新宮の一族 覇狐の帰還 
その1

 

 

 

 

人里から遠く離れた山間の細い獣道を2人の男が駆けている。気まぐれに吹く

風に煽られてさんざめく木々の擦れ合う音に遮られて、男達の足音は聞き取る

事も出来ない。しかし、満天の星空の元、常人とは懸け離れたスピードで、彼

等は道無き道を急いでいる。もしも林業関係者が見たならば、自分は天狗にで

も出会ったのでは無かろうかと思えるくらいに、2人の動きは軽快で人間離れ

していた。

「ここまで来れば、少しは時を稼げるだろう。ひと休みしよう、智徳」

年嵩の方の男は、さすがに息が上がったのか? 不意に立ち止まり相棒を制す

る。恐怖に駆られていた若者は、やや不満げな顔をしながらも指示に従い脚を

止めた。

「しかし、いったい何故、事が露見したのだ? まさか、誰かが裏切ったのだ

 ろうか? どう思う? 三沢さん」

頬やシャツの胸にべっとりと浴びた返り血が変色して固まりかけている若者は

、疑う様な目つきで、息を荒げる年上の男を睨む。

「わからんよ。お前もいきなり襲われた口だろう? 俺もそうさ。お前があの

 場に駆け付けてくれなければ、おそらく襲撃者の手に掛かって隠れ家で骸を

 さらしていたはずだ」

大事を控えてひっとりと息を顰めて隠れていた手練の暗殺者達は、逆に謎の一

団からの襲撃を喰らい、残る仲間はこの場にいる2人限りと成っている。

「寺岡、西浜、岩田も、あの襲撃で殺された。そっちの幸一郎はどうなんだ? 」

三沢は別行動を取っていた智徳に、相棒の消息を尋ねる。

「だめだったよ、必殺の布陣で仕掛けられたからね。こっちも5〜6人は殺っ

 たけれど、幸一郎の奴は八つ裂きにされてしまった」

冷たい夜風に曝されて、浮き出た汗がたちまちに冷えて来る。若い智徳は太い

木の幹に拳を叩き付けて奥歯を噛み締める。

「あの腕前からすると、たぶん本家の親衛隊の連中だ。しかも、問答無用で殺

 しに掛かるくらいだから、どこからか我々の計画が漏れていたに違い無い」

自分達に課せられた役目の重さを考えれば、事の露見はすなわち死に繋がる事

くらい覚悟はしている。だが、計画の破綻の理由も分からずに、闇雲に狩られ

るのは、たとえ軽輩な手駒の身分でも、とうてい承服はしかねる。

「巌郎丸様の不意の死を好機と捉えて、一気に勢いを引き寄せる目論見であっ

 たが、あと、少し… 今一歩で大願成就と成ったものを… しかし、なぜ、

 この秘事が露見したのだ? 」

三沢は疑惑の目を若者に向ける。だが、隠れ家で油断していた所を襲撃されて

、仲間の3人が次々に討ち死にする中で、駆け付けて来た智徳に助け出されて

、ようやくここまで逃げ伸びて来た事を思うと、目の前で憮然と佇む若者が裏

切り者とも思えない。

それは、智徳の方も同様だ。彼が最初の襲撃をからくも逃れて、裏切りを懸念

して駆け付けた隠れ家で三沢等もまた、別の襲撃者達と血みどろの戦いを繰り

広げていた。

おそらく襲って来たのは凄腕揃いで知られる親衛隊だが、三沢等も手練が揃っ

ていたから、隠れ家の中ばかりでは無く、庭先に至るまで多くの死骸が転がっ

ていたが、むしろ犠牲者は襲撃グループの方は遥かに多かった事が三沢等の奮

闘を物語っていた。絶対に秘密だった計画の露見は、裏切り者の存在を明確に

現しているから、生き残った2人は互いに相手がそうなのか? 疑心暗鬼に陥

っている。

 

「ほっほっほっほぉぉぉ… 事がここに至っても、まだからくりが読めんのか

 ? そろいも揃ってボンクラ供め」

面と向った相手を全面的には信じられなかった事から、お互いに注意を集中し

ていた智徳と三沢は、ふいに第三者から話し掛けられて狼狽する。いかに周辺

に関する警戒心が薄れていたとは言っても、2人の術者はそれなりの腕前だか

ら、誰か他の者が近付くのに気付かぬはずは無いのだ。

「なんだ? その鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔は? それでも、御当主様の筆

 頭候補を暗殺しょうと目論んだ一味の残党か? もうすこしシャンとできん

 のか? 」

不意に木陰から姿を現した老人の言葉に、三沢は驚き目を見張る。

「あっ… お前は、傀儡の源内。なぜ、ここに? 」

一族の中の異端の大物の登場に、三沢は呆然と成った。箱根の山を境にして新

宮の一族と日本を二分する形で、世の闇の領域の狩人を努める西の衆の中でも

、本流から逸れた異端の一派の長として隠然たる勢力を持つ傀儡使いの老人の

登場に、2人の逃亡者は驚きを隠せない。

 

 

西の衆の跡目争いは現在、渾沌とした状況にあった。古来より人に仇なす魔を

払い、場合によっては血で血を洗う抗争を繰り広げて来た西の衆であるが、総

帥たる十七代目才蔵の高齢化により、組織の跡目争いは深刻化している。しか

も、誰もが一致して時期当主としての器と見なしていた三男の巌郎丸が不意の

病で他界した今、西の衆の時期総帥の椅子は、当主の長男に当る鎧一郎と次男

の零二郎が骨肉の争いを繰り広げている。

素行が粗暴な上に短慮な鎧一郎も、冷淡で自己中心的な小心者の零二郎も、そ

れぞれが次期当主の座を狙い、表向きは友好的に振る舞いながらも、裏では醜

い争いを続けていた。本来であれば仮にも長男である鎧一郎が、本家の跡取り

として選ばれるべきであるが、粗野で考え無しの乱暴者故に、組織の全てを統

括するには未だ至らない。

その隙を狙って、兄から粗略に扱われている不満分子を集めて、己の勢力に着

々と組み入れているのが次男の零二郎だった。現在の当主である才蔵が決断を

下せば問題にも成らぬ跡目争いであっても、その才蔵が溺愛した三男の病死に

意気消沈して半ば長としての務を放棄している事から、西の組織は大いに揺れ

動いている。

逃亡者である2人は、共に些細な事から長男の鎧一郎より冷遇された術者であ

り、その不満に付け込んだ零二郎に誑かされて、元の主人であった鎧一郎の暗

殺計画に手を貸していたのだ。もしも首尾よく鎧一郎を亡き者とした暁には、

6人の暗殺実行メンバーには組織の幹部の席が約束されていた。このまま鎧一

郎の元で冷や飯を喰い続けるならばと、剣呑な計画に加担した彼等は、いまで

は逆にこうして狩り立てられる皮肉な運命に陥っている。

「お前には、事情が分かるというのか? 源内? 」

若い智徳は噛み付く様な口調で老人に問いかける。

「生き残った2人が裏切っていないとすれば、あと、この事実を知っているの

 は、誰じゃ? もうひとりいるだろう? 肝心なお方がのう… 」

目を血走らせる逃亡者達に、源内は愉快そうに言い放つ。智徳は合点が行かぬ

様子だが、年上の三沢は痛恨の顔を見せる。

「まさか、手打ちが成されたのか? 零二郎様が、我らを売ったのか? どう

 なんだ、源内? 我らは、切り捨てられたのか? 」

トップの手酷い裏切り行為を指摘する三沢の言葉に、脇に控える智徳は唖然と

成った。

「手打ちではないさ。あの阿呆な次男の手駒は、お前等ばかりでは無かったん

 じゃ。暗殺は秘密をもって肝要と成すものなのに、あの馬鹿者は、お前等を

 含めて3つも暗殺の為のチームを編成しおったのよ。秘事を知る者が増えれ

 ば、事の露見は時間の問題じゃった」

 

 

 

 


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