天文部の夜 その1

 

 

 

「すみません前澤先生、急にこんな事になってしまいまして… 」

ほんとうに申し訳なさそうな顔で同僚の友田が頭を下げる。

「いいんですよ、こちらの事など気にしないで、奥様をしっかりとサポートしてあげ

 て下さいね」

生徒からは強面で恐れられている友田の照れた態度が可笑しくて、美和子は思わず微

笑んだ。冥王学園高校で英語の教師を務める前澤美和子は今年26才、ようやく学校

教師と言う仕事にも慣れて、来年からは1年生のクラスの担任教諭職を初めて任され

る事に成っていた。

 

彼女の奉職する学園では課外活動である運動部や文化部に対して、それぞれ顧問と副

顧問の教諭を配している。クラブ活動の監督と機能的な運営を生徒と相談しながら決

めて行くのが顧問の役割ならば、副顧問の仕事は顧問の手助けであり、何らかの理由

で顧問不在の場合には部活動での遠征に同伴するもの副顧問の役割のひとつだった。

 

学生時代の経験から運動部系の顧問は到底務まらぬと考えていた美和子は昔から星座

に興味をもっていた事もあり、何らかのクラブの副顧問を受け持つ事に成った時には

、深く考える事もなく文科系の天文観測部を選んでいた。しかし、彼女が思っていた

ほどには天文観測部の活動は楽では無かった。

 

学園の敷地に隣接している小さな山、といっても標高300メーター程度なので山と

言うよりは丘に近い代物なのだが、緑豊かな小山の山頂には冥王学園高校の天文部観

測専用のプレハブ部室が設けられ、極めて小規模ながら天文台の様相を呈しているの

だ。この小さな山の所有者が冥王学園の卒業生であり、しかも在学中に天文観測部に

所属していた縁から、ささやかながらも高校の部活動規模としては贅沢な望遠鏡まで

設置されており、天文観測部の活動は県下の高校でも屈指の成果を残していた。

 

しかしながら、その活動はもっぱら地味な天体観察であり、設備のワリに部の規模は

小さく現在では部員はたった5人で運営され、もしも1人でも欠けたら同好会へ格下

げの危機にもあった。だが、現在の5人の部員は部活動には極めて熱心であり、顧問

の友田教諭も学校の関係者に対しては少数精鋭だと言い張っている。熱心な部員達は

、この週末も流星群の観測の為に土曜の夜から日曜の朝まで部活動に取り組む予定で

あり、顧問の友田に加えて副顧問の前澤も同行して指導に当る手筈と成っていた。

 

しかし、前日になって友田が恥ずかしそうに美和子の元に歩み寄り、彼の妻の初産の

予定日が早まった為に今回の観測へ同行出来なくなったと頭を下げて来たのだ。

「あっ、でも、困りましたね、私、車の免許をもっていませんので、今回は観測小屋

 まで歩いて登らないといけなくなりましたわ」

 

山全体が私有地であるが、一応山頂のプレハブ小屋までは簡易鋪装の私道が通じてい

て、部員全員と顧問2名を加えても7人の小さな所帯だったから、いつもは顧問の友

田が学校からワンボックス・カーを借り出して、生徒や美和子をプレハブ天文台に連

れて行ってくれていた。

 

しかし、今回は顧問の友田が欠席と成ると、美和子は他の部員を引率して小一時間ほ

どかけて山頂の天文台に歩いて昇る必要がある。帰りは下りだから良いとしても、行

きだけでも誰か運転免許を持つ先生に送ってもらえないかと思案する美和子だが、そ

の心配は杞憂に終わる。

「あっ、大丈夫ですよ。私が欠席する代わりに下川先生にピンチヒッターをお願いし

 て快諾してもらいました。御存じですよね? 下川先生」

 

御存じどころか、体育教師の下川牧子は彼女が冥王学園に赴任した時に美和子の指導

を担当してくれた優しくも凛々しい先輩だった。

「実はマキちゃん… いや、下川と私は同期で、女房の事を話して頼んだら、お易い

 御用だと二つ返事で引き受けてくれたんです。彼女は免許を持っていますし、運転

 も私より慣れている様ですので、観測所への行き帰りの足は確保出来ました」

土壇場に近いキャンセルを申し訳なく思ったのであろう、友田は準備万端整えた上で

美和子に頭を下げていた。

 

「それに、下川ならば私なんかよりもずっと頼りに成りますよ。なにしろ剣道2段、

 合気道初段、おまけに酒飲み十五段と自称していますから、なにかの時にも安全な

 代役だと思います」

健康的で溌溂とした下川牧子の笑顔を思い出して、美和子は今回の天文観測が楽しい

イベントに成る予感に心を弾ませた。

 

「はい、わかりました。こちらの事は私と下川先生に任せて、友田先生は安心して奥

 様に付いていてあげて下さいね」

しきりに照れる先輩を他所に、美和子は週末を楽しみにしていた。実はこの秋の文化

祭の裏企画で冥王学園の女教師のミス&ミセス冥王コンテストが密やかに開催されて

いた。

 

ネットの掲示板の学校裏サイトの一角に設けられた投票場には、おもったよりも多数

の票が寄せられていたが、やはり何と言っても一位の座は美和子が確保した様だ、そ

して2位は僅差で下川牧子だったと噂で聞いた時に、まんざらでも無いと自惚れつつ

も美和子は、自分が1位だったのは既に牧子が既婚だからだろうと想像している。

 

彼女よりも3つ年上で一昨年に華飾の宴を済ませていた牧子は、同性である自分が見

てもうっとりしてしまう健康美にあふれた美しい体育教師であり、類い稀な運動能力

ばかりでは無く美和子と人気を二分するだけの事はある美貌を兼ね備えていた。この

裏企画のコンテストの噂も牧子から齎されていたが、彼女曰く「ミスとミセスを一緒

の土俵で戦わせるのは不公平だ! 運営者には再考と猛省を期待する」と、嘯くユー

モアも兼ね備えている。

 

牧子の憤りももっともで、自分の様な取り柄の無い運動音痴が1位にあるのはおかし

いと、謙虚な美和子が頷くと逆に牧子から励まされる始末だった。学園に奉職以来、

なにかと色々世話になって来た牧子が同行する事になった今回の観測活動は、欠席を

決めた友田には申し訳ないが彼女にとって大きな楽しみに成っていた。

 

 

 

 


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