その4

 

 

 

「と、言うわけなんですよ」

小洒落たカフェテリアの一角で、佑二は声をひそめつつ悩みの概要を伝え終えた。

昼食時を少し外れた事から、お客の入りは3割程度であり彼等の周囲の席も空い

ている。少年の相談を聞き終えた美女は紅茶のカップを唇に寄せてヴィンテージ

・ダージリンの薫りを楽しみながらひと口含んだ。

「こまっているのかな〜? 佑二? 」

「ええ。大いに困っていますよ、舞子さん」

その台詞とは裏腹に余り困った様子を見せぬ少年を前にして、舞子は残念そうに

微笑んだ。

「うそ、困ってなんて、いないでしょう? 」

「そんな事はありませんよ、舞子さんの御協力を頂けないと、多少面倒な事にな

 りますからね」

ある程度の裏の事情を見通している佑二の顔を、彼女は軽く睨んだ。その整った

顔だちからは、従姉妹である美香の面影が伝わってくる。いまだ開花の途中で、

ともすれば危うくも妖しい魅力を見せる美香にくらべて、盛りを迎えた女子大生

の舞子は、道行く男達が振り返らずにはいられない大人の色香を手に入れている

。このカフェに入った瞬間から、否応無しに男性客の視線を集め注目される存在

となっていたので、佑二の相談事は必然的に小声だった。

「でも、いいのかなぁ? 美香の弱味って、アタシにとっても美味しいところじ

 ゃなくて? 」

「あなたは、そうは考えないですよね。だって、舞子さんにとって、とっても楽

 で、しかも美香に大きな恩を売れるチャンスが目の前に転がっているのですか

 ら… 」

成熟した色香を漂わせる美女を見つめながら、佑二は己の想像が正しかった事を

確信して不敵に微笑んだ。

「あ〜あ、面白くないなぁ、ホントにアンタって頭が良く回る子だわ。そうよ、

 恵里子はアタシのお手付きの子、いまでもたまに可愛がってあげているの」

「やっぱり、そうですか」

予想が当った事に満足しながら佑二は小さく安堵の溜息を漏らす。

「でも、なんで分かっちゃうのかなぁ? 」

舞子は不思議そうに従姉妹の恋人であり、自分にとっては愛人の少年を見つめた。

「どうしてって… 僕はまだ恵里子さんにお会いしたことはありませんが、美香

 の言葉ではけっこうな美人だそうですよね。そして、今回の件で恵美子さんは

 、僕と美香の関係を知り、想像力を膨らませて美香を脅して来ました」

物事が思い通りに進むであろう手応えを感じて、やや気持ちが落ち着いた少年は

冷めかけたコーヒーで乾いた咽を潤す。

「恵里子さんは、言うなればジョーカーを握った身なのに、切り札を最初から曝

 け出す過ちを犯していますよね。ストレートに美香に事実を語り脅しを仕掛け

 るなんで、愚の骨頂でしょう? 」

「そうね、これが佑二ならばジョーカーを握った暁には、かるく5〜6個はもっ

 と攻撃力があって陰険な作戦を思い付くでしょうからね。ええ、そう、恵里子

 は馬鹿よ」

忌々しそうに舞子が頷く。

「美香も認める綺麗な従姉妹でありプライドも高く、それでいて若干思慮の足り

 ないとくれば、舞子さんにとって「美味しい従姉妹」だと考えるのは当然です

 。そして教育実習をチャンスとして美香までも毒牙に掛けた舞子さんであれば

 、美香に比べて組み易いと思われる恵里子さんを放置しておくハズも無いと考

 えた次第です」

少年の思考の道筋を明かされた舞子は、やれやれと首を振り美貌を曇らせる。

「アナタがもう少し年上ならば、絶対に美香を蹴落として略奪してやるのに。ホ

 ント、残念よ」

「冗談としても光栄です、舞子さん」

元はガチガチのレズビアン至上主義だった舞子の褒め言葉に頬を緩めて、佑二は

カップの底に僅かに残っていたコーヒーを飲み干した。

「それじゃ、行きましょう」

有無も言わさずに伝票を手にとった舞子は微笑み立ち上がる。

「えっ? 行くって、何処へですか?」

「あら、佑二くん。まさか、あなたはこんなカフェで、可哀想な恵里子をあんな

 目やこんな目に合わせる相談をするつもり? 」

たしかに美香に敵意を抱く少女を堕とす相談をするのは、彼女が学ぶ大学にほど

近いカフェは不向きであろう。しかも、男性客の注目を一身に集める舞子の存在

感は抜群で、内緒話を行うには限界があった。勘定を持つ事を主張する少年を笑

顔でいなした美女はさっさと支払いを済ませると、恐縮する佑二を引き連れて付

近の立体駐車場へ向かった。

「これって、ポルシェですよね? 」

「そうよ、でも残念ながらワタシの車じゃないの。ほら、今、付き合っているI

 T会社の社長の御曹子が、いつでも使ってくれって鍵を渡してくれているのよ」

ハンドルの横にあるパドルシフトを軽快に操作しながら、舞子はポルシェを歓楽

街へと走らせた。しっかりとした目的地がある様子の舞子の運転なので、佑二は

余計な口を挟むことなくドイツ製の高性能のスポーツカーのナビシートの居心地

を楽しんだ。やがてポルシェはネオン溢れる歓楽街の端にある、なんの変哲も無

いビルの地下駐車場に滑り込んだ。車から降りた舞子は少年を促してエレベータ

ーホールに足を踏み入れた。

「あの、舞子さん、ここは? 」

「うふふ、すぐに分かるから、もう少し我慢してね」

彼等二人以外には、まったく人の気配の感じぬホールで合点の行かぬ表情を見せ

る少年を見て、舞子は淫蕩な笑みを浮かべていた。軽やかな到着音と共に、目の

前の扉が開いたから、年上の美女に促されるまま佑二は狭い昇降機の中へと乗り

込んだ。エレベーターは何処にも停まる事なく最上階へと駆け上がる。

 

扉が開くと、そこは何の変哲も無い雑居ビルのワンフロアの様相で、無人の受け

付けのカウンターの上には幾つかの会社名が無造作に張り付けられた内線電話器

がポツンと置かれているだけだ。しかし、舞子は人気のない受け付けカウンター

を無視して、右から3番目のドアを開けると、そのまま中へと消えてしまう。多

少は面喰らいながらも佑二は、置いて行かれれても困るから足早に彼女のあとを

追い掛ける。

 

 


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