その22

 

 

 

 

(妙に静かだよな… )

青く茂った夏草の上に身を横たえて満天の星空を見上げながら、卓也はこれか

らどうしたものかと、ひとり思い悩んでいる。隣では彼の腕枕に身を委ねて、

整った顔だちの少女が安らかな寝息を立てていた。若さ故の暴走から、三度も

彼女の中に精を迸らせてしまったので、若者も心地よい疲れを感じていて、思

わず微睡んでしまいそうに平和な時は静かに流れている。

だが、このままでは終わらない事を、卓也はよく分かっていた。なにしろ、彼

が命を助けた美しい少女の背中には、見るも鮮やかな九つの尾が揺れているの

だ。この国の軍隊の中でも最精鋭を誇る特殊空挺団を始めとして、越境してき

た西の衆の追撃部隊や峰南技研の強化傭兵の連中、さらに、彼の仲間である『

紅』のメンバー等も、おそらくは、今、この時にも血眼に成って、彼の腕の中

で眠る少女の事を探しているはずなのだ。

否、探しているだけでは無く、全部の組織が希代の大妖怪として知られる九尾

の狐の首を狙っているだろう。各組織が入り乱れる中での追撃戦に巻き込まれ

た少女は深手を負い、命脈が尽んとしていた、まさにその時、卓也は彼女と出

会ってしまう。

西の衆の不始末から、封印されていた地を離れる事が可能と成った少女が、亡

き母親の祀られている東の地を目指して必死に防衛戦を突破していた事実を知

った卓也は、たとえ人にとって大いなる災いを齎す存在であるとしても、やは

り少女を見捨てる事は出来なかった。

なんとも怪し気な『通り掛りの老人』の言葉に嘘は無く、たった一度交わった

だけで、少女は急速な回復を示している。銃撃された肩の傷は見る間に塞がり

、今ではただの赤い痣くらいにしか見えない。血の気を失っていた顔も、卓也

の精を注がれた瞬間から、ほんのりと赤身がさしているし、規則正しい寝息に

も、もう最前の様な苦し気な風情は微塵も無い。

(まいったな… まさか、こんな事に成るとは。雅則の奴に知れたら、八つ裂

 きににされてしまうだろうな)

古来より魔と戦い、人の領域を確保して来た新宮の一族の者として、まさか死

にかけた妖魔、しかも、人に対する災いも桁外れと恐れられた九尾の狐の命を

助けてしまう事に成るとは、さすがに卓也も考えてはいなかった。

(でも、本当に、大きな災いを齎す危険な大妖怪なのか? とても、そうは見

 えないけれどなぁ… )

心地よい風が通る森の中の広場で、彼の腕に抱かれて眠る美しい少女を見て、

やはり卓也は割り切れぬ思いを強めている。しかし、彼女が尋常では無い存在

な事は、規則正しい安らかな寝息と共に揺れて動く、九つに別れた尾が如実に

物語っている。人にとって邪魔な存在だからと言って、一千年以上の長きの間

、たったひとりで祠に封じられていた少女の哀しみを思うと、卓也は己ら人間

の身勝手さに憤りを深めている。

(封じるならば、封じるで、たとえば、お袋さんと一緒に御句麗山の祠に封印

 するって言う手立てもあるだろう。こんな子供をひとりっきりにするって言

 うのは、御先祖様らのやり方は気に入らんな)

胸中で一千年以上昔の陰陽師連中の仕事にケチを付けた卓也は、ふいに首を捻

り、鋭い視線を森の中に注ぐ。

(ちっ… 来やがったか、もう少し、この子を休ませてやりたかったが… )

気が付けば腕の中の少女も目を開けて、彼と同じ方を厳しい目で睨んでいる。

やがて、国防軍の特殊空挺部隊の制服を身に付けた兵士が、彼等二人の前に姿

を現した。

「こんなところに隠れていやがったのか? この物怪め! おや? なんだ?

 男を誑し込んでいるのか? 」

横瀬は夏草の上に寝転ぶ2人を見つけて、忌々しそうに罵声を浴びせる。邪悪

な目論みを持ち、怪し気な薬物により彼を強化人間化した峰南技研の美貌の女

研究員を貪り喰らい、悶絶させた後に、失った名誉を取り戻すべく単身で山に

入り、ようやく目標を捕捉していた。

「その小娘が九尾の狐の正体なんだな。いいだろう、国防軍特種空挺部隊の、

 この横瀬様が、お前等の首を刈り取って六本木の弱腰な穴熊連中に叩き付け

 てくれるぜ」

科学の力で一時的に超人と化した一佐は、残忍な笑みを浮かべて二人に近付い

て来る。すると、卓也よりも早く、少女の方がすっくと立ち上がるではないか

「おい、まてよ、ここは俺が… 」

慌てて身を起こして少女を制する若者に向かって、希代の大妖怪と呼ばれる九

尾の狐娘はにっこりと笑い掛ける。

「いいえ、主さま。この場は私に… 」

「ぬっ… ぬしさまって言われちゃっても、おい… 」

対妖魔実戦部隊『紅』の、まだ見習い要員ではあるが、それなりに見る目は養

われているので、卓也は迫り繰る国防軍の上級将校がただ者では無い事を洞察

している。だが、その戦闘マシーンと化した軍人を相手に回して、娘はなんら

臆する様子も見せてはいない。ただ、彼女の緊張を現す様に、九つに別れた尾

が心持ちそれぞれに膨らんでいる。

「そうか? その狐が私の相手なのだな! いいだろう、せめてもの情けだ、

 一撃で地獄にたたき落としてやる。はっ… なに? なんだ? 」

体中に漲る精力を過信する一佐は不意に立ち止まると、いきなり左右を気ぜわ

しく見遣りながら顔色を変えた。

「おのれ! 罠にはめたつもりか? 笑止千万、この程度の戦力で、俺様を防

 げる考えるとは… 思い上がりも甚だしい愚か者め! きえぇぇぇぇぇぇぇ

 ぇぇ! 」

裂帛の気合いと共に、軍人がいきなり右に横っ跳び、そのまま大きな木の幹に

綺麗に回し蹴りを決めた事から、卓也はわけが分からずに呆然と立ち竦む。

「どうだ、化け物め。俺をただの兵士と思うなよ。人を超えた存在、そう、俺

 こそが国防軍の中の超エリート… はっ! なに、そうか、そこだ! 」

卓也が呆れている前で狐娘の術にはまった軍人は、今度は左側の大木に向かっ

て正拳突きをくり出す始末だ。しかも、それだけではおさまらない。

「ハッ! とりゃ! セイ! ククククク… どうだ、並みの兵士と思って、

 大損害だろうが、妖怪どもめ! この俺様を舐めるなよぉぉぉ… うおりゃ

 ぁぁぁぁ! 」

九尾の狐により夢を見せられている横瀬は、もう少女や卓也の姿を気にする事

も無く、つぎつぎと森の木に殴り掛かり、滑稽な独り芝居をくり返している。

おそらく周囲の樹木がすべて、おそるべき妖怪に見えているのであろう。森の

中で居もしない魔物連中を相手に汗だくに成る軍人を見て、少女の顔には冷や

やかな笑みが浮かんでいる。

「糞! こいつら、しぶとい奴だ。てりゃぁぁぁぁぁぁ! 」

飛び散る汗をものともせずに、横瀬はひたすら押し寄せてくる妖魔を相手に獅

子奮迅の戦いを繰り広げている。しかし、そう思っているのは哀れな国防軍の

兵士だけであり、卓也から見れば、彼はひたすら森林破壊に勤しんでいる乱暴

者に過ぎないのだ。九尾の狐の術中に落ちた国防軍の高級士官の、いつ終わる

とも知れぬ哀れな舞いを見て、卓也はやれやれと首を振りため息を漏らす。

「なあ… あれじゃ、可哀想だよ。その… 木の方がさ」

「くすくす… 主さま、やさしい… 」

幻に怯えてひたすら架空の戦闘にのめり込み、辺りの樹木に傷を負わせる迷惑

な一佐には、べつに同情する気も無いが、それにより自然が無意味に破壊され

る事を嫌う卓也の気持ちが、娘には嬉しかった。

「そうね、森の木には気の毒な事をしちゃったわ。それなら、エイっ! 」

九尾の狐の目は妖しく光ると、幻影に惑わされていた間抜けな軍人が、今度は

森に暮らす小動物等を驚かす様な絶叫を張り上げた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ… 燃える、腕が! なぜだ? 何故腕が、燃えている

 んだ! あわわわわわわわ… 」

自他共に認める大ナマクラな卓也には見えないが、横瀬の目には自分の腕が紅

蓮の炎に包まれていると映っているらしい。しかも、誑かされた彼の神経は、

幻の炎に焼かれる熱さまでも感じてしまっている。動転した横瀬はその場に身

を投げ出すと、なんとか炎を掻き消す為に辺りかまわず転げ回った。そんな軍

人の醜態を見て、卓也はため息を漏らす。

 

 

 

 

 

 


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