その10

 

 

 

 

「あの、鉄砲傷でありますか? この物怪は銃を使うのでしょうか? 」

対物怪戦闘にも何度か関わった事のあるベテラン二尉の疑問に、茜は冷笑を向

ける。

「連中があんな野蛮で非効率的な武器を使うわけ無いでしょう? 九尾の狐は

 人の心を誑るのが得意なの。国防軍の選り抜きの兵隊さんたちが、こんなに

 短時間で全滅したところを見れば、まあ九分九厘、隊員等による同士打ちの

 結果でしょうね。まんまと物怪の術中にはまってしまい、仲間がとんでもな

 い化け物に見えたんだと思うわよ」

彼女の状況説明を聞いて暗澹たる顔付きに成りながらも、吉岡は振り返りオペ

レーターに矢継ぎ早に命令を下す。

「現場付近に展開中の第2小隊を、すぐに防衛線が突破された地点に急行させ

 ろ! いいか、最優先の任務は第1、並びに第3小隊の負傷者の救援だ。物

 怪との戦闘では無い事を強調しろ。襲われた場合以外の戦闘は厳禁だ! そ

 れから、防衛ラインの外周部に展開している高本支隊と野田支隊には撤収を

 命じろ。さらに、本部付きの狭山支隊に在庫の緊急用の応急処置セットを全

 部持たせて、急いで寸断された防衛線に送り込め。小田原の方面本部には重

 傷者のヘリ輸送の要請を… 」

テキパキと指示する吉岡の傍らで、ようやくエリート指揮官は茫然自失の態か

ら我に返る。

「まっ… 待て、吉岡。お前、何を言っているんだ? この場の指揮官は俺だ

 ぞ、勝手な命令をするんじゃ無い! 追撃作戦は続行だ! 」

独断専行した部下による、己の職分への侵害を過大に考えるエリート一佐は、

唯一の後ろ楯と成る階級を押し立てて、古参の二尉を抑えに掛かる。この期に

及んで、まだ無謀な作戦に固執する上官を、吉岡は呆れ顔で見つめる。

「我々は、すでに主戦力である打撃中隊の70パーセントの人員を瞬時に失い

 ました。のこる高本、野田、それに狭山の各支隊は本来は後方支援が任務で

 あり、これほどに強力な敵が相手では訓練も装備も不足していて歯がたちま

 せん。60名の隊員だけでは無く、東関東に配備された特殊空挺団を全滅さ

 せるつもりですか? 横瀬一佐? 」

正確に状況を認識した吉岡の言葉だが、横瀬は部下を睨み付けて激怒する。

「貴様! 誰にモノを言っているんだ! たかが二尉の分際で、思い上がるな

 、馬鹿ものめ。いいか、このまま怪物を野放しには出来ん。そんな事は絶対

 に許されん。我々の手で、断固目標を捕足して撃破するんだ! 今、お前が

 独断で出した命令は、全部撤回しろ! 」

自尊心を著しく傷つけられて、すっかりと己を見失ったエリート一佐が口から

泡を飛ばして喚く中で、茜は皮肉な笑みを浮かながら、青筋を立てて部下を叱

責する横瀬の元に歩み寄る。

「なっ… なんだ? 」

驚くエリート一佐の頬に鮮やかに彼女の拳がヒットしたから、容赦の無い一撃

を喰らった横瀬はそのまま、もんどりうって床に尻餅を付いた。

「きっ… 貴様! 何をする、暴行したな? 保安要員を呼ぶぞ! 」

不様に床に尻を落としたままで、横瀬は殴られた頬を摩りながら絶叫した。醜

態を曝す国防軍の高級将校を蔑みながら、茜は振り向き口を開く。

「オペレーター、『紅』の命により緊急回線SS01の使用を認める。急いで

 統合幕僚本部を呼び出しなさい」

急いで彼女の命令に従ったオペレーターが、一部の政府首脳のみが使用を許さ

れる特殊回線を開くと、ほどなく六本木の国防庁の地下に有る本部から、幕僚

長の緊張した声がスピーカーを通して聞こえてくる。

『こちら、統合幕僚本部長の山内陸将だ。緊急の用件とは、何だろうか? 』

直接、国防軍の制服組の最高司令官を呼び出した茜の力に、横瀬は驚き言葉を

失う。

「おたくの空挺レンジャーの現場の馬鹿指揮官が、『紅』の行動を邪魔して鬱

 陶しいの。今すぐに解任しないなら、私の判断で殺すわよ。この阿呆のせい

 で九尾の狐は箱根の防衛線を突破しちゃったじゃない。アレが首都圏に入っ

 て暴れたら、犠牲者の数が3桁で済むとは思わない事ね」

対妖魔戦闘において障害に成るならば、相手が首相であっても実力で排除する

力を持つ茜だから、対応を迫られる幕僚本部長も大いに困惑する。ほんの数秒

間、スピーカーは沈黙したが、漏れ聞こえてくるノイズから、六本木が大慌て

な事は明らかだ。

『失礼した… そこに、横瀬一佐はいるか? 』

「はっ… はい、おります! 」

雲の上の人である幕僚本部長からの呼び掛けに、横瀬は反射的に立ち上がり、

背筋を伸ばして敬礼しながら答えた。

『横瀬一佐、現時点で君を当作戦から外す。すみやかに厚木に戻りたまえ。御

 苦労だった』

幕僚本部長の言葉の意味を理解するまでに、しばらく時間が掛かったエリート

一佐は、敬礼を解くと慌てて抗弁する。

「お言葉ではありますが、現在、我々は反攻作戦の準備中でありまして、指揮

 を取る小官が抜けますと… 」

『聞こえなかったのか? 横瀬一佐。君はたった今、解任されたのだ。現場の

 邪魔に成らぬように、すみやかに厚木基地に戻りたまえ』

横瀬の言い訳を最後まで聞く事も無く、幕僚本部長は冷淡に言い放つ。がっく

りと肩を落とす横瀬を尻目に、茜は最後の指示を口した。

「今後、現場の指揮は吉岡二尉に一任していただくわ、彼ならば我々と上手く

 やって行けるから」

茜の言葉に目を丸くした二尉は、驚きの余りに言葉が出ない。

『了解した、現場の事は『紅』ならびに空挺レンジャーの吉岡二尉に任せる。

 何としても強力な物怪の首都圏への侵入を阻止して欲しい』

幕僚本部長の言葉を最後に通信は終わった。

「そう言う事だから、よろしくね、吉岡二尉」

にっこりを微笑む茜に向って吉岡は青ざめた顔を向けた。

「待って下さい、現場の全軍の指揮官だなんて、無理ですよ。自分は… 」

「いいこと? これからの対応を間違えば、投入している部隊の全滅だってあ

 りえるのよ。少なくとも、あの阿呆な一佐に勝手をやらせておけば、犠牲者

 は増えるだけなんだから。あなただって、これ以上、味方を傷つけられたく

 は無いでしょう? だったら愚図愚図言わないで、自分の責任を果たしなさ

 い」

統合幕僚本部長から直々に解任された一佐が、とぼとぼと指揮トラックから去

るのを無視して、茜は現場叩き上げの二尉にハッパを掛ける。

「『紅』も現場に行くわ。メンバーのモニターを頼むわよ。あと、情報は逐一

 、最大漏らさずに全部伝えて。それから、ヘリもスタンバイさせておいてち

 ょうだい」

 

 

 

 

 


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