと悟った若妻は、敗北を 認めて良太を力無く睨む。 「そうですね、手始めにベッドルームに行きましょうか? 」 何を望まれているのか見当は付くから、少年に促されてベッドルームに赴いた 幸代は、その場での彼の命令に従い着衣を全て脱ぎ去った。独身の時代と変わ らぬプロポーションには自信のある幸代だが、状況が状況だけに心がときめく 事は無い。 (獣の弟は、やっぱり獣なのね… ) さっき、応接間で話が弾み、すこしでも、この悪魔の美少年に心を許した自分 が情けなくて、彼女は溜息を漏らす。苛々とした風情の若妻の心の乱れなどお 構いなしに、良太は自分も全裸に成ると、さっさとベッドに横に成る。
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