黒衣の美叔母 前編
その1

 

 

 

 

『爾時舎利弗 踊躍歓喜 即起合掌 瞻仰尊顔 而白仏言 今従世尊 聞此法

 音 心懐踊躍… 』

親族一同が集まった御堂では、初老の住職により厳かに教文が読み上げられて

いる。しかし、故人を忍ぶ49日の法要であっても、喪主を勤める牧子の美し

さは些かも霞む事は無い。

(喪服ってヤツは、妙に色っぽいんだよな… )

孝昌は9つ年上に成る若い叔母の着物姿を見て、心の中で呟いた。河野孝昌は

昨年成人式を終えた21才、ピカピカの大学1年生だ。年齢と学年の計算が合

わない理由は、彼が熱心に進学を希望したにも関わらず、都内の幾つもの最高

学府が、来んでもよろしい! と、2年も冷たい扱いで門前払いを喰らわせた

事にある。

別に国立大学を目指したわけでは無く、都下であっても都内であれば何でもO

Kとばかりに受験した孝昌が3浪阻止の切り札と頼り、かろうじて最後の砦と

定めた西隅田川学院大学へ滑り込めたのは、帝釈天の御加護か? それとも天

使の悪戯、はたまた神様の寛大なるお慈悲の結果であった。

なにしろ2年間の浪人の最中に、本来であれば大学に入学してから楽しむべき

幾つもの事柄に性急に手を染めてしまった脳天着な若者は、桜の季節は花見に

浮かれ、梅雨はインドアスポーツを楽しみ、夏は海でのサーフィン三昧、よう

やく秋口を迎えた辺から捩じり鉢巻きで机にかじり付く始末であり、世の中の

真面目に勉学に勤しんできた現役受験生や浪人生からは、彼の行所は絶対に白

い目で見られるに違い無い。

しかし、孝昌が若干真剣味に欠けたのにも、彼なりのわけはある。この地方の

資産家の家に4番目の子供として生まれた若者は、道楽者の父親の年が行って

からの3男であった為に、子供と言うよりも孫に近い溺愛を受けて育てられた

。豊富な財力を背景にして、怪し気な不動産ブローカーを職とする父親は、若

い頃には余り家庭をかえりみる事なく放蕩を繰り返し、影で涙していた母親を

見て育った長男は当然父親に反発、自力で国立の医大を卒業後に系列の大学病

院に研修医として勤めている。

また父を嫌う兄に強い影響を受けた次男は司法試験を突破して、こちらは弁護

士の地位を得て都内の大型法律事務所に所属していた。また、3番目に生まれ

た長女は豊かな音楽的才能を発揮してバイオリニストと成り、公演活動で忙し

い。彼女にバイオリンの手ほどきをした音大出身の母親は、今は自分の夢を実

現させつつある娘にしか目が行かず、押し掛けステージママとして長女のマネ

ージャーを買って出ていた。

母親がそんな案配だから、父も都内某所のマンションに囲った若い愛人の元に

入り浸りであり、孝昌もまた、予備校に通うのに便利だからと、父親が所有す

る都内の15階建てのマンションの最上階のペントハウスを借り切って、優雅

な浪人生ライフを2年間満喫した後に、なんとかこの春には晴れて大学生に成

っていた。

(苦労してせっかく入学した大学だからな、なにも4年で出る事は無いさ)

入学式どころか、その後に行われた講議の説明会すらもパスした若者は、道楽

仲間と連れ立って、入学祝いのスキューバーダイビング旅行に出かけてしまう

。さすがにハワイはちと不味いかな? と、遠慮してサイパンに出かけた若者

であったが、3男の篭絡を企む父親は笑いながらたっぷりと小遣いを弾んでく

れたものだ。

2浪の上で滑り込んだ大学なのに、向学心の欠片も持たぬ孝昌の胸の内を知れ

ば、普通の両親であれば慨嘆するところであるが、母親は長女の演奏旅行の付

き添いで忙しく、出来の悪い三男坊までは手が回らない。また、父親は若かり

し頃の乱行が過ぎた事から、長男と次男からは常に白い目で見られていて、と

ても稼業の不動産会社を継いでもらえそうにも無いので、孝昌を味方に取り込

む為に、彼の不真面目な生き方に意見するどころか、豊富な小遣いを与えて、

かえって享楽的な生活を煽っているフシも見られる。

若い頃に散々に妻を泣かせた報いとは言っても、彼を反面教師として育ち立派

に医師と成った長男や弁護士の次男から理詰めで過去を詰られる事は、父親に

とっては非常に辛い。だからこそ彼は、過去の自分に似て放蕩を好む三男を、

ことさらに可愛がっている。なにしろ大学に受かったお祝に、ねだられるまま

にBMWの新車を買い与える親馬鹿であるが、さすがに今日は実の弟の法要で

あり、黒の上下姿で神妙に項垂れていた。

父親の末の弟の雅俊は40才の若さで車の事故により他界したのだ。兄の経営

する不動産会社で肩書き上は専務だった雅俊は、おそらく会社に顔を出すのは

年頭の挨拶くらいなものであっただろう。画家を目指してフランスに留学した

経験を持つ叔父だが、残念ながら才能を世間に認められる事も無く、不慮の事

故により慌ただしくこの世を去っている。

生活の為に不動産会社の専務の肩書きを貰い、衣食住に不自由する事も無く芸

術三昧で生きてきた叔父だから、その生きざまに悔いはあるまい。ただ、数年

前に娶った牧子が若くして未亡人と成った事は、孝昌にとって非常に気掛かり

であった。おそらく繋がった血の成せる技であろうか? 叔父が初めて結婚相

手として牧子を親族に紹介した時に、孝昌は大きな衝撃を受けていた。

それまでは朧げながらに好みの女性を心中で思い描いて来た若者の前に、いき

なり理想的な風貌とプロポーションを持った女性が現れたのだ。まだ詰め襟姿

の高校生であった孝昌は、実の叔父に対して猛烈に嫉妬した自分を持て余して

、しばらくの間は狂ったようにナンパしまくり、手当たり次第に尻の軽い女を

ラブホテルに連れ込み、持てる欲情を自棄になって噴き出したものだ。

しかし、牧子から受けた衝撃は余りにも強く、つい勢いでベッドに引き込んだ

アバズレ女に彼女の面影を重ねてしまい、強烈な自己嫌悪に陥った事は、振り

返ってみれば苦い思い出に成っている。だが、流石に子供だった孝昌だから、

叔父から牧子を寝取る事などには考えも及ばず、親族が集まる席で陶然と成り

つつ彼女と会話するのがささやかな喜びに成っている。また、浪人して家を出

て一人暮らしを始めてからは、なにかと理由を付けては叔父の暮らす家に上が

り込み、歓迎してくれる牧子の手料理の御相伴にも与っていた。

正直に言えば気侭な芸術家気質の叔父は余り好きでは無かったのだが、そこに

牧子がいるならば、彼はニコニコしながら、叔父が繰り言にしていたパリ留学

時代の自慢話に耳を傾けるふりをしている。おそらく本業と思い込む画家とし

ての収入は限り無くゼロに近くても、若者の父親が経営する不動産会社に幽霊

役員として在籍していた叔父だから、こうして都内の住宅地に一戸建てを構え

て、その上に庭にアトリエまでも設えていられるのであろう。

『アイツは、昔オヤジが死んだ時に相続を放棄しやがったのさ。芸術に金は邪

 魔だって啖呵をきりやがった。まあ、あんな変人でも弟だから、まさか路頭

 に迷わせるワケにも行かんだろう? 』

孝昌の祖父が亡くなった時の裏話を聞いているから、彼は叔父が兄である父親

から優遇されても、ちっともおかしいとは思っていない。父もまた、この浮き

世離れした弟の事を、実は可愛がっていたのであろう。日頃は遊び人の様な風

体を好み、どこかだらしない笑みを浮かべていて、真面目な長男や次男から毛

嫌いされる父であるが、弟の四十九日法要の席では、目にうっすらと涙を浮か

べて手にした数珠を握り締めている。

(あんな叔父貴でも、やっぱり親父には大切な弟だったんだな… )

父親に反発して家に寄り付かぬ兄二人が、はたして自分が不慮の死を遂げた時

に涙してくれるかどうか? 孝昌は不意に不安に成る。父親の放蕩僻を継いで

いると見られた彼は、実は真面目な二人の兄とは折り合いが悪い。

 

 

 

 


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