その2

 

 

 

 

まったく価値観の違う兄弟であるが、なまじ血が繋がってしまっているから、か

えって始末が悪いのだ。父親の乱行の酷い時期を目の当たりにしている二人の兄

は、母親の事を思いやり結束も固い。二人から8年近く離れた生まれた孝昌にと

って、父親は外面を大切にする気の良いオヤジに過ぎない。それに、彼の前に生

まれた姉の長女が、幼い頃からバイオリンに親しみ、その才能が認められると、

もう母親の興味は完全に父から離れて、彼女にとって大切なのは娘の演奏活動に

成っていた。

もちろん、良識のある母親は、別に孝昌を蔑ろにする事もなく愛情を注いで育て

てくれたから、彼の方にも取り立てて不満は残ってはいない。しかし、毎晩の様

に夫の享楽三昧を詰り、夫婦喧嘩が絶えなかった中で育った二人の兄に比べて、

すでに夫に対する執着を綺麗さっぱり捨て去った母に育てられた孝昌なので、父

親への憤りも感じる事なく大きく成っていた。

しかも、二人の兄が成長するに連れて、露骨に父親に反発を繰り返す様に成った

事も手伝い、父は孝昌だけは味方に付けようと目論み、三男の放蕩を大めに見て

、ともすれば焚き付けてもいる始末だ。将来は自分が経営している不動産会社を

継がせる事を夢見てもいる父親のおかげで、彼は経済的に非常に恵まれた中で我

が世の春を謳歌している。

軽佻浮薄な父親がしんみりとお経に聞き入り、項垂れて目を閉じて小さく肩を震

わせる姿を見て、あまり叔父が好きでは無かった孝昌も、それなりに故人に向か

って手を合わせていた。読経が終わり住職が下がると、一同は墓参りの為に本堂

の裏手の墓地に向かう。喪主である叔母の牧子が位牌を、そして故人の兄である

孝昌の父が遺影、長男は霊前に捧げる花束、次男が手桶と柄杓、さらに煙たい思

いをしながら孝昌は線香ふた束を両手に持って、昨日降った雨のせいで、足元が

ぬかるむ墓地を静々と進んで行く。

親族だけの法要と決めていたが、父親の関係する仕事先の相手からも塔婆が多数

寄せられていて、そちらは不動産会社の総務課員が動員されて担いでいる。この

地方では有数の資産家だけのことはあり、墓の周りには6〜70人の親族や関係

者が取り巻いていた。

 

(しかし、やっぱり牧子は色気は絶品だよな。あのうなじと来たら、たまらんぜ)

墓の前では父親が亡き弟の思い出を語り、故人を忍ぶ中で、あまり叔父には良い

感情を持っていなかった孝昌は、位牌を胸にして寂し気に佇む喪服すがたの牧子

を見て、小さく何度も生唾を呑み込んでいた。法要が終わると一行は河野家の菩

提寺を、あらかじめ呼び寄せていたタクシーで離れて、父親が用意した精進落し

の宴席に出る為に近所のホテルに座を移す。

残念ながら、目当ての牧子は父や親族の長老連中が陣取る席に腰掛けていて、孝

昌は、少し離れたテーブルで二人の兄との会食と成った。そこには母親と長女の

席も用意はされていたのだが、長女の演奏会の関係で二人はやむなく欠席してい

る。

「それにしても、しょうがないお袋だな。如何にそりが合わなかったと言っても

 、オヤジの弟の四十九日法要くらいは都合を付ければよいのに」

兄弟だけの気安さから、弁護士を生業にする次男が砕けた口調で母親を詰る。彼

は隣に座った長男にビールを勧めた。

「おう、済まんな。まあ、そう言うなよ。オヤジと同様に、あの放蕩者の叔父も

 、お袋は毛嫌いしていたからな」

生来真面目な気質の母だから、夫とは違ったタイプでも義弟の生き様には好感を

持ってはいない。まあ、孝昌に言わせれば、カンの強い母親と芸術家気質の叔父

は、どっちもどっちとしか思えない。しかも、思春期には姉のバイオリンの才能

の開花に夢中に成っていた母親から、過剰な干渉を受けていない孝昌だから、母

にシンパシーを持つ二人の兄とは、やはり感じる所も違っている。

「ところで、タカマサ、大学合格、おめでとう」

次兄から注がれたビールを美味そうに飲み干してから、とって付けた様に長兄が

祝福の言葉を口にした。しかし、その目は、2年も浪人しておきながら、その程

度の大学にしか受からなかったのか? と、見下す光りが強く感じられる。学生

時代からまったく家庭を顧みずに母親を泣かせていた父を反面教師として勉学に

勤しんで来た兄だから、エリート街道を踏み外す事も無く今日に至っている。

国立大学で医学を学び、系列の病院で医師と成った兄に悪気は無いのであろうが

、エリートとして生きて来た事で自然に身に付いた他者を見おろす事に成れた傲

慢さが、ひねくれ者の三男を苛立たせている。

「そうは言っても、孝昌、これはゴールじゃ無くて、あくまで、ようやくスター

 トラインに付いただけだぞ。これからのお前の人生は、大学生活の4年間を如

 何に有意義に過ごすかで違って来る。たとえ、どんな大学であっても、それな

 りに色々なチャンスはあるものさ。だから、今後のお前の努力次第では、先行

 きが開ける事だって… 」

糞真面目な医者の長兄の結構な御意見を賜りうんざりする三男の前で、兄の言う

ことは尤もだと、次男の弁護士も頷いている。たとえこの先に何が起きても、絶

対に二人の朴念仁の兄等とは美味な杯を酌み交わす事はあるまいと思いつつ、孝

昌はひとりウーロン茶で咽の乾きを癒していた。

彼とて成人式を終えていて、別にアルコールを摂取する事はお構い無しであるの

だが、この先の展開を考えて目の前に置かれた冷えた麦酒の誘惑を懸命に堪えて

いる。やがて宴もたけなわと成った頃に、最初に彼等の席を立ったのは長兄だ。

すぐ隣のテーブルにいる父親に一瞬冷たい視線を浴びせた医者は、挨拶する事も

無く傲然と宴の席を後にした。

その後に、何故か長兄に対して奇妙なコンプレックスを持っている次兄も、ひと

くされ三男に父親や長兄の悪口を言ってから、こちらも父親を無視して帰路に付

いた。その頃に成ると、距離的に離れた場所で暮らす親族は父親や牧子に挨拶し

てから宴席を離れていて、残ったメンバーは田舎から出て来た泊まりがけでの法

要出席であり、しかもこのホテルが宿泊先と来ているから、時間を気にする事も

無く杯を重ねている様だ。

故人を忍ぶ宴も、いつしかただの宴会に変貌して行くタイミングを見計らい、孝

昌は思い描いていた計画を実行に移す。彼はひとりポツンと残された席を立つと

、そのまま父親が親戚の長老連中と陣取るテーブルに歩み寄る。赤ら顔で長老を

相手に、自分が過去にどれほどの仕事を成し遂げたかを些か誇張して語る父親の

後ろに回った三男は、ちらりと牧子の方を見てから親の肩を叩いた。

「なあ、オヤジ、そろそろ牧子さんを解放してやれよ」

田舎者の長老連中に対する自慢話で得意満面な父親は、三男に言われてようやく

この宴席が弟の追善供養の精進落しであった事を思い出す。孝昌の言葉を耳にし

て、酔っぱらった父親よりも先に喪服の美女が反応を示す。

「あっ… 孝昌さん、私ならば平気ですから… 」

「いや、牧子さんだって草臥れているハズさ。そろそろお暇しましょう」

疲れているのに気丈に微笑んで見せる牧子の色香に、若者は胸をときめかせる。

「おうおう、そうだ、その通りだ。牧子も疲れているだろう。ん? 孝昌? お

 前、酒を飲んではいないのか? 」

赤ら顔の父親は、同じように酒好きな癖に素面の三男を訝り見つめる。

「ああ、牧子さんを送って帰ろうと思っていたから、酒は一滴も飲んではいない

 よ」

「それならば好都合だ、牧子を家まで送ってやりなさい。儂はもう少し、ここで

 座を盛り上げる事にするからな。いいか、安全運転で帰るんだぞ。それにして

 も… 」

孝昌が離れた事により無人に成った隣のテーブルを見て、父親は大袈裟に顔を歪

める。

「三男のお前が、こんなに気配りを見せるのに、上の二人の不作法は何だ! ろ

 くすぽ挨拶もしないで、さっさと帰ってしまいおる。それに引き換え、お前は

 良い奴だよ、孝昌。それでこそ、俺が見込んだ跡取りだ。いいか、上の兄貴等

 に何の遠慮もいらん、お前こそが、俺の会社を引き継ぐんだからな」

自分の過去の乱行を棚に上げて、二人の反抗的な息子を罵る酔った父親に苦笑い

を浮かべる孝昌は、話が長くなるとかなわないので牧子を促して席を離れる。再

び長老を相手にして、過去の自分の業績の法螺話に取りかかった父親を残したま

まで、二人は喧噪渦巻く宴席から脱出した。

 

 

 

 

 


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