その4

 

 

 

 

「ところで… どう、大学生活の方は? もう慣れたかしら? 」

話の接ぎ穂を失っていた孝昌は、彼女の方から話題を変えてくれた事に内心で

安堵する。

「ええ、もうすっかりと慣れました。そう言えば、こんな事があったんですよ

 … 」

最初にしらけさせた座をなんとか盛り上げようとして、彼は新入生歓迎コンパ

で下戸の学生が繰り広げた醜態や、テレビでもお馴染みの有名な初老の客員教

授のロマンスグレーが、実はカツラである事、さらに、ひとりで7人分の声色

を屈指して、授業前の出席点呼を誤魔化した猛者の滑稽さを面白可笑しく語っ

て聞かせる。さすがに遊びには慣れた孝昌だから、一旦ペースを掴むと後は彼

の独壇場だ。最初は興味深く真剣な眼差しで甥の話に耳を傾けていた牧子も、

馬鹿な大学生が繰り広げる日常狂想曲を聞かされる内に、いつしか巧みな話に

引き込まれて、終いには声を上げて朗らかに笑い出してくれていた。

「あははははは… 可笑しいわ。でも、そんな風に笑えるのも、今年大学に受

 かったかあらよね。頑張ったわ、孝昌くんは… 」

「いえ、そんな… あの程度の大学ですから、2年も浪人して入っても自慢に

 も何にも成りはしませんよ」

ようやく日頃の屈託の無い叔母に戻ってくれた事から一安心した孝昌は、ちら

りと壁に時計に目をやった。

「ああ、もう、こんな時間なんですね。図々しく長々とお邪魔しちゃいました

 。ごめんなさい。そろそろお暇します」

玄関先で失礼などと言っておきながら、気が付けばもう一時間近くも彼は叔母

に家に長っ尻を決め込んでいる。嬉しい時間には羽があると言う格言を思い出

しつつ、彼はソファから立ち上がる。

「あっ… まって、孝昌くん」

見送りであれば御無用と断るつもりだった若者に向かって、彼女はソファの脇

に置かれていた真新しい黒のアタッシュケースを差し出して来た。

「何ですか? これ? 」

「主人の形見分けなの。あの人、孝昌くんが大学に受かったのをとても喜んで

 、次の休みにでもあなたを呼んで、これをプレゼントするつもりだったのよ

 。でも、あんな事になってしまって… 」

再び他界した叔父の事を思い出したのか、喪服の美女は目を潤ませた。

「ああ、ごめんなさいね… まだあの人が亡くなったのが信じられなくて…

 それで、この鞄は主人からだと思って受け取って欲しいのよ」

自称画家の亡き叔父が、何故こんなアタッシュケースを自分の残したのかはわ

からないが、形見分けの品と聞いては断る事も出来ない。訝し気な顔をしたま

まで、若者は喪服の美女から鞄を受け取る。

「はい、これが鍵よ、でもひとつお願いがあるの… 」

銀色の小さな鍵も一緒に手渡した牧子は、彼よりも頭一つ背の高い若者の目を

覗き込む様にして見つめる。

「カバンは自分の部屋に帰るまでは、絶対に鍵を開けないでね。それから、中

 身を確かめる時には、孝昌くんがひとりで開けて見てちょうだい。間違って

 も他の人と一緒には確認しないで。お願いよ、それを約束して欲しいの」

何やら曰く有り気な形見の鞄を手渡す牧子の切実な素振りに気押されて、黒の

アタッシュケースを受け取った若者は、思わず反射的に頷いて見せた。

「ええ、わかりました。そんな事ならば、お易い御用ですよ、牧子さん」

遅すぎた叔父からのプレゼントを手に下げた孝昌は、後ろ髪を引かれつつも、

この夜には紳士的にふるまい、そのまま美貌の叔母の家を後にした。

 

 

「ん… ん〜〜〜〜ん」

お昼近くまで惰眠を貪った若者は、ようやくベッドから離れると、一つ大き

く伸びをする。半開きのカーテンの隙間から差し込む日ざしのおかげで、明

け方まで降り続いた雨が上がってくれている事が分かる。幸いな事に周囲に

は余り背の高い建物が無かったので、15階建てのマンションの屋上に設え

られたペントハウスの窓から見下ろす景色は中々に気持ちが良い。

パジャマを脱ぎ捨てた孝昌は、生あくびを噛み殺しつつバスルームへと向か

う。履いていたトランクスを洗濯機に放り込んでから、若者は真っ昼間から

シャワーを浴びて、ここでようやくハッキリと目が覚めた。バスタオルで濡

れた髪をゴシゴシと拭きながらキッチンに現れた若者は、最初にコーヒーメ

ーカーのスイッチを入れる。

大学に進んでからは、毎晩の様に友人等と連れ立って居酒屋に出陣して深酒

を繰り返す様に成った孝昌であるから、いつも朝まで酒が抜け切れず、ここ

の所は朝食の代わりにコーヒーの飲むだけに成っている。西隅田川学院大学

は、その学業レベルのせいで、どちらかと言えば裕福で脳天着なボンクラ学

生が多く、彼にとっては非常に心地よい環境が整っている。

元々4年で大学を卒業する気は微塵も無い孝昌は、授業に出るのは月火水の

週3日と決めていて、しかも、その3日もかなり緩いスケジュールを組んで

いる。しかしながら、それすらも単位取得に必要と思われる最小限しか出席

する気が無いものだから、出来る限りサボる事を常といしていた。父親の思

惑から豊富に小遣いを与えられている若者は、コーヒーメーカーが湯気を立

てるのを待つ間に、着替えを探してベッドルームに引き返した。

 

「ん? ああ… これ」

昨晩は叔母に家に思わぬ長居をした事から、帰宅後にそのままベッドに直行

した孝昌は、亡き叔父の形見として手渡されたアタッシュケースを見つけて

怪訝な顔をする。芸術家を気取っていた叔父が、こんな鞄を持って歩いてい

る所などは見た事も無いし、だいたい黒のアタッシュケースは、どう見ても

新品同様だから故人の愛用品とも思え無い。彼は奇妙な違和感を抱えつつ、

自分の物に成った固い鞄を持ち上げた。

「あれ? 開かないぞ… あっ、そうか! 」

一旦は鞄をベッドの上に置いた若者は、リビングに戻りソファに投げ出した

ままのダークスーツを取り上げて内ポケットをまさぐった。

「おう、これこれ… 」

昨晩、牧子から手渡されていた鍵を見つけた若者は、もう一度ベッドルーム

に戻り、ようやくアタッシユケースを開く事に成功した。中には大判の封筒

が数点と、何枚かのディスクがケースに入っておさまっている。彼は一番上

に乗せられていた封筒を手に取り、中身を確認する。

「なっ… なんだよ、コレは… ははははははははは… 」

封筒の中に入っていた写真を取り出した若者は、思わず爆笑する。それは、

インターネットが充実した今日では珍しくもない猥雑なエロ写真だったのだ

。明らかに女性器のどアップが、これでもかとばかりに撮られ続けた写真を

形見代わりだと渡されたならば、孝昌で無くても苦笑を浮かべるであろう。

 

 

 

 

 


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