「こんにちわ」 迷彩服姿の軍人が辺りをせわしなく駆け回る中で、あまりに異色である白衣 の美女の登場に、徹は胡散腐そうな目を向ける。長く綺麗な髪をきちんと纏 めて田舎の中学の校庭に佇む彼女は、白衣の下は黒のセーターに、同じ色の 膝丈のスカートを合わせている。胸元に光る銀のペンダントがよく似合う美 女の見事なプロポーションは、野暮ったい白衣でもスポイルされる事は無か った。 「御機嫌は如何かしら、トオルさん? 」 「あんた誰だい? どこかで会ったかな? 」 余り気乗りのしない様子で返事をする徹に向って、白衣の美女はにっこりと 微笑む。知的な細い銀縁の眼鏡すら、絶妙なアクセントに成っている彼女は 、興味津々と言った様子で大柄な若者を眺めている。彼等の現場指揮官と謎 の白衣の美女の会話を聞いて、新人の連中もじっと2人の様子を窺っていた 。 「いいえ、直接にお会いするのはこれが初めかしら? でも、あなたは私達 の研究所では、ちょっとした有名人ですもの。あの最強の人形戦闘兵器0 ・12の母体… しかも、その0・12を撃破した脅威のオリジナル… 伝説の男に会えるなんて、光栄ですわ」 過去の対妖魔戦闘で重傷を負った時に、本人に無断で細胞を摂取された挙げ 句に、クローン化された苦い思い出を蒸し返された徹は、憮然として白衣の 美女を睨み付けた。 「あの糞っ垂れの研究所の技術者さんかい? 妙な所に出ばって来ているじ ゃないか。それに、あっちにいる剣呑な連中はあんたの手駒なのか? 」 古い中学の校舎を振り返りながらの徹の台詞に、彼に率いられていた新人4 人は慌てて、これまで無人だと信じていた建物を凝視する。 「7人か… どいつもこいつも物騒な連中だぜ。まあ、クローン技術を弄ん で、あんな化け物を作るくらいだから、今度はなにをやらかすつもりなん だ? 」 「噂通りの人ですのね、怖いひとだわ、トオルさんは… 」 銀縁眼鏡の美女の合図と共に、迷彩服姿の男が7人、校舎の中から姿を見せ て、驚く新人連中を無視したまま彼女の後ろで横並びに整列する。 「自己紹介が遅れましたね、私は山野百合子と申します。峰南技研の第3生 理工学研究室を預かっていますのよ」 屈強な7人の若者を従えて、女王様よろしく百合子が身分と姓名を明かす。 「正規軍とは違うな、傭兵か? いずれにせよ、尋常な連中じゃ無いだろう ぜ」 驚く新人連中を横目に、徹は苦々し気に問いかける。如何に新人と言っても 、この外戚衆の4人も相当な手練な事に間違いは無いから、彼等に気配を察 せられる事も無く潜んでいた7人の傭兵等の実力はかなりのモノだ。 「ウチの研究室の代表作品ですのよ、この7人は。今回の任務にも実戦デー ター収集の為に参加させますの。もしも現場で会う様な事がありましたら 、よろしく御指導をお願いしますわね、徹さん… あら?」 いきなり百合子は大男の二の腕の辺りを平手で叩く。 「まあ、薮蚊ですわね、血を吸われちゃってますわ。刺されたところが痒く てしょうがないなら、ウチのトレーラーまで来て下さいね。かゆみ止めも ありますわよ」 白衣の女研究員は、嬉しそうにほほえみながら小首を傾げて見せた。銀縁眼 鏡のレンズの奥に光る瞳の中に妖しくも禍々しい気配を感じて、徹は不機嫌 に口をへの字に曲げたまま、プイとそっぽを向いてしまう。あまり愉快とは 言えない会合の間にも、事態は刻々と変化して行った。
「なに? 全滅? 全滅とはどう言う事だ! 」 さっきまでの余裕は何処に吹き飛んだのであろうか? 横瀬一佐は急に飛び 込んで来た報告を読み上げたオペレーターを怒鳴り付ける。慌てて立ち上が った事から、貧相なパイプ椅子が倒れて耳障りな音を指揮統括センターであ るトラック内部に響かせた。定時連絡が途絶えた部隊が発生した為に、急派 した偵察班からの報告は彼の想像を大きく超えている。 「はっ… その… 芦ノ湖の防衛ラインからの報告では、A9領域に展開し ていた第一小隊の内で、戦闘能力を有する兵士は確認出来ず、との知らせ が… 」 上官の剣幕にたじろぎながらも、若いオペレーターはメモを片手に懸命に状 況説明を繰り返す。 「そんな馬鹿な話があるか! 10分前の定時報告では異常は無かったじゃ ないか、まさか、そんなに短時間で30人の完全武装の空挺隊員が… 」 「いっ… 一佐! 」 我を忘れて喚く上官に向って、今度は別のオペレーターが青ざめた顔で呼び 掛けた。 「バックアップに回った第3小隊の上岡曹長より入電です。第3小隊も壊滅 的な被害を被り、現時点で戦闘可能な人員は、曹長を含めて2人、重傷者 多数、小隊指揮官の広瀬三尉も怪我により意識不明、至急応援と衛生兵の 派遣を要請しています」 国防軍の誇る最精鋭部隊の60人が、如何に物怪相手と言っても、これほど の短時間で戦力を喪失してしまった現実を、現場指揮官のエリート一佐は受 け入れられず、咄嗟には反応が出来なかった。上級士官の自我の崩壊を見取 り、お守の任を放棄した叩き上げの吉岡二尉がオペレーターに歩み寄る。 「無線を代われ、私が直接曹長と話をする」 吉岡の申し出に、オペレーターは困った顔を見せる。 「申し訳ありません。30秒前に報告を受けた直後から入感が切れました。 後はいくらコールしても応答がありません」 オペレーターの報告により、最悪の事態に直面した事を確認した現場経験の 豊富な補佐役は、ちらりとこの場の指揮官であるエリート一佐を振り返るが 、予想外の事態に直面した事でパニックに陥った彼は、目を剥き口を半開き にしたままで両手の握拳を震わせるばかりだ。とてもこの惨敗の収拾を図る 事は不可能であろうと断じた吉岡は、役立たずの上官を見限り茜に目を向け た。 「どうすれば、よろしいでしょうか? 」 ある程度の実戦経験を有する補佐役の兵士に向って、茜は冷やかな声で答え る。 「すぐに、ありったけの衛生兵と救護器材を芦ノ湖防衛線へ急行させなさい 。やっかいモノの方はこちらで引き受けるから、国防軍は負傷者の救出に 全力を傾ける事ね。応急手当てのキットと代用血液のリンゲルは大量に現 場に持ち込む方がいいでしょう。おそらく全員が銃創を負っているわよ」 きっぱりとした茜の言葉に吉岡は怪訝そうな顔をする。
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