その11

 

 

 

 

いきなり国防軍の機密防衛作戦における現場最高責任者に祭り上げられた吉岡

が、彼女の激に応じて叩き上げの士官らしくテキパキと指示を出し始めたのを

見計らってから、茜は最前線に赴く為に、狭いトレーラーのコンテナである指

揮場を後にした。

 

 

「いいか? お前等の任務は、あくまで索敵だからな。もしも目標に遭遇して

 も、勝手に単独で仕掛けるな」

樅の巨木の幹に寄り掛かり腕組みして思案に暮れる茜に成り変わり、徹がその

場に整列した新人等に具体的な指示を与えている。周囲では国防軍の指令部付

の狭山支隊の連中が、吉岡の指示に従い、応急処置のキットを担げるだけ担い

で夕闇せまる箱根路へと整然と行軍して行く。

「さっき挨拶にきやがった、あのけった糞悪い峰南技研の連中や、おそらく西

 の残党も入り交じっているだろうが、連中の事は気にするな。ことさら騒ぎ

 を起す必要は無い。俺達の獲物は九尾の狐。古今東西の物怪の中でも指折り

 の古兵だ」

徹の台詞に大方の新人等は頷くが、雅則だけは不遜な顔をして口を挟んでくる

。空挺レンジャーの小隊をナイフ1本で片付けた自分らであり、今はこうして

ナイフの他に護身用のピストル、さらには手榴弾まで装備しているからには、

索敵即破断を命じられないのが不満で成らない。

「どうって事、無いでしょう? 箱根からこっちは俺達新宮の縄張りじゃない

 ですか? 任務の邪魔をする様なら、相手が西だろうが峰南技研だろうが、

 ぶっ倒してやればいいんですよ。連中にケジメを付けてから、ゆっくりと狐

 狩を楽しめば、それでOKって事ですね」

余りにも自信過剰な雅則の言葉に、徹が見る間に不機嫌に成って行く。彼が新

人の思い上がりを正そうと口を開く寸前に、わざとはぐらかす様に茜が、のん

びりとした声を掛けて来た。

「そうそう、その意気よ。なにしろ相手は九尾の狐なんだから… あなた達の

 初陣には相応しい大物じゃない。まあ、この中で何人生き延びるか分からな

 いけれど、もしも死にたく無ければ、ちゃんと徹の言うことをきいて索敵に

 専念する事ね。分かったら散りなさい」

『紅』のトップの命に、それぞれが頷いた4人の新人等は、一塊に成って山林

の中に姿を消した。

「おい、茜」

新入りの連中が森に姿を消したのを見計らい、徹が抗議の声を上げる。

「いくら言っても無駄よ。100の忠告よりも1度の実戦。上手く生き延びた

 ら、少しは考える様に成るでしょう? 大丈夫よ、いきなり殺られる様なヤ

 ワな連中じゃ無いわ」

心配性な相棒の大男を他所に、茜は不敵な笑みを浮かべて森を見つめていた。

 

 

 

本部付の狭山支隊のメンバーが命令に従い防衛線の残骸へと進行した為、いき

なり寂しくなった仮設本部の敷地の片隅で、横瀬は暗い目をして佇んでいる。

つい30分前まで、彼はここにいる全ての人員の支配者であり、初めての実戦

参加に気を昂らせて、勝利と栄達を疑ってもいなかった。

鍛え抜いた特殊空挺の1個中隊を指揮下に起き、更に3つの支隊を準備して万

全なバックアップ体制を敷いて備えた防衛作戦が、なぜ瞬時に崩壊して無惨な

敗北に繋がってしまったのか? アメリカ研修から戻ったばかりのエリート空

挺一佐には、どうしても理解も納得も出来ないでいる。

統合幕僚本部から直々に指揮権を剥奪された恥辱を持て余す自意識過剰の軍人

は、悪癖である爪をかじる事を止められず、廃校となった田舎の中学校の校舎

にもたれて、漠然とすぐそこに迫る暗い山並を眺めていた。

「ちょっとよろしいですか? 一佐さん」

場違いな白衣を纏った百合子は、魂の抜け殻と化した軍人の側に歩み寄る。根

拠の無いプライドをズタズタに引き裂かれた横瀬は、見目麗しい研究員の登場

を無表情に迎えている。

「なんだ? 峰南技研が何の用事だ? 」

「ひどいですわね、統合幕僚指令部も… せっかく反攻作戦に取り掛かろうと

 していた一佐さんを、現場から理不尽に外すなんて」

すっかりと事情を知っている百合子の言葉に、横瀬は大いに驚いた。

「なっ… 何故、その事を? 」

「あら? 蛇の道はヘビですわ。そんな事よりも、この非道を承認なさるつも

 りですの? 一佐さん。本来国防は軍の管轄であり、その責務を真っ当する

 のが筋なのに、あんな怪し気な連中に仕事を任せるなんて、統合幕僚本部は

 責任を放棄しているとは思いませんこと? 」

国防軍の実力の程度を棚上げにして、百合子は横瀬の憤懣の確信をズバリと指

摘した。

「そうだ! その通りだ。その為の国防軍であり、特殊空挺なんだ。それなの

 に、六本木の穴蔵で息を顰めている連中は、なにも分かってやしない! 彼

 奴等の事なかれ主義が、新宮の連中を増長させているのが、何故分からんの

 だ! 」

我が意を得たりと、拳を握り締めて力説する特殊空挺部隊の元指揮官を見つめ

る百合子の目に邪悪な光が宿る。

「でも、現実問題として、2個小隊が全滅では… 統合幕僚指令部が一佐さん

 の指揮能力に疑念を抱くのも、無理は無いかもしれませんわね」

痛い所を突かれて、横瀬は血走った目で白衣の美女を睨み付ける。

「まだ部隊には戦力は十分に残されていた! 最初の失点のカバーが可能なの

 に、六本木の連中は不等に私から指揮権を奪ったのだ! この件は国防軍が

 全面に出て処理すべき懸案なのは一目瞭然なのに、あの馬鹿どものせいで、

 新宮みたいな胡乱な一族が、増々いい気に成って行くのは耐え難い屈辱だ」

根拠も無く敵を侮るのは、この国の、特に陸軍の悪癖なのであるが、プライド

を傷つけられた横瀬には反省の色の欠片も見られない。己の不始末を棚上げに

して、彼の怒りは物怪よりも、本来は味方であるはずの新宮の一族に向けられ

ている。これは百合子にとって好ましい状況なのだ。白衣の研究員を前にして

感情をむき出しにしてしまった軍人は、彼女の企みに気付かない。

「ならば、この状況を逆転なさればよろしいじゃありませんか? そうでしょ

 う? 一佐」

こともなげに不可能を可能にせよと言い放つ白衣の美女に、横瀬は厳しい目を

向ける。

「それが出来るならば、こんなところで燻ってはおらん! だが、指揮権を幕

 僚長から取り上げられてしまい、俺には率いる兵はひとりもいないんだぞ!

 この状況で何が出来るというのだ? 」

いよいよ罠へと足を踏み入れた国防軍の上級将校を見て、銀縁眼鏡のレンズの

奥の百合子の目が、ふっと細められる。

「もしも、あなたにその気があるならば、あの新宮の連中を出し抜いて、幕僚

 本部を見返す力を差し上げても良くってよ… いかがかしら? 一佐さん」

妖しく微笑み美貌の化学者の台詞が、横瀬を誑かすのに時間は掛からなかった。

 

 

 

 


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