その12

 

 

 

 

(さてと、ここからが正念場だよね。落ち着いてチャンスを生かさないと… )

陽子の立てた作戦を忠実に実行して行く少年は、ちらりと幼馴染みの少女の端

正な横顔を窺う。自分の方から部屋に招いておきながら、実はファーストキス

のチャンスを探る加奈子は、目に見えて落ち着きを失いソワソワしているのが

分かるので、智博は余計に落ち着く事が出来た。彼は段取りに従い立ち上がる

と、そのまま加奈子に歩み寄る。

「なっ… なによ? 」

幼馴染みの少年の予想外の行動に、加奈子は驚き逃げ腰だ。

「ねえ、カナちゃん、キスしたことある? ボクは無いんだ。だから、キスさ

 せてくれないかなぁ? お願いだよ」

事前に陽子から耳打ちされていた台詞を、智博は間違えなく口にする。昨日か

ら何度も繰り返して練習してきた成果があり、ストレートな物言いに澱みは無

い。一方、出来過ぎな理想的展開と成った事に何の疑念も持つ事も無く、加奈

子は内心でほくそ笑む。

「う〜ん、どうしようかな? トモとキスねぇ… 」

どうやってこちらから仕掛けてやろうかと悩んでいた彼女であるが、そこはそ

れ、少女とは言へ女であるから、土壇場に来て少し焦らしてやるのも悪くは無

いと考える。

「ねえ、トモ、あんた、まさか、彼女なんて、いないでしょうね? 」

いきなり核心をつく疑念を口にする加奈子であるが、女の勘の鋭い事も陽子か

ら聞かされていた智博は、こんな質問も想定内だったので白々しく首を横に振

る。

(だって… 陽子さんはカノジョじゃ無くて愛人だもんね… だから嘘じゃな

 いよ)

心の中で詭弁を呟く少年を見つめて、加奈子は小さく頷いた。

「それならば、いいわよ」

友人の間でも評判の良い幼馴染みの少年の独占を目指す加奈子は、もったいつ

けてから承諾する。生まれた頃からの長い付き合いと言っても、さすがに異性

とのキスは初めてなので、彼女の心臓は早鐘を鳴らしている。しかし、まさか

年下と侮る智博に、そんな緊張や興奮を悟られては、今後の付き合いがやりに

くく成ると考えた少女は精一杯に平常心を保つ努力を重ねている。だから、両

手を延ばして来た彼に二の腕を捕まえられても、胸の鼓動の早まりを無視して

なるべく平気な顔をして見せた。

「ねえ、ちょっと、やりにくいから、目を閉じてくれないかな? 」

どんなに頑張ってみても緊張で表情の固い少女に向かい、智博はリラックスし

た笑みを浮かべて語り掛ける。

「えっ… あっ、ゴメン… 」

別に謝る事では無いのだが自然に謝罪の言葉がこぼれた唇は、すぐに少年によ

り塞がれる。リクエストに応えて瞳を閉じている加奈子は、あっさりとファー

ストキスを奪われた事に動転して、あとは少年の成すがままだ。ただ唇を軽く

重ねるフレンチ・キッスを想像していた少女は、智博が当たり前の様に舌を差

し入れて来た事に大いに面喰らう。

(っ… えっ? えぇぇぇぇ? マジ? ちょっと、トモ… )

本当ならば、彼の胸を突き飛ばして離れてしまいたいところであるが、以外に

力強い智博に抱き締められてしまい、彼女は手際よく躯を離す事が出来ないで

いる。陽子と濃密で淫媚なキスを繰り返して学んだ智博に比べて、キスに関す

る知識は友人との噂話程度だった少女は、彼が仕掛けるディープキスに非常に

驚き、抱き締められたままで成す術も無い。年下と侮る幼馴染みからの予想外

の攻勢に翻弄される少女の事を、智博は今度はゆっくりとベッドに押し倒して

行く。

(乱暴なのはダメだけれど… 躊躇してもダメ… カナちゃんが混乱している

 間に、一気に押し倒す… よしよし、ここまでは上手く行っているな)

陽子のアドバイスに従い、智博は初めてのキスに面喰らったままの幼馴染みの

少女を、彼女のベッドに押し倒す事に成功した。あれよあれよと言う間にベッ

ドに横にされた加奈子の胸元に、当然の様に少年の手が延ばされる。発展途上

の胸の膨らみをまさぐられて、ようやく加奈子は己をしっかりと取り戻す。

「ちょ… ちょっと! 何するのよ、やめて、トモ… いやだったら、トモ、

 手を離して… 怒るわよ! トモ! 」

まさかの展開に驚いた少女は、これまで常に子分扱いして来たのと同様に厳し

い口調で少年の行き過ぎた行為を諌めに掛かる。だが、相手はもう彼女が御し

易すかった大人しい少年では無く、年上の愛人と経験を重ねたしたたかな牡に

成長している。しかも、彼の参謀には、母親の陽子が付いているのだ。むろん

加奈子の驚きや制止など、とっくに計算に折り込み済みであるから、彼は美し

い幼馴染みの抗議の言葉を無視して、そのまま胸をまさぐり続ける。

「トモ! やめて! あんた、何を考えているのよ、この… やめなさいって

 ば! 」

いつもであれば厳しい口調で一喝すれば、意気地なく引っ込む少年が、今日に

限って妙に強気であることが加奈子を困惑させている。しかも、躯を引き剥が

そうともがいてみても、智博が上からのし掛かっている不利なポジションに加

えて、ひとつ年下の少年は、子供の頃とは違って易々と腕力で彼女を押さえ込

んでくるではないか! 自室のベッドの上で幼馴染みと小競り合いを繰り広げ

る加奈子は、思いも寄らぬ展開に面喰らい驚きの色を隠せない。

「なにをする気なの? ねえ、トモってば、やめてよ」

「何って… 男と女がいれば、やる事はひとつじゃないか」

幼稚園の時代から子分扱いして来た少年の大胆過ぎるモノ言いに、加奈子はび

っくりしてすぐには言い返す言葉が見つからない。ベソをかきながら彼女のス

カートの裾をしっかりと握りしめて、何処に行くにも着いて来た、あの幼い日

の事を思うと、加奈子は驚いて目を見張るばかりだ。

「なっ… なによ、いきなり。ちょっと、いや、やめてってば! トモ! 」

ファーストキスを許しても、その先の事などは考えてもいなかった少女は、余

りにも積極的な幼馴染みの行動を訝りながら、懸命に身をよじり逃げ出そうと

試みる。ベッドの上で揉み合っていた二人だが、やがて少年はあっさりと彼女

の言葉に従い、迫る事をやめてしまう。智博は幼馴染みの少女から身を離すと

、できる限りクールな素振りで微笑み掛けた。

 

 

 

 

 


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