その18

 

 

 

 

「面と向かってバケモノ呼ばわりされるのは、いかに狐に誑かされた未熟モノ

 の台詞と言っても腹が立つわ。徹、あの阿呆を何とかしてちょうだい」

「へいへい、お姫様… 肉体労働はみんな俺の仕事なんだから、下っ端は辛い

 ぜ」

徹がやれやれと言った風情で無造作に傭兵に向かって歩きだすから、美奈子は

援護のために尻餅を付いたままで慌てて拳銃を持ち上げて、敵に銃口を向ける

「こら、そこの見習い! 余計な事はしない! だまって徹の戦い方を見て、

 少しは勉強しなさい」

腕組みして杉の大木に寄り掛かり、リラックスしたままで茜が美奈子の援護を

厳しい口調で制する。

「えっ… でも、相手は… あっ… 」

女隊長の言葉に狼狽して、視線を茜に向けた次の瞬間に勝負は決まってしまう

「ぐぇぇぇぇ… 」

いきなり耳に飛び込んで来た呻き声に驚き振り返った美奈子は、あの手強かっ

た傭兵が腹を押さえて跪き、苦悶の表情を浮かべている姿を目の当たりにする

「まったく… この程度の野郎に、二人も叩きのめされるとはなぁ… 再訓練

 の必要大だぜ」

ボディ・アッパーを決めて傭兵の動きを封じた徹は、不機嫌そうな顔のままで

回し蹴りを一閃させて、あっさりと狐に誑かされた強化傭兵の意識を刈り取っ

てしまった。

 

 

仲間が思わぬ苦戦を強いられていた、その頃… 少し離れた場所で杉の大木に

もたれ掛かり目を閉じていた卓也は、樹木の枝が擦れ合うざわめきとは明らか

に異なる気配を感じてゆっくりと瞼を開く。やがて、微かな足音が近付いて来

て、ふいに広場に一人の少女が姿を見せた。

完全に気配を消して周囲に同化していた卓也に気付かず、不用意に姿を曝した

少女は、彼を視認すると驚いて足をとめる。こんな山奥に絣の着物姿で、しか

も裸足とも成れば、相手の正体は知れるというものだ。しかし、そんな細かな

風体など注意するにも当たらない。

なぜならば、少女の背後には彼女の背丈を上回るボリュームの九つの尾が揺れ

ているからだ。しかし、その印象的な尾がまとまって揺らめいていなければ、

まるで中学生くらいの、しかも中性的な危うい美しさを見せる少女の出現には

、正直に言って卓也の方も面喰らっている。彼は相手を刺激しない為にゆっく

りと立ち上がると、しずかにズボンの尻を払って土を落した。

(これが、希代の大妖怪、国をも滅ぼすって言う、九尾の狐なのか? 子供じ

 ゃないか? )

この国の軍隊の特殊部隊を翻弄した挙げ句に、対妖怪戦闘のエキスパートであ

る西の組織や新宮の一族までも動員されて、対応に苦慮していた物怪の姿の想

像と現実のギャップに、追っ手の卓也は大いに戸惑い、どうして良いものやら

と困ってしまう。しかも、この子供に見える妖怪は手負いなのだ。

おそらく国防軍か西の衆との戦闘で怪我を負ってしまったのであろう。絣の着

物の左の肩の辺りには血痕は飛び散り、だらりと下げられた左腕にも幾脈かの

出血の筋が見てとれる。だが、少女は伏兵の存在に怯む気配を見せぬどころか

、瞳に不穏な光をやどして卓也を見つめているではないか。

「あら、良い男じゃないかい? こんなところで一人なの? ねえ、一緒に少

 し遊んで行きなよ… 」

厳しい瞳のままで、少女はいきなり砕けた口調で卓也に話し掛けてくる。すで

に獲物が己の言霊に縛られていると確信する狐は、無防備に若者に歩み寄って

来た。おそらく、この男も、自分が理想とする女の像を彼女に重ねて夢を見て

いるハズなのだ。術に対しては絶対的な自信を持つ少女は、ここで出会ったの

を幸いとばかりに、卓也に向かって媚て見せる。

「そんな恐い顔をしないでおくれよ。ねえ、いいだろう? ふたりで、ゆっく

 りと楽しみましょう? さあ、脱いでおくれよ、旦那」

これまで出会った男等は、一様に少女の誘惑に誑かされて、どんなに切迫した

状況下であっても我を忘れてのしかかって来たものだ。だらしない連中から精

を搾り取って来た希代の妖怪は、怪我を癒す為にも、さらに人の精を必要とし

ている。

背後に揺れる九つの尾が印象的な少女は目的を果たす為にも、ここで倒れるわ

けには行かない。何とも言えぬ妖艶な笑みを浮かべた中性的な美少女は、つい

には卓也の分厚い胸板に、傷を負っていない右腕を延ばして触れる距離にまで

近付いて来た。

「うふ… 逞しいのにね、さあ、脱いで、私を抱いてちょうだい。夜は長いん

 だから、たっぷりと… 」

迷彩服の上から胸板を愛撫する少女の手を、卓也はしっかりと捕まえた。

「悪いが言霊ならば、俺には通用しないんだよ、狐さん」

どんな不粋な野郎でも誑かして来た術が、まるで効果の無い事を知らされて、

少女の顔から血の気が引く。

「俺は一族の中でも酷い出来損ないでね、人一倍に霊的に鈍いんだよ。でも、

 それが幸いしているのか? 言霊の類いには一切引っ掛からない体質なんだ

 。だから、あんたの姿は、今でもそのままに見えている」

武器の一つが無力と知った少女は、九つの尾を揺らめかせながら、キッと卓也

を睨み付ける。

「そう… やっかいな男なのね? でも、それで勝ったつもりならば、笑止だ

 わ! 」

少女は口を窄めると、目の前の若者に向かって紅蓮の炎を吹き掛けた。たちま

ち火に包まれた卓也だが、これもまた動じた様子を微塵も見せずに、しっかり

と少女を捕まえたままだった。

「言い忘れたけれども、俺には目眩ましの類いも一切無力なのさ。幻術、詐術

 、幻覚なんかも、まるでダメ。なにしろ、一族始まって以来のナマクラだと

 、子供の頃にはずいぶんと馬鹿にされたものなんだよ。だから、アンタがな

 にをしたのも分からないくらいさ」

切り札である狐火までもを封じられてしまった少女は、それで緊張が解れてし

まったのか、辛そうに目を瞑ると、そのまま卓也の胸に倒れ込んでしまう。

「おっ… おい、大丈夫か? しっかりしろよ、えっと… キツネ、さん…

 かな? おいってば… 」

反射的に九つの尾を揺らす少女を抱きとめた卓也は、どうしたものかと問いか

けた。

「おねがい… かあさまの… 」

「えっ? なんだって? 」

希代の大妖怪と恐れられ、大禍所に一千年の長きに渡り封じられてきた九尾の

狐から、思いも寄らぬ台詞を聞いて、彼女を抱きとめた卓也は困惑を深めてい

る。

「おねがい、死んだら、かあさまの塚の隣に埋めて… もう、ひとりぼっちは

 嫌、かあさまと、いっしょに… 」

うっすらと開いた瞼を儚気に震わせる少女の血の気の引いた唇から漏れた台詞

は、卓也の大きな衝撃を与えた。

 

 

 

 

 


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