(まさか、あのパンツが僕のところにあるなんて、どう考えても真弓子さんが気付く ハズは無いだろう) 実際にはあのショーツが本当に真弓子の物かどうかも定かではないが、飛んで来た優 美な洗濯物を私物化した後ろ暗い思いがあるだけに、事の露見の可能性が極めて低い と言っても少年の心には暗雲が漂い始める。しかし、だからと言ってお招きを断るに は、このチャンスは余りにも惜しい。数分間の心の葛藤の後に彼は覚悟を決めると、 一番のよそ行きのシャツの袖に手を通した。
ピンポ〜ン… 「は〜い、どうぞ、鍵は開いているわよ」 チャイムを鳴らした数秒後に、鈴を転がすような声で真弓子が応答してくれた。 (大丈夫だ、バレてない! バレてない! バレてない! ) ひとつ首を左右に振って意識から下着隠匿の事実を払い除け、少年は隣家の玄関のド アノブに手を差し伸べた。 「いらっしゃい、良文クン、さあ、入って」 ドアまで出迎えてくれた美女に誘われるまま、良文はリビングへと向かった。自分の 暮らす部屋とまったく同じ間取りなのに、華やかに装われた隣室の雰囲気に戸惑い、 少年はリビングの入り口で思わず立ち止まる。
「遠慮しないで、入って頂戴。さあ、ソファに腰掛けて。今、お茶を持ってくるわ」 「あの、どうぞ、お構いなく」 自分がちゃんと社交辞令を出来ているかどうか? 不安に成りながら少年は隣家のリ ビングに足を踏み入れる。自分の家とは大きく異なる弾力のある分厚い絨緞の感触に 驚きながら彼はソファの指示された場所に腰を落とした。壁紙こそ自分の家と同じ量 産品だが、見るからに高級感の溢れる重厚なカーテンや、実用性はまったく感じられ ない棚の上に乗せられた小振りのオブジェ類、そして最新型の液晶碓型テレビなどに 少年は圧倒されていた。
「おまたせ、紅茶、嫌いじゃなかったかしら?」 飾り皿の上に数種類のクッキーを重ねて、湯気の立ちのぼる紅茶と一緒にトレーに乗 せた真弓子がリビングに戻って来た。 「はい、紅茶も大好きです」 と、言っても日頃はもっぱら国産の安物のティーパックを愛飲する少年だから、フォ ートナム・アンド・メイスンのアールグレイが醸し出す芳醇で峻烈な香に圧倒されて しまう。 「クッキーも食べてね」 遠慮して中々手を出そうとしない少年の心を解きほぐすために柔らかな笑みを見せた 美貌の人妻は、白魚を思わせるたおやかな指で洋風なお菓子の乗った化粧皿を少年の 前に押し出した。
「あっ、ありがとうございます、いただきます」 憧れの美人妻の前に座り、二人きりの時間を持てたことに天にも昇る思いの少年は、 勧められるままにチョコチップ・クッキ−を口にする。彼がお菓子を摘んだことで安 心したのか? 真弓子も自分のカップを手に取り紅茶を唇に寄せて行く。優美な手付 きでアールグレィの芳香を楽しむ美人妻を見て、少年はこのチャンスを与えてくれた 神様に心の中で感謝した、もっとも彼が幸運の女神に感謝するのは、まだ早すぎたの だが…
暫くの間は取り留めの無い会話を交わした二人だが、真弓子が紅茶のおかわりを持っ てきてカップに再びアールグレイを満たした後に、遂に彼女は本題を持ち出した。 「ねえ、良文クン、学校は楽しいかしら? 」 「はい、まあまあ、それなりには楽しいですよ」 瞳に真剣な光りが宿った美人妻の問い掛けに、少年はドキドキしながら頷いた。 「本当ならば地元の公立の中学校に行きたかったんです。でも、成績がボチボチ良か ったので、小学校の先生の強い勧めに従って今の私立に中学から編入しました。た だ、小・中・高校の一貫教育の私立学校なもので、中学からの編入組は中々友達が 出来なくて、それが不満と言えば不満かな? 」 「へぇ、色々と大変なのね」
「小学校の時の担任の先生が、なんか凄く乗り気で猛烈に私立中学への編入をアピー ルしたものだから、ウチの両親もすっかりソノ気になっちゃって、とても友達と別 れるのが嫌だから地元の公立中学に行きたいとは言えない雰囲気でした。今思えば 、あの時にもう少し我侭を言って、地元の中学にしておけば良かったです」 残念な気持ちを思い出した少年はジレリの純白のカップを手に取り、入れ直してもら った紅茶を口に含む。
「でも、私にとっては良かったわ。うちの子と同じ私立学校に通ってくれているから 良文クンに相談出来るんだもの」 その言葉で良文はそれまでまったく失念していた隣家の美人妻の子供の事に、ようや く思い到る。梅島真弓子のひとり息子の一樹は、今年小学校の3年生のハズだ。多少 年が離れているから親しい友達付き合いはしていないが、小学生に成ってからこのマ ンションへと引っ越してきた良文とは異なり就学前からマンションに入居している一 樹は、彼の通う小・中・高校一貫教育が売り物の私学に小学生から進学を果たしてい た。余り付き合いは無いけれど、言うなれな梅島家の一樹少年は良文の学校の後輩に 当る。
(ああ、なるほど、招待してくれたのは、前にゲットしたパンツの事じゃなくて、一 樹くんについての何かの相談なんだな) 唯一の心配が払拭されたことから、良文の心は羽よりも軽く成る。 「一樹くんが、どうかしたのですか? 」 どちらかと言えば無口でとっ付き辛い印象の隣家のひとり息子の顔を思い浮かべなが ら、少年は気持ちを楽にして問いかける。一方、憂いが晴れた少年とは異なり、美貌 の人妻は眉を顰めて俯いた。
「こんな事を中等部にいる良文クンに相談するのは筋違いだとも思うけれど、他に誰 に頼っていいのかわからないのよ。話を聞いてくれるかしら? 」 憧れの美人妻に頼られるのであれば、例え火の中、水の中… と、までは言わないが 、真弓子の物と推測される黒の下着を着服した事実がある少年は、後ろめたさも手伝 い力強くうなずいた。 「なんでも話してみて下さい。僕に出来る事であれば出来るだけお力に成ります」 話題が黒の下着から完全に遠く離れた事から安堵の溜息を胸中で漏らしつつ、良文は 真摯な態度で美貌の若妻を見つめた。
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