「なんだ、カナちゃん、恐いんだ? おもったよりも、ずっと子供だったん だね。クスクス… それじゃ、しようがないな。こんなに子供だとは、思 っていなかったよ」 まるで、これまでの小競り合いが無かったかの様に、智博は落ち着いた素振 りで彼女を嘲笑い、そのまま彼女から離れて勉強机に戻ると、気の無い素振 りで椅子に腰掛ける。子分と思い込んでいた少年から子供と蔑まれた事で、 加奈子の怒りが瞬時に沸騰っする。皺になったワンピースの胸元の乱れを整 えながら、憤怒の目を向ける少女の姿を見て、智博は実は内心では竦み上が っているのだ。 (いいこと、ある程度迫ってみて、本気で抵抗するならば、一度引き下がっ て放り出して御覧なさい。その時には『なんだ、意外と餓鬼だったんだな ? 』と言って、馬鹿にしてやるの。そうすれば、あの子、絶対に反発し てくるからね。そう成れば、もう、こっちのモノよ) 作戦参謀を務める陽子は、なにしろ彼女の母親であるから加奈子の性格を知 り尽くしている。その陽子にそそのかされはしたものの、やはり子供の頃か ら頭の上がらぬ幼馴染みの少女の憤激を目の前にすれば、臆病な智博はこの 場に土下座して謝りたく成って来る。だが、やはり加奈子に対する思慕も強 いので、ここが正念場とばかりに彼は余裕の態度を一生懸命に保って腰掛け ていた。 「こっ… 子供って、どういう意味よ? 」 彼が取った不埒な行動では無く、子供と嘲笑われた事に対する幼馴染みの厳 しい抗議の声を聞いて、智博は陽子の鋭い洞察が正しかった事を理解する。 今の加奈子にとって、意に反して押し倒された事よりも、智博の馬鹿にされ た事の方が遥かに腹立たしいのであろう。裏に控える陽子の作戦が上手く進 んでいる事を実感しながら、彼はシナリオに従い演技を続ける。 「だって、セックスが恐いんだろう? 大人なら誰でも平気なのに、やっぱ りカナちゃんは、思っていたよりも、ずっと子供なんだね」 彼はまんまと術中にはまった幼馴染みに向かって、わざと精一杯に驕慢な態 度で接する。 「ごめんね、気が付かなくてさ。あんなに必死に抵抗するとは思わなかった んだ。でも、子供ならば恐くてあたりまえだったね。べつに無理強いする つもりは無いから、もう心配しなくていいよ」 ここが大事と分かっている少年は、年上の愛人である参謀の入れ知恵に従い 、加奈子に軽蔑の眼差しを向けると、フッと鼻で嘲笑って見せた。それから 、おもむろに憤激する美しい幼馴染みから目を離した後に、机の上に乗せて あったマンガの単行本を手に取って、もう加奈子などに興味は無いといった 仕種で読み始める。 (これで… いいのかな? ほんとうに、こんなにカナちゃんを馬鹿にして 、ビンタ100連発なんて事になったら、どうやって謝ろうか? ) あまり読んだ事の無い少女漫画を目で追うふりをしながら、智博はいまにも 彼女が逆上してつかみ掛かり、平手打ちを連発するのでは無いかとビクビク している。なにしろ、生まれてこのかた、喧嘩で隣家の活発な幼馴染みの少 女に勝った事など、ただの一度たりとて無かったのだ。顔こそ漫画の単行本 に向けてはいるが、神経は耳に集中していて、もしも烈火のごとくに怒った 彼女が殴り掛かってくる音が聞こえたら、なんとか一発目を躱して、そのま ま部屋の出口にダッシュして逃げ出す心づもりである。 (あれ? 静かだな… カナちゃん、どうしたあんだろう? 本気で怒って 、まさか、テニスのラケットとか、それとも何か他の殴る為の道具を探し ているんじゃ無いだろうな? ) さしたる興味も無いマンガ本を眺めながら、少年は平静を装おう為に顔を上 げる事も無い。また、迂闊に顔を上げて般若の形相と化した加奈子を見たら 、芝居もなにもフッ飛んで、その場に土下座してしまうだろう。内心の怯え を懸命に隠す少年の耳に、聞き慣れぬ微かな衣擦れの音が飛び込んで来た。 (えっ… まさ、マジ? ) 顔を上げた智博の前で、彼女は怒った様な顔のまま無言でワンピースを脱い で行く。 「子供、子供って、馬鹿にしないでよ! 別にセックスなんて、平気だもの」 これまで子分扱いして来た幼馴染みの智博に、子供と軽んじられた末に笑わ れた事で、怒り狂い我を忘れた美しい少女は、負けん気の強さが暴走して、 あっさり他所行きの少し皺になったワンピースを脱ぎ捨てる。 「さあ、どうするの? こういう事は男の方がリードするモノなんでしょう ? でも、アンタにどうするのか分かっているの? ねえ、トモ? 」 自分が処女な事から、てっきり相手も童貞だと信じて疑いもしない加奈子の 啖呵に、智博は内心でほくそ笑む。 (こんなに作戦通りに物事は進むなんて… ああ、陽子さん、ありがとう) 心の中で年上の愛人に両手を合わせて感謝しながら、彼はゆっくりと加奈子 に歩み寄り、二人はそのままベッドに腰掛ける。 「いいのかい? 恐いならば、無理に抱かれなくてもいいんだよ」 ダメ押しの為に用意した台詞を口にすれば、案の定、加奈子は目を吊り上げ て怒りを露にする。 「だっ! だれが恐いなんて、言っているのよ? その、ちょっと急だった から、慌てただけでしょう? 」 昨日まで、顎でコキ使っていた智博に侮られる事だけは我慢成らない加奈子 は、少年の言葉に反発して増々深みにはまって行く。もっとも、それとて彼 女が智博の事を日頃から憎からず思っていたからこそではあるのだが… 一方、陽子の作戦が図に当たり、まんまと彼女を罠にはめた智博は、厳しい 顔で彼を睨み付ける幼馴染みの肩を抱き、ふたたびキスを迫って見る。今度 もやはり彼女はくちづけには逆らう事は無い。しかも、またもや舌を差し伸 べると、まるで負けるモノか! と、ばかりに、加奈子の方からも、積極的 に舌を絡めて来る始末だ。処女と言っても情報過多の時代に育った娘である から、ディープなキスについても知識だけが持ち合わせている。ただ、まさ か、子分だった隣家の幼馴染みから、こんなに濃密なキスを仕掛けられると は、思ってもいない加奈子でもあった。 (いったい、どうなっているのよ、コイツ… 本当にトモなんでしょうね? もしかしたら、トモによく似た他人かも? でも、やっぱり、トモだよね ぇ… なんで、こんなに強気なの? 絶対に可おかしい! ) まさか自分の母親が影で糸を引いているとは思いも寄らぬ少女だから、幼馴 染みの豹変ぶりには戸惑うばかりで、その正確な存念を掴む事は不可能であ る。だが、絶対に少年から馬鹿にされるのだけは我慢成らない加奈子は、今 度は逆らう事も無く、成すがままに彼に押し倒されて行く。
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