その2

 

 

 

画面の中では男優が看護婦のコスプレをした佳子のスカートを捲り上げて、清純さ

を印象付ける為に彼女がはいている白いショーツを露にする。自分が純子の自由を

奪い去り、おなじ行為に及んでいる妄想を膨らませながら、良輝は画面に目が釘付

けだ。薄い布越しに肉の割れ目を擦り続けると、あふれだした愛液が徐々に滲みの

面積を広げて行く。

 

『はぁぁぁぁぁ… センセイ、佳子は、あっ… そんなにしたら… あひぃ… 』

画面の中で縄をうたれたAV女優が媚びる姿を純子にダブらせた若者は、画面を見

つめたままで己の一物を引っ張り出す。

 

「くぅ… 俺だって、純子の奴を縛り上げて、こうやってみたいものだぜ」

縛られたままで男優にショーツを逃がされる佳子を見つめながら、彼は思わず本音を

漏らす。あいてが生意気な才女ならば加虐心を十分に満足させてくれるだろう。しか

し、現実には良輝にそんな度胸は無い。絶対に実行不可能だと分かっているだけに、

彼の妄想はどんどんと暴走して行く。

 

「ちっ、ちくしょ〜〜〜 喰らえ純子! 」

画面の中で雰囲気のよく似たAV女優がイキ顔を見せた瞬間、良輝の独り遊びも終焉

を迎えて虚しく空砲が放たれた。

 

愛車の古いGBをガードレールの側に止めた良輝は、ビンテージ風のキャップ型のヘル

メットを脱ぎホルダーに繋いだ。長くバイクを離れる時には持ち歩くお気に入りのヘル

メットだが、目の前のレンタルビデオ屋に用事があるだけなので、こうしてバイクのく

くり付けておいても平気だとタカを括っていた。

 

「そろそろバイクじゃ厳しいよなぁ… そう言えば、そろそろシビックの車検だっけ」

もう6年落ちに成るが、昨年手に入れた中古のタイプRの事をふと思い出して、良輝は

ひとりでにやける。ホンダの気構えが感じられるボーイス・レーサーは彼のお気に入り

の逸品だ。父親が輸入外車のデューラーを手広く営む事から彼の家は裕福であり、おか

げで良輝もバイトで苦労する事も無く、学生の身分なのにバイクと車を所有していた。

 

ひとよりも速く走りたいとか格好良く乗りたいと思うのでは無く、バイクや車のエンジ

ンに関して興味を持っている良輝だから、車のボディは水垢などで汚していても、ボン

ネットの中はいつもピカピカな状態を保っている。日常の足に使っているバイクのクラ

ブマンも、何度もエンジンを降ろして整備を欠かす事は無い。十分に満足させてもらっ

たアダルトビデオを返却する為に、彼は愛用のバイクを駅前へと走らせていた。木枯ら

しが厳しい外から暖房の効いたレンタルビデオ屋の店内に入ると彼は幾分顔を伏せて、

足早に成人指定のコーナーに消えて行く。

 

「えっと… 今度は、どれにするかな? 」

さっそく新作コーナーを見渡すと、彼が最近御贔屓の山瀬佳子主演のSMモノが運良く

戻って来ている。

 

「しめた、先週は誰かに借りられていたんだよな。ラッキー、今日はツイているぜ」

もしも運命の神様がこの時に良輝の台詞を耳にしていれば、おそらく皮肉な微笑みを浮

かべて首を左右に振っていた事であろう。気の毒な事に良輝のささやかな幸運は風前の

灯火なのだ。ウキウキしながら中身を抜き取り、空のパッケージを棚の元の場所に戻し

てから、良輝は18禁のコーナーを後にする。カウンターに向かうまでの道すがら、リ

ックからこれまで借りていたAVを取り出した若者は、あまり店員を目を合わさぬ様に

俯いて足を進めて行く。

 

自分は成人式も終えた立派な大人なのだから、アダルトビデオを借りても何の問題も無

いのは分かっている。しかし、やはり欲情を満足させる為のスケベビデオを何の衒いも

無く堂々と借りる程には、彼の神経は図太くは無い。しかも、自分の趣味を満たす為に

SM関連のビデオばかりを借りていると成れば、なおさらに気恥ずかしい。公には語る

事の出来ぬ趣味を満足させる為の企画モノのDVDを借りる後ろめたさも手伝って、つ

ねに良輝は俯き加減で店のカウンターにやってくる。

 

しかし、この習慣が彼を奈落の底に突き落とす結果を齎した。無言のままでいつもの様

に先に借りていたビデオを店の袋ごと返した良輝は、次いで今日新たに借りたいSMモ

ノのビデオを差し出した。この瞬間が若者にとってはもっとも苦痛である。最近は少し

慣れて来てはいるが、やはりアルバイトと思われる若い店員にSMモノのDVDのソフ

トを差し出すのは恥ずかしい。だが、そんな生易しい躊躇いなどを吹き飛ばす事態が彼

に襲い掛かってきたのだ。

 

「ふ〜〜ん、こんな趣味があったんだね、サカモトは… 」

この場で聞くハズも無い声色が耳に飛び込んだ瞬間に、反射的に顔を上げた若者の目の

前で、彼の宿敵とも言える純子が人の悪そうな笑みを浮かべて仁王立ちしているのだ。

 

「えっと、『女看護士、濡れる縄責め』を返却ね。こちらは1週間レンタルだから、今

 日までが期限内の返却で延滞は無し。あんた丸々1週間もお世話になったのね、この

 DVDに… 」

なぜ彼女が、自分の地元の近くのレンタルビデオ屋のカウンターに陣取り受け付け業務

を行っているのか皆目見当もつかない良輝は、店のお仕着せの黄色くダサダサの前掛け

を身に付けた純子の揶揄に反応が出来ない。

 

(なっ… なぜ? なんで純子が… どうして純子が? 何故に純子が? 如何にして

 純子が? ここにいるんだぁぁぁぁぁ… )

頭の中の渦巻く疑念に捕われた若者に向かって、彼女の冷酷な言葉が続く。

「えっと、それで、今回借りるのが… あら、また同じ女優さんが主役なのね。『若妻

 の濡れた午後』。ふ〜ん、こちちもやっぱりSMなんだ… 縛りものが本当に好きな

 のね」

 

彼女は呆然と佇む友人を他所にテキパキと業務を続けて行く。

「それで? どうするの? 」

「えっ… どうって、なに? 」

唐突な純子の呼び掛けに、彼は間抜け面で応じる。

「だからぁ… 2泊3日のレンタルか? それともお得な1週間レンタルにするかよ?

 あなた、ここの常連なんだからレンタルのシステムは分かっているでしょう? 」

「あっ… あの、えっと、その… 」

余りに唐突な事態に狼狽するばかりの若者の反応に焦れて、冷ややかな目で見つめる純

子は自分で判断を下す。

「前に借りていた『女看護士、濡れる縄責め』も一週間だから、こっちの『若妻の濡れ

 た午後』も、返却は来週でいいわよね。ホイホイっと… 」

手際よく貸し出し手続きを済ませた純子は、店の袋にエロDVDのソフトをしまうと、

カウンターの上に乗せた。

「ほら、600円よ」

「えっ? 」

まだショックから立ち直れない良輝は、彼女が右手を差し出す意味が分からない。

「えっ? って、何よ? ビデオを借りたんだから、レンタル料金を支払うの。顔見知

 りだからと言って、アンタの借りたエッチなビデオの料金を私が肩代わりする義理は

 無いでしょう? 」

 

 

 


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