その2

 

 

 

 (だ〜めだ、スナックから後の事が、な〜〜んにも思い出せない。ただ、セッ

  クスした事は確かよね)

壁の時計を見れば時刻は既に正午を大きく回っている。日曜日だから会社へ出勤

する必要はないが、いつまでも正体の知れぬ男と添い寝を続けるわけにも行かぬ

ので、咲和子は静かに身を起こすと彼女に背を向けて白河夜船を楽しむ男の顔を

覗き込む。

 

「げっ! 加藤じゃん! 」

驚愕の余りに思わず部下の名を口走った美女は慌てて迂闊な唇を両手で塞ぐ。加

藤圭吾はたしか今年で26才で営業2課に所属する一番の下っ端だ。地方の名前

を聞いた事も無い私立大学を卒業した後に、叔父が会社の役員だった事から縁故

で採用されたボンボンは、ようやく最近営業部のメンバーとしての戦力に計算で

きる様に成って来ていた。

 

なにしろ役員の血縁な事から他の部門から敬遠された若者に対して、あくまで実

力主義を貫く咲和子は失敗に関しては容赦なく叱責罵倒を繰り返して鍛え上げて

来たのだ。人員削減の呷りを喰らい絶望的に人手が足りぬ営業部なのだから縁故

であろうが使えるように叩き直す咲和子の薫陶を受けて、ようやく青二才も厳し

い営業の現場でモノの役に立つようには成って来ていた。

 

(なんで加藤とベッドインしているのさ? アタシったら)

酒の力を借りて自我を放り出すにも程があると悔やみながら、咲和子は安らかな

寝息を立てる若い部下を睨んだ。もっとも、こうなった原因に心当たりが無いわ

けでは無いので、彼女も溜息を漏らすよりほかに手立てが無い。実は咲和子はバ

ツ1に成った後に、一時的な気の迷いから道成らぬ恋いに身を焦がす様に成って

いた。

 

夫と別れた直後になにくれとなく相談に乗ってくれたのが、同じフロアの隣のセ

クションにある営業1課の課長の倉橋だった。彼女よりも5つ年上で奥さんと4

才に成る娘さんを持つ中年男は咲和子が入社した当時には直接の上司だった事も

あり、営業の仕事のノウハウの多くは彼から学び取っていた。離婚直後の不安定

な状態だった咲和子を仕事の面でもフォローしてくれた倉橋と男と女の仲に成る

には、そうは時間も掛からなかった。

 

「君の辛い思いをしたのだね。実は俺も家庭に恵まれているとは言えないんだよ

 。浪費癖のなおらない自己中心的な妻との生活は味気なく疲れているんだ。も

 ちろん離婚を考えているが、娘の事を思うと… 妻と出会う前に君と知り合い

 たかった」

仕事の後に二人で呑みに行く事が増えて、やがて二人はラブホテルへと消える事

があたりまえに成っていた。逢瀬の度に倉橋は妻の行状を詰り罵倒して離婚を仄

めかし、咲和子に淡い希望を抱かせた。もしも倉橋が不満を持つ妻と別れてくれ

たらと、心の隙間を埋めてくれた不倫相手の言葉を信じて、彼の離婚を心待ちに

していた咲和子を打ちのめしたのは、彼と不仲なはずの妻との間に2人目の娘が

誕生した事実と、倉橋が定年間際までの長いローンを組んで家族の為に郊外に一

戸建てを新築した事だった。不倫相手の身勝手な行動を詰問する為に、彼女は倉

橋を退社後に二人のいきつけの店に呼び出した。

 

「女房はとにかく、やはり娘を捨てることは出来ない。だが、君とも別れたくは

 ないんだ。わかって欲しい、愛しているよ、だからこのままの関係で良いじゃ

 ないか」

手前勝手な倉橋の弁明の言葉は冷えた咲和子の心を微塵も揺るがせる事は無かっ

た。

「捨てても構わない奥様との間に2人目の子供を作ったの? 」

瞳に剣呑な光を宿した美女の詰問に、倉橋は苦笑いで応じた。

「男と女の仲は理屈じゃ割り切れない事もあるさ。君だって大人なんだから、そ

 れくらいは分かっているだろう? そんなに気にする事は無いさ、愛している

 のはキミだけだから、いまのままの… 」

そこまで聞いてから彼女はグラスを手にすると、氷の溶けた水割りを倉橋に浴び

せ掛けた。

「さよなら、あなたも最低だし、アタシも最低よ。これで終わりにしましょう。

 グズグズ言うならば、あなたの不倫を奥様や娘さんにバラすからね」

 

決別の台詞を投げ捨てた咲和子は踵を返すと、もう二度と足を運ぶ事は無いだろ

う馴染みのバーを後にした。店を出てタクシーを拾い乗り込むまで我慢した涙が

溢れて頬を濡らしたが、彼女は頭を垂れる事なく毅然と前を睨んだまま自分のマ

ンションへと戻っていた。

 

1ヶ月前のあの別離の夜以来、咲和子は不倫相手だった男を完全に無視して来た

。ようやく離婚の時に開いた心の大きな穴が埋まってきたと思ったら、また別の

大穴を作る行為に及んだ事を咲和子は後悔している。不倫相手に未練が無いわけ

では無い。だが、ここまで蔑ろにされて、それでも彼にしがみつき倉橋の家庭か

ら溢れた愛を恵んでもらうほどに咲和子は落ちぶれたくは無かった。

 

しかし、月に2〜3度は倉橋に抱かれて不倫相手のかいなの中で歓喜の声を漏ら

して来た女盛りの牝の性は主の身勝手を誹謗するように疼き、彼女は欲求不満を

持て余しながら困難な商談をまとめ上げる為に昨日まで奔走していたのだ。難し

かった契約を成就させた心の緩みに適量を遥かに超えたアルコールが加わり、咲

和子は二日酔いでの頭痛以上に頭の痛い問題を抱え込む羽目に陥った。

 

(マズイよねぇ、よりによって加藤と寝ちゃうなんて… 明日からどんな顔して

 、この未熟者を叱ればいいのよ)

多少は使える様になったと言っても、海千山千の商売相手との商談現場を男に負

けぬ勢いと根性で乗り切って来た咲和子にとって、この若者はまだ尻に卵の殻を

付けたヒヨコも同然で、まだまだ1つ誉める間に3〜4つは叱責しなければ成ら

ない未熟な部下なのだ。

 

(どうしようか? う〜ん)

女上司の困惑も知らずにスヤスヤと寝息を立てる若者を睨みつつ、咲和子は静か

にベッドを出た。案の定、3DK程度のマンションの至る所に脱ぎ散らかした服

を掻き集め手早く身支度を整える頃には、もう彼女のハラは決まっている。

(とりあえず、逃げよう、後の事は家でゆっくり考えよう)

一夜の逢瀬を楽しんだ若い部下をベッドに残し、ざっと洗面所で化粧を済ませた

咲和子はパンプスを突っ掛けると馴染みの無い部屋を後にした。

(あ〜あ、やっちまったよ、ど〜しよう)

土地カンの無い場所で苦労して大通りを探り当てて、ようやく流しのタクシーを

拾った美女は後部座席で背もたれに身を委ねて、この日、何度目か分からぬ大き

な溜息を漏らした。

 

 

 


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