その23

 

 

 

 

「なあ、確かにコイツも敵なんだけれど、それでも殺すのは哀れだから、ホド

 ホドにしておいてやってくれないか? 」

「うん、わかったわ、ぬしサマ」

このまま術により命を断つ事も容易い事であるが、少女は素直に卓也の指示に

従い加減する。

「熱い! なんで、腕が燃えているんだ? 畜生め、あわわ… 腕だけじゃ無

 くて、うわぁぁぁぁ、身体まで燃え始めやがった! 」

懸命に地面を転がる軍人は、ついに身体にまで幻の炎が燃え広がった事に狼狽

して、滑稽な悲鳴を張り上げる。しかし、卓也の目には、やっぱり迷彩服を着

込んだ軍人が、ただ地面でジタバタと暴れている様にしか見えないのだ。どん

なに横瀬が激しく暴れてみても、炎は幻なのだから、消せるわけは無い。

(なるほどね、これが狐のあやかしの術なのか… しかし、幸か不幸か俺には

 さっぱり分からんな)

おそらく全身を炎に包まれて身悶えしているつもりなのであろう軍人を前に、

卓也は改めて目の前の少女の力に感心していた。

「これはたまらん! おのれ、おぼえていろよ! この妖怪外道め! 」

横瀬は立ち上がると血走った目で少女や卓也を睨んだ後に、慌てて来た道を逆

に駆け去った。

「あれ? どこに行く気だ? あの軍人… ああ、そうか、そういえば、向こ

 うには池があったっけ… 」

ものの数秒後に、池に横瀬が飛び込む水音が聞こえて来た。

「おのれぇぇぇ… 妖怪め! 畜生! この野郎! 憶えていろよ、今度会っ

たら、絶対に首根っこを引っこ抜いてやるからなぁぁぁぁぁぁ… 」

静かな森に、国防軍の高級将校の負け惜しみの声だけが殷々と響いていた。

 

 

 

「どうやら、子狐を手懐ける事に成功しおった様じゃのう。見かけによらず大

 した小僧じゃわい」

超人化した国防軍の高級士官が赤子の手を捻るがごとくに、あっさりと退けら

れた様子を、少し離れた場所で眺めていた傀儡の源内は、九尾の狐を取り込ん

でしまった卓也の資質に目を見張っている。

「古来、狐は人に懐く事も稀では無い。それどころか人と交わり子を成す事も

 あるくらいじゃからな。かの高名なる陰陽師・阿部晴明の母親の葛の葉も、

 実は大陸より渡来した黄金の九尾の狐と言われておる」

独り言にしては大きすぎる声で、わざとらしく老人は語ると、ちらりと森の奥

に目をやる。源内の言葉に促された様に、やがて女が木陰から現れた。

「いったい、どう言うつもりなの? 目標を撃破するのでは無く懐柔させるな

 んて… 話しをややこしくされて、迷惑だわよ」

西の陣営に属する老人の存念が分からぬ茜は、姿を見せると同時に源内に文句

を言った。

「心にも無い事を言うでは無いわい、新宮の娘よ。御満悦なお前さんの魂胆な

 ど見え見えと言うものじゃ。なにしろ、配下に九尾の狐を使い魔にする者が

 現れたわけじゃからな。これで東の妖怪連中は、大人しく息を潜めねば成る

 まい? 狩人の陣営に希代の大妖怪が加わるのじゃ」

図星を差されてしまっては、茜も苦笑いを浮かべるより仕方ない。もしも、源

内の言葉の通りに、希代の大妖怪として名の知れた九尾の狐が、卓也の使い魔

として振る舞う様に成るならば、激戦続きで戦力が疲弊している対妖魔組織『

紅』にとって、これほどの僥倖はあるまい。

なにしろ『紅』が縄張りとする東日本はもとより、日本全土において、おそら

く正面から九尾の狐との諍いに臨む妖怪類はいないであろう。かの大物の存在

は局地的なゲリラ戦において、いきなり惑星破壊ミサイルが登場する様な効果

が期待出来るのである。容易に人には懐かぬ大妖怪が、こちらの陣営に加わる

ことを思うと、やはり茜の心も浮き立つと言うものだ。しかし、茜は老人に対

する疑念を捨て去る事は出来なかった。

「なぜ? 西の衆の一員であるアンタが、わざわざウチに、こんな贈り物をく

 れるのかしら? 源内さん」

西の組織からの顔写真付きの絶縁破門の回状が流れている事から、この術者の

正体を知る茜は胡乱な目を老人に向けて問いただす。

「なに… 儂を追放した西への、ほんのささやかな嫌がらせじゃ。それに、ア

 ンタじゃ無いが、新宮の一族には、以前に少しばっかり借りもある。生い先

 短い爺じゃから、借りは返せるときに返しておこうと思っただけじゃよ」

かつて、病死した組織の頭領の三男坊を蘇らせる事に失敗した折に、新宮の一

族のはぐれ衆に手間を掛けさせた事がある傀儡師は、神妙な顔で茜に答えた。

「でも、もしもうちの若いのが、狐とねんごろに成らなかった、どうするつも

 りだったのよ? 」

「その時は、その時じゃ。別に新宮の一族が九尾の狐に喰い尽くされても、儂

 には一向に差し障りは無いからな。まあ、妖怪外道の退治の任を受け持つな

 らば、それくらいの危険を乗り越えられんとも、思わんかったさ。クククク

 ク… 」

どこまでも食えない爺さんを相手にして、茜は肩を竦めて微笑むしか無い。

「一応はお礼を言っておくわね。正直、この時期に大幅な戦力のアップは大助

 かりよ」

「そうじゃろう… この先には儂を努々粗略には扱うな、新宮の娘よ」

好々爺を演じる老いた傀儡師は、ニコニコしながら言い放った。しかし、次の

瞬間、彼の目に不穏な光りが宿る。

「よいか? 西のお家騒動がおさまれば、おそらくあの阿呆供は身の程も弁え

 ずに関八州の制圧に乗り出す目論みじゃろう。いつまでも新宮の一族に東の

 都を抑えさせておく事を、強欲でボンクラな西の本家の兄弟が見のがしてお

 くハズもない。万が一にも遅れを取るうぬらとも思わんが、少しは西の動向

 にも気を配っておく事じゃぞ」

すっかりと自分が元居た組織に見切りを付けている老人は、真面目な顔で警告

する。

「忠告ありがとう、心して掛かるわ。それじゃ、また、そのうちに、そうね…

 里の方にでも遊びに来てちょうだい。歓迎するわよ、源内さん」

茜は機嫌よく言い放つと、そのまま身を翻した。

「いくわよ、徹」

彼女の呼び掛けに従い、もしもの場合に備えて森の中に身を潜めて二人の会話

を聞いていた大男が、苦笑いをしながら姿を見せる。当然、源内にも自分の存

在は知れていただろうと分かっている徹は、老傀儡師に向かってペコリと頭を

下げてから、茜の後を追い掛けて行った。

「やれやれ、儂が余計なおせっかいをしなくても、あの連中であれば、西のボ

 ンクラに遅れを取る様な事は無かったな。まあ、九尾の狐まで手に入れた新

 宮の一族に対して、西の組織がどう動くか? いずれ面白い事が見られるじ

 ゃろうな」

後に南箱根動乱と呼ばれた事件の仕掛人である老人は、独り言の後で人の悪そ

うな笑い顔を見せると、静かに森の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 


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