「そうじゃ無くて、女として朋子をどう見ているのか? 知りたいのよ」 「女… ですか? でも、女と言っても、なにしろトモちゃんですから… 」 たしかに高校受験に備えての家庭教師の最中に、思春期真っ盛りの少女の妖し い色香に惑う事もあった信雄であるが、なにしろ彼が大学へと入学を果たして 青雲の志しを抱き上京して、このアパートに居を構えた頃には、まだ真っ赤な ランドセルを背負って小学校に通っていた朋子だったから、付き合いの長い分 だけ未だに彼は隣家の女子高生を可愛い妹としか思えない。 「ふ〜ん、そうなの? それじゃ、あの子の恋も前途多難と言うわけね」 なにか悪巧みする牝猫の様な視線で、美弥子は年下の愛人を眺めている。 「恋って、まさか、トモちゃんが? それは無いです、美弥子さん。僕なんて 、男の内に数えられていませんよ。この間も回覧板を届けてくれた時に、ト モちゃんは、Tシャツとホットパンツのラフな格好で来てくれていますもの 。もしも異性として少しでも意識してくれていたなら、身なりをもう少し気 を付けてくれると思いますよ」 目のやりばに困る格好で訪れた美少女の事を思い出して、信雄は苦笑いする。 余りにも脳天着な若者を見て、美弥子はやれやれといった風情で溜息を吐いて 首を振る。 「ノブちゃんて… あんなに勉強は出来るのに、どうしてこんなに男と女の間 については鈍いのかしらね。まあ、そこが私に言わせると魅力でもあるんだ けれど。あのね、その格好は朋子なりに考えた作戦だわ。露出を大きくして 、気に成る殿方に振り向いて欲しいって言う乙女心が、なんでわからないの かしらね? う〜〜ん、可哀想な朋子、このニブチンを彼氏にするには、あ の子じゃ経験が足りなすぎるわ」 思いもよらぬ美弥子の指摘を受けて、若者は目を白黒させた。 「えええ! まさか、でも、そんな事って、あるのですか? トモちゃんが、 僕を? 」 「そうよ、だって朋子がそんな挑発的な服を来ている所は、私は見た事も無い もの。たぶんノブちゃんだけに見せて、あわよくば誘惑して、キスのひとつ もせしめてやろうとした作戦だと思うわ。そのままセックスまで雪崩込めた ら最高! と、企んでいた事は間違いないわよ。それなのに、この朴念仁と 来たら… ふふふふ… でも、朋子も頑張るわよね、面白い」 何故かテンションが上がって来た年上の美女に頬にキスされて、信雄の混乱は 深まるばかりだ。 「朋子は絶対にノブちゃんが大好きだわ。一緒に暮らしている娘なんですもの 、あの子の考えている事は百も承知よ。さあ、これから、どうやって朋子は 、このニブチンを誘惑していくのかしらね? 」 「そっ… そんな、僕は、そんなつもりはありません。トモちゃんは、可愛い 妹ですよ。だいたい、彼女が小学生の頃からの付き合いなんですからね、そ りゃあ、最近は随分と大人びて綺麗に成りましたけれど、とても恋愛の対象 とは思えません」 美しい愛人を目の前にして、まさか美弥子の子供に手を出す事は憚られるので 、信雄は咄嗟に否定的な台詞を口にした。 「あら? どうして? 朋子はお好みに合わないかしら? 私と違って色白だ し、可愛いと思わない? 思いきって肌を露出させて恋しい殿方に見せつけ るなんて、笑っちゃうくらいに健気なものよ。何といってもピチピチの現役 女高生じゃないの。それに… 」 思わせぶりなところで台詞を一旦は切った美女は、さも重大な秘密を打ち明け る素振りで、年下の若い牡の耳元に唇を寄せる。 「あの子、間違い無く処女よ。朋子の初めての男に成る絶好のチャンスなんだ から」 まるで、けしかける様な美弥子の態度に、若者は大いに面喰らう。 「あの… なんだか、勧められている様な気がするんでが? その、トモちゃ んとの事を」 「ええ、そうよ。好きな男に処女を捧げるのも乙女の幸せと言うものだわ。娘 の幸せを願うのが母親じゃないの。私は、適当に男に抱かれちゃったから、 あの子はせめて惚れた男に女にしてもらいたいと思うのよ。だから、しっか り頼んだわよ、ノブちゃん」 あの時は閨の戯事と信じて聞き流した美弥子の台詞が鮮明に頭の中に蘇り、信 雄は改めてしみじみと隣家の可愛い妹分の横顔を見つめる。確かに母親からし っかりと美貌は譲り受けている上に、昔の美弥子もこうだったのか? と思わ せる肌の白さが眩しい。綺麗にカールした睫は長く、薄いリップクリームで彩 られた桜色の唇と相まって清廉潔白な美を体現していた。 女として円熟の域に達した美弥子に比べて、脂が乗り切る直前の危うい色香を 身に纏う少女の、母親よりもシャープな頬から顎へのラインを眺めていると、 信雄の脳裏に再び美弥子の悪の誘惑の囁きが蘇る。 『今度、朋子が迫って来たら、かまわないから犯っちゃいなさいよ。私の娘な んだから、セックスが嫌いなハズは無いもの。なんてったって母親公認なん だから、あの子にも良い思いをさせてあげるのよ』 肌を交えた直後のけだるい雰囲気の中での冗談としか思えなかった美弥子の台 詞が、若者の頭の中で木霊した。色々な思いが錯綜いて、束の間、己の世界に 引きこもってしまった若者が、ふと我に返ると、朋子は刺す様な視線を向けて 唇を噛んでいる。その真剣な表情を見て信雄は悪い予感に苛まれる。 「センセイ、ママと寝ているでしょう! 」 単刀直入にして真向両断の指摘を喰らい、信雄は急には反応が出来ない。 「なっ… なんで、いきなり、その、そんな事を? 」 ひとくち含んでいたコーヒーを、咽を鳴らして苦労して飲み込んでから、よう やく若者はかつての教え子に向かって弱々しく抗弁する。本来であれば、なに 喰わぬ顔をして否定すれば良いのだが、なにしろ臑に大傷を持つ身であるから 、どうしても強気にしらを切り通す事は難しい。 「私、見たの! この前の水曜日よ。学校の科学の実験室でボヤ騒ぎはあって 、授業が短縮されたから、いつもよりも早く家に戻って来たの。知らなかっ たでしょう? 」 一昨々日の水曜日と聞いて、信雄は大きなショックを受けた。ちょうど夜勤明 けの美弥子が、この部屋に転がり込み昼間から濃密な情事を交わしたのは、朋 子が示した日に他成らない。事の発覚を覚悟した信雄に追い討ちを掛ける様に 、可愛い少女から厳しい台詞が投げかけられる。 「はやく学校が終わって、ラッキーと思って家に帰ってみても、ママはまだ戻 って来てなかったから、宿題に取りかかったのよ。そしたら、センセイの部 屋から、エッチな声が聞こえてくるじゃない! 吃驚したわよ」 「あっ… いや、その、あれは… 」 なんとか最悪の事態を免れ様と、色々と誤魔化す術を探す若者だが、目の前の 少女は追求の手を緩めない。
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