むかし馴染みの女
その1

 

 

 

 

いつもの空き地にBMWを停めた良隆は降りる為にシートベルトを外してから

、助手席に置いてあった手土産の花束を掴んだ。以前は田圃であったこの場所

は、彼が子供の頃には用水路が絶好の遊び場であったものだが、国の減反政策

に基づき廃田と成り宅地化されて、今では貧相な平家建ての市営住宅が立ち並

んでいた。彼が中学生の頃に建てられた木造の住宅連は、すでに15年近くも

雨風に曝されているはずであるが、市の緊縮財政の煽りを喰らって手入れもい

い加減であり、新築当時に塗られたペンキはすっかりと剥げ落ちている。

たしか15〜6戸は並んでいるハズだが、こうして夜が深けても窓に明かりが

点る家が疎らに見えて余計に物悲しい。うらぶれた市営住宅の未舗装の路地を

奥に進むと、今日の彼の目的地はすぐだ。街灯の整備計画は有耶無耶に成って

いるが、既に何度も、否、何十あるいは何百回と通った道筋であるので、宵闇

の中でも迷う事も戸惑う事も無い。

場所柄に馴染まぬ花束を片手に夜道を歩く川辺良隆は28才、この地方では有

数の資産家の長男に生まれた彼は、大学卒業後に父親の経営する小規模な地場

の不動産会社に入り、28にして早くも専務取締役を拝命している。もっとも

、併設された建築会社の現場の社員まで含めても、ようやく100人を少し上

回る程度の零細企業の取締役であるから、企業人としての社会的な地位はなに

ほどもモノでもなかろう。

会社役員と言う立場よりも、この地方でも名の知れた地主である川辺家の跡取

りと言った身分の方が、余程に近在ではステータスが高い。元々一族が大きな

資産を先祖代々受け継いで来た事から、彼の父親の経営する会社も自分の所有

地にマンションや建て売りの物件を建築して、販売する仕事が主である。祖父

から父が受け継いだ宅地転用可能な土地は、まだ1割程度しか開発されていな

いから、父や良隆が馬鹿げたニュータウン開発構想などに飛びつく事無く地道

な事業展開を続けて行けば、おそらくは良隆の息子の代くらいまでは会社は安

泰であろう。

祖父から資産を譲り受けた父親は、まだ50代中ばであるが、再来年あたりに

は経営の実権を良隆に譲り楽隠居を決め込み、趣味の磯釣りとゴルフ、それに

山歩き三昧の日々を夢見ている様だ。会社を引き継ぐものがひとり身でブラブ

ラしているのは体裁が悪いと言われた良隆は、昨年、同じくこの地方の旧家の

娘と見合いをして、そのまま結婚にまで至っていた。

その妻は、今日は学生時代の友人等と観劇に出かけて帰宅は遅いハズである。

むろん、妻が家に居無くても彼女の実家である旧家から、お手伝いの初老の女

性が付いて来ているから、良隆が食事や身の回りの世話に困る事は無い。しか

し、妻の外出を利用して、彼はこうして昔馴染みの家を訪ねている。もしも、

何らかの不都合から妻が思ったよりも早く帰宅したところで問題は無い。

この地方出身の彼は仕事上の関わり無い幼馴染みの友人等と、常日頃頻繁に雀

卓を囲んでいる。何度かは彼の屋敷に友人等を招いて、徹夜でマージャンに興

じた事もあったが、名家出の妻は下品なギャンブルが自宅で繰り広げられる事

を余り快く思わぬらしく、それとなく嫌みが繰り返された挙げ句に、ついに良

隆の屋敷は仲間内の私的指定雀荘から外された経緯があるのだ。だから、彼の

帰宅が遅れたところで、もう妻は心配する事も疑念を持つ事も無くなっている

(こんなところで女房の事を思い出すとは… やはり、後ろめたいところがあ

 るのかな? )

目的の家の玄関の薄汚れたドアの前に辿り着いた良隆は、夜の帳がどっぷりと

降りた中で、少しだけ良心を疼かせて誰とも無く呟いた。小さく溜め息を漏ら

してから気を取り直すと、左手で花束を無造作に持った良隆は、空いている方

の手で貧相なプラスチック製の呼び鈴を鳴らす。

ピンポーン… 

耳に馴染んだ呼び鈴の音が響き、ほんの数秒後に中からの返答が聞こえる。

「は〜〜い」

おそらく鍵など掛けられてはいないであろうと予想して、良隆はそのままドア

を開く。案の定、何度も開けた事のあるドアは、この夜もスムーズに開いた。

「遅かったのね、あら、これ… 私に? うれしいわ、ヨシくん」

なぜ、こんなに見窄らしい家の、これほどの美人がいるのか? 今日も酷い違

和感に苛まれながら、良隆は苦笑を浮かべて修子に花束を手渡した。井沢修子

、旧姓、吉見修子は彼と同じ年の幼馴染みである。良隆、修子、それに修子の

夫である輝夫、あともうひとり、雅哉を加えた4人は、同じ町内で生まれ育っ

た同級生で、それこそ幼稚園から県立高校に至るまでのクラスメイトなのだ。

ちなみに今でも良隆の麻雀仲間の内の二人は、つねに輝夫と雅哉である。4人

目は、その都度輝夫か雅哉が何処からか連れて来ている。それは輝夫のギャン

ブル仲間である事もあれば、雅哉の仕事の関係者な時もある。しかし、良隆、

雅哉、そして輝夫の三人は十年一日のごときの友誼を今日まで育んで来たと言

えるのだ。

 

狭い玄関の三和土に靴を脱いだ良隆は招かれるままに小さな台所の横を通り過

ぎて、奥の6畳の和室に足を踏み入れる。それなりに小綺麗に整えられてはい

るが、古びた砂壁や光沢を失ったアルミサッシは痛々しく、すり減った畳の縁

は物の哀れを醸し出す。狭い台所に6畳の居間、それにもう一つの6畳の和室

が、このささやかな市営住宅の全てである事は、何度も訪れているから先刻承

知だ。

「泊まって行けるんでしょう? ならば、平気よね」

もう、この家でしか見る事の無くなった丸い木製の卓袱台に陣取った良隆に、

彼女はビールを勧めて来る。昔なじみの美女の酌で、彼は冷えたビールを堪能

する。なにかつまみをと、席を立った修子の後ろ姿を眺めながら彼はつい、こ

れまでの事の成り行きを思い返していた。幼馴染みの修子は彼等の中でもマド

ンナ的な存在で、とくに思春期真っ盛りの頃には、良隆は雅哉と彼女を挟んで

、何かに付けて恋の火花を散らしたものだ。

この地方でも有数の資産家の跡取り等と言う立場は、高校生の恋愛には余り影

響を及ぼすものでも無かったが、良隆は勉強熱心な秀才として学校でも常に1

〜2番の成績を争い、皆から一目置かれる存在であった。対する雅哉はスポー

ツ万能、特に部活動のテニスでは県大会で個人戦に準優勝を飾り、県の国体強

化選手にも選ばれていた。

今ではテニスは趣味と成り多少弛んでいる。しかし当時は長身でスポーツマン

らしい爽やかな笑顔が印象的であり、母校のみならず試合で合いまみえる他校

のテニス部の女生徒等にも多くのファンを抱えた雅哉であったが、やはり良隆

と同様に意中では修子一筋と思い込んでいた様だった。生徒会長を務め成績優

秀、品行方正な良隆と、スポーツ大会で好成績を残して学校の名誉を守る雅哉

、この二人が、幼馴染みの修子に夢中である事は、当時から広く皆に知られて

いて、その他大勢の多くの女生徒は修子に嫉妬していたし、男子生徒は己の分

際を弁えて、美しい修子に対して抱く野望も挫けてしまい、諦めの溜め息を漏

らすばかりであった。

そう、あの頃、もう一人の幼馴染みの輝夫は、ごく平凡な学生として同じ高校

に通い、何も目立つ事も無く過ごしている。だからこそ、良隆も雅哉も、うだ

つの上がらぬ輝夫の存在は完全に失念していた。修子のハートを射止めるのは

、お互いに自分か奴だと思い定めて虎視眈々とチャンスを狙っていたのは、彼

等の若さゆえの浅はかさであり、笑えぬ油断にほか成らない。

互いに優秀な友人のみが手強い競争相手だと信じていた良隆と雅哉だったから

、どうにも出し抜く踏ん切りが付かぬまま、何となく高校を卒業するまでは輝

夫を交えた4人のグループ交際の形を維持してしまう。

 

 

 

 


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