となりの部屋の美弥子さん 前編
その1

 

 

 

 

 

 

信雄は近所の公園の池の縁に佇み、生い茂る樹木の中の良い枝振りの松の木を

ぼんやりと眺めていた。

(あの枝にロープを垂らして首を突っ込めば、この言い様の無い不安から解放

 されるんだろうなぁ… )

本当は、そんな気持ちはさらさら無いのだが、背中にずっしりとのしかかる見

えない重圧の前では、つい馬鹿げた現実逃避を心の中に思い描いてしまう。高

根信雄は25才、国立大学の法学部を優秀な成績で卒業した若者は、現在は司

法試験の突破を目指して浪人中の立場にある。田舎の高校教師夫婦の次男に生

まれた彼は、子供の頃からよく勉強が出来た。

兄はとうに地方の大学を卒業して、両親と同じく教職の道に進んでいる。そし

て、夫婦の自慢の次男は両親の大きな期待を背負い、こうして難関で知られる

司法試験に挑んでいた。大学の成績も良く、教授からも現役合格の可能性が高

いと太鼓判を押されていた信雄だが、残念ながら立て続けに2度の受験に失敗

して挙げ句に、次の3度目を目指して勉強に勤しんでいる。

頭脳明晰な上に真面目な信雄であるが、彼には致命的な欠点があった。極度の

あがり症なのだ。おまけに朴訥な田舎者の青年は実に間が悪い。これまで2度

の試験の際も、万全な準備を整えて臨む覚悟で準備を進めながら、直前に成っ

て2度とも風邪を抉じらせて体調を崩してしまっていた。試験が迫ると不安が

募り、睡眠不足が続く事から健康を損ねてしまうわけなのだ。

本人もそんな事は十分にわかってはいたが、それでも試験本番が近付くと夜に

眠れなく成り、つい起き出して机の前に陣取り、例題集などに取りかかってし

まうことから、無用な風邪をしょい込む羽目に陥っている。無事にテストを受

けられれば、どれだけ難関といっても司法試験を突破する自信はあるのだが、

如何せん生来の性格のせいで、ここ2年間は苦渋を舐める結果に終わっている

田舎で暮らす両親は二人とも教員で共働きだから、彼に対して生活するには十

分な仕送りをしてくれている。だが、いつまでも両親に甘えてばかりもいられ

ないと思う程に焦りが募り、まだ試験までは3月もある今頃から、もう信雄の

不眠症状が現れていた。昼間からアパートに隠り事例集や参考書に没頭してば

かりいるので、夜眠れないのかと思い付いた信雄は一旦勉強に区切りを付けて

、まだ肌寒い中を近所の公園に足を運んでいた。

しかし、法例集などを手放して、こうして公園の池の畔をそぞろ歩きして見て

も、今年の試験に対する不安は増すばかりで、一向に気持ちは晴れては来ない

。人格者である両親は、次男の2度の受験の失敗に対して、非難めいた事は一

切言っていなかった。それどころか、兄や両親は傷心の次男を労り温かく励ま

してさえくれている。そんな家族の心使いすら、己の不様を悔いる信雄を追い

詰めていた。

(なんとかしなくちゃ… でも、どうすれば良いのだろうか? )

人気の無い公園で足元に落ちていた小石を拾った若者は、しょざいなさげに振

りかぶり、不安を放り出す様に力を込めて投擲する。しかし、思ったよりも遥

かに手前に落ちた小石が描いた水の波紋を見て、またまた信雄は落ち込んだ。

昨年の試験の失敗を報告する為に田舎に戻た時には、両親はやさしく迎え入れ

てくれている。

むしろ叱責された方が気が楽だと思う程に次男を労る父や母の態度にいたたま

れずに、彼はほんの数日間実家に留まり、まるで逃げる様にアパートに戻った

ものだ。今年の試験に自信が無いとは言わない、心成らずも2年間も勉強に専

念出来た事から学問に対する心配は無く、明晰な頭脳を持つ彼ならば普通に受

ければ落ちることは考えにくい。だが、まだ司法試験までは3月も残している

今頃から不眠に悩み、ペーパーテストや口頭試問の事を思うと胸がドキドキし

てしまう事は何とも情けなく、つい枝振りの良い樹があると、この重圧から逃

れる為の安直で暗愚な行為を想像してしまう。

(ふう… 情けないよなぁ… なんで、眠れないんだろう? )

アパートの自室に隠り、机に向かっている時には100パーセント勉強に集中

している事から問題は何もないのだが、一旦学問から離れると、心の中にいつ

しか不安の暗雲が広がって、不器用な信雄を悩ませている。こうして散歩して

いる最中も、言い様のない不安に苛まれて、ついついポケットに両手を突っ込

み猫背になって深刻な顔でトボトボと歩いている。

本来は明晰な青年なのだが、2年も続けて受験に失敗した事から自信を失い、

今年もしも上手く行かなければ、どうしようかと言う思いに支配されて、どう

にも前向きに物事を考えられなく成っているのだ。池の縁から離れて、休日に

は子供等のキャッチボール等で賑わう広場に至った信雄は、当てもなく人気の

無い公園を見回すと、やがて引き返す為にくるりと後ろを振り向いた、その時

… 

「どうでもいいけれど、アンタ、本当に覇気が無い男よねぇ… 元気出しなさ

 いよ、タカネくん! 」

不意に横から声を掛けられて、驚いた青年は顔を向ける。そこには、男物のジ

ャンパーを着込んだ小柄な美女が呆れた様な顔をして若者を見つめていた。大

きめな紙袋を小脇に抱えた美女に心当たりがある信雄は、小さくぴょこんと頭

を下げた。

「買い物の帰りなんですか? 遠藤さん」

「いいや、これはパチンコの余り玉で貰った景品のお菓子よ、ほら朋子へのお

 みやげ」

胸のポケットからセブンスターを取り出した美女は一本口にくわえると、傷だ

らけのジッポーで火を付ける。遠藤美弥子は彼の暮らすアパートの隣の住人だ

、若く見えるがこれでも高校2年生に成る娘の朋子と二人暮しだった。職業は

女だてらにダンプの運転手をやっていて、整った顔だちからは想像出来ない様

なバンカラな口調に、初対面の男はたいてい面喰らう。

大学時代を含めると、もう6年の隣付き合いだから、彼女の口調もざっくばら

んだ。実は、あまり勉強が好きでは無い娘の朋子の惨澹たる成績に頭を痛めた

美弥子から頼まれて、高校受験の前には彼が家庭教師を務めた事もあった。隣

部屋に暮らす頭の良い真面目な大学生に仄かな思いを寄せていた朋子は、彼の

指導によく従い、首尾よく私立の名門女子高に合格を果たして母親を喜ばせて

いたが、朋子の思いは朴念仁の信雄には届いてはいない。

彼にしてみれば隣室の少女は素直で明るい妹みたいな存在なのだ。勉強を教え

る傍らで朋子から聞いた話では、彼女の母親はまだ未成年の内に娘を身籠り出

産した様で、17才の娘を持っていながら美弥子はまだ30代の中ごろらしい

。父親については朋子も何も知らされてはいならしく、勉強を教えている合間

の話題に成った事は無かった。女手ひとつで娘を育てながらダンブカーを転が

すたくましさを持つ美弥子は、実に躍動美に溢れており、その整った顔だちに

憧れたダンプ運転手仲間の男等からはアイドル扱いされているそうだ。

たしかに、こうして並んで歩いても、美弥子の若々しい美しさには圧倒される

。ひ弱な細いモデル風の女とは違い、仕事柄よく日焼けした健康美に溢れる美

弥子は、とても17才の娘がいる様には見えない、たまに地元の商店街を母娘

が並んであるいていても、少し年の離れた仲の良い姉妹にしか見えなかった。

娘の朋子は年相応に溌溂とした美しさを見せているから、やはり美弥子の若々

しさが抜群なのであろう。

無事に朋子が高校への入学を果たしたのに加えて、彼が司法試験の準備の為に

部屋に閉じ篭りがちな事から、最近は付き合いも途絶えていた。そんな折の久

々の出会いな事もあり、信雄は束の間不安を忘れて、まだ肌寒い公園を彼女と

肩を並べて歩いている。

 

 

 

 

 


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