その3

 

 

 

 

「調査対象者の名は光村規男、年令は26才、会社員、勤め先はカオル・サナ

 エ・エンターテーメント、この会社の業種はゲームソフトの開発と販売です

 。本人は契約社員として3年前から勤務していて、主にゲームのプログラム

 に関わる仕事を行っていると見られます。出身地は栃木県◯×市、電気小売

 店経営の父親と専業主婦の母親の間の二男として生まれました。現在でも実

 家は栃木で店を経営していますが、調査対象者の兄が後継ぎとして店の仕事

 を手伝っています。御依頼に基づき男の行動を5日間調査しました。また、

 平行して彼の経歴も洗い出してあります」

ここまで一気に捲し立てた中根は、あらためて依頼者の様子を窺うが、彼女の

表情に変化は無い。

「ごほん… えっと、調査対象者は市立◯◯高校を卒業後、一浪を経て私立◯

 △大学に入学しますが、こちらを一年で中退して、あらためて◇◯電子専門

 学校に入学、これを卒業した後、一年間のフリーター生活を行ってから現在

 の仕事に付いています。専門学校の元同級生のひとりに話を聞く事が出来ま

 したが、性格は内向的で独善的、コンピューターに関する知識は特定の分野

 に関しては造詣も深く勉強も熱心だった様ですが、プログラムの解析に比べ

 て人付き合いは苦手としていたそうです」

(つまり、偏屈なオタク野郎と言うわけですよ、お嬢さん)

中根は改めて依頼された要調査対象者の顔を思い出して、心の中で毒付いた。

光村規男はこの経歴から容易に想像可能な容姿の持ち主なのだ。身長は165

センチながら体重は100キロ目前の肥満体であり、しかも猫背で常に俯き加

減な事から印象はパッとするところが何も無い。

センスの悪いトレーナーに、擦り切れた革のジャンバーを引っ掛けてトボトボ

とあるく光村を尾行するのは、欠伸が出る程に簡単で単調な調査であった。な

にしろ、このオタク野郎は平素は会社と安アパートの行き来するだけで、仕事

帰りに同僚と一杯やる事も無く、休日とも成ると日がな一日部屋の隠っている

のだ。

稀に出かけても近所のコンビニで弁当類を買い求める傍らで雑誌を数冊立ち読

みするくらいだった。他の何処にも立ち寄る事も無く真直ぐに部屋の戻って、

また穴熊生活に逆戻りの若者の暮らしぶりは調査にあたった5日間、変わる事

はついに無かった。

もちろん違法な行為であるが、平日の彼の帰宅前にアパートの郵便受けをチェ

ックしても、投げ入れられているのは宣伝のチラシ類で、たまに郵便物があっ

てもダイレクトメールの類いばかりである。資源ゴミ回収日に確かめてみれば

、出されるゴミはチューハイや発砲酒の空き缶が多く、ごく稀に国産のウイス

キーの空瓶も混じる事がある。

(ひょっとしてこの女は、性的な嫌がらせ… ストーカー行為の加害者なのか

 ? それならば、俺の仕事もこの先に広がって行くと言うものだが… )

この一週間足らずで調べ上げた根の暗いオタク野郎の経歴を説明しながら、中

根は職業柄好奇心を膨らませる。もしも、この下衆野郎に迷惑を被っているの

ならば、彼は白馬の騎士と成り、オタク成敗する事を厭うつもりは無い。上手

く立ち回れば親密なおつき合いに持ち込める可能性を考えると、中年の調査員

の野望は大きく成るばかりだ。ここは一番、自分の能力を証明する為に、彼は

子細な点まで報告を進めて行く。

「仕事の都合で会社に泊まり込む事も稀にはある様ですが、日常生活は判を押

 した様に一定で、会社とアパートを往復しています。立ち回り先も限られて

 いて、主にコンビニで生活用品を揃えていますね。休日に友人と出かける事

 もありませんし、車はおろかバイク、自転車等の移動手段は何も所有してい

 ません。また、車の免許も持ってないですね。高校、大学、専門学校を通じ

 て成績は人並み、生活態度は概ね良好ですが社交性に欠ける。これまでに補

 導歴無し、逮捕歴無し、酒の上での失態も無い様です。それとなく2〜3会

 社の関係者にも聞いてみましたが、ひどく印象の薄い男の様ですね。別に会

 社の内部で役職に付いてもいません。異性に関する付き合いの形跡も、この

 一週間は皆無でしたし、過去に遡って調べてみても何も浮かび上がっては来

 ませんでした」

ここで調査員は自分の有能さを示すために切り札を明らかにする。

「これは、出入りの宅急便の運転手に聞いた情報なんですがね。あの男、通信

 販売でアニメのキャラクターの人形を買い漁っている様なんです」

「キャラクターの人形を… ですか? 」

眉を顰めて問いただす美女の憂いを帯びた風情に胸を打たれながら、中根はこ

こぞとばかりに言葉をつなぐ。

「キャラクター人形と言っても馬鹿に成らない物なのですね。中には10万円

 を超える代物もあるそうで… この地域を担当している宅急便のドライバー

 に話を聞いたら、調査対象者は、この1年間で着払いの通販を利用して数十

 万円も、そういった御人形にお金を注ぎ込んでいる事が分かりました」

肌理の細かい調査を売り物にする中根は、対象者の密かな趣味まで暴き立てた

手腕を誇る様に、自慢げに微笑んで見せる。調査経験の豊富な探偵でもフィギ

ャをこよなく愛するオタク野郎の心情までは理解出来てはいない。彼は報告書

に忙しく目を走らせる美女が、最後の一枚を読み終わった頃合を見計らい、い

よいよ本題に取りかかる。

「もしも、この調査対象者から、なんらかの迷惑を被っていらっしゃるのなら

 ば、私が力に成れますよ。もちろん秘密は厳守しますし、けして御依頼人様

 に迷惑の掛かる様なヘマはいたしません。我々は仕事柄、この手の輩への対

 処方には精通していますからね」

如何にもストーカーを連想させる調査対象者のキャラクターだから、中根は自

信をもって自分を売り込みに掛かった。しかし、彼の希望はあっさりと退けら

れる。

「いいえ、私はこの人… えっと、光村さんと面識はありません。実は、従姉

 妹にこの人との縁談が持ち上がっていて、それで田舎に住む叔母に頼まれて

 、代わりに身辺調査をお願いしただけなんですのよ。この報告書もそのまま

 叔母に郵送して、それで私の仕事もおしまいですの」

そんな事もあろうかと多少の予想はしていたが、やはり謎の美女の言葉を聞い

た興信所の職員の落胆は大きい。

「そうですか… お役に立てて、嬉しく思います」

希望が大きかっただけに、中根は台詞とは裏腹にがっかりとした様子で挨拶す

る。

「どうも御苦労さまでした。きちんとした報告書ですから、叔母もきっと満足

 してくれると思います。また、他に調べて欲しい事柄が生じましたら、その

 節にはお願いに伺うかもしれません。でも、今の時点ではこれで十分ですわ」

にっこりと微笑んだ真弓子は、料金と引き換えに領収書を受け取ると、詳しい

報告書が入った書類封筒を小脇に抱えて興信所を後にした。ちなみに、彼女に

縁談が持ち上がる適齢期の従姉妹などはいない。叔母からの頼まれ事と言う説

明は、探偵に不審を持たれぬ為の口実に過ぎなかった。

真弓子は途中でタクシーを拾い、そのまま自宅に帰って来る。都会では珍しく

も無いオートロックのマンションだが、昨今の物騒な世の中の事を思うと女の

一人暮らしとなれば、これくらいの用心は必要であろう。慣れた様子で暗証番

号を打ち込みエントランスの扉を開いた真弓子は、エレベーターを使わずに階

段で二階の自分の部屋を目指す。何の変哲も無い3DKの自室に戻った美女は

、探偵から受け取ったばかりの報告書を無造作にソファに放り出してから、冷

蔵庫に歩みよる。

 

 

 

 

 


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