巡った因果 第1話 その1

 

 

 

土曜日の深夜の住宅街は人通りもすっかりと途絶えているから、信也の漕ぐ自転車

のチェーンの音が妙に響いて彼の怯えを膨らませる。良からぬ企みを胸中に秘めて

、わざわざ大通りを避けるルートを選んでペダルを漕いでいる信也だから、ほんの

小さな物音にも神経質に成っていた。

 

様子を見る為にここ数日、やはり同じ様な時間帯に裏路地を自転車で徘徊してみた

が、幸いな事に派出所の警官のパトロールに出会す事は一度も無かった。それでも

今夜を本番と定めた少年は、必要以上に周囲に気配に敏感に成っている。沢崎信也

は17才、立派な未成年だから、もしも巡回中の警察官に出会したならば、問答の

結果如何では補導される事もありえるだろう。来週の火曜日に控えた追試を目の前

にして、ここで計画が頓挫するのは避けたい少年は、人気の無い住宅街の裏通りを

、弱々しい小型の懐中電灯の明かりを頼りにして風を切る。

 

(やばい、ここが最大の難関だ! )

目的地に到るには、どこをどう通っても一度は主要幹線道路である国道を渡る必要

があるから、少年は頭を捻った挙げ句に何度も下見を繰り返して、この交差点を選

んだのだ。裏路地にいったん自転車を止めて国道の様子を窺い、信号のタイミング

を見計らった信也は、歩行者用の信号が青に成ったのを見定めてから、脚に力を込

めてペダルを蹴っ飛ばす。

 

深夜と言うこともあり車の量は少ないが、それでも信号待ちで停車したタクシーや

トラックの前照灯に浮かび上がる自分の影すら脅えながら、信也は一気に横断歩道

を駆け抜けて、彼の漕ぐ自転車は再び裏路地に飛び込んだ。

 

(大丈夫だ! 落ち着け、誰にも見られていない)

街灯や行き交う車の照明から逃れた事に安堵して信也は大きく溜息を漏らすと、気

を取り直して目的地に向かって自転車を走らせた。もしも巡回中の警察官に見とが

められた時には、コンビニへ買い物に行くところだと言い逃れるつもりだったが、

もちろん警官に見つからずに目的の場所までたどり着ければ最高だから、信也は周

囲の気配を読みながら、夢中に成って両脚に力を込める。

 

(やった! ここまでは成功だ)

首尾よく目的地の学校に辿り着いた少年は、正門では無く校庭に面した裏門へと自

転車を走らせた。前もって下調べしていた通りに、彼は裏門の側のマンションに自

転車を乗り入れると、静まり返った居住者専用の駐輪場の片隅に愛用のマウンテン

バイクを立て掛けた。

 

もちろんこのマンションとは縁も所縁も無い少年だから、当然部外者の無断駐輪だ

が、この時の信也は遅くとも1時間以内には、この場に戻ってくる予定を立ててい

ので、咎められる心配はしていない。だが、世の中は実に思う様には行かないもの

だ… 

 

マンションから出る時にも、用心して顔だけ先に道路に突き出して左右を慎重に見

回した信也は、第三者がもしも見ていたならば絶対に怪しむ振るまいで駆け出すと

、裏門を閉ざしている鉄製の柵に飛びついた。ガタガタと耳障りな音が深夜の住宅

街に響くが、幸いな事に物音の理由を探る為にカーテンが開かれた窓はひとつも無

かった。

 

「やべぇ、こんなに音が響くとは、思わなかった。帰る時にはどうしょう? 」

鉄柵を乗り越えて校庭に飛び下りた少年は、思ったよりも大きい音を響かせた事に

驚き、慌てて校庭と道路を仕切る壁沿いに植えられていた銀杏の木の影に身を隠し

た。学校に常駐の警備員がいない事は分かっているし、季節によっては夜まで残業

する教員も多いので、契約している警備会社が設置した警報も、普段はセンサーが

切られている事も調べは付いていたが、それでも信也はドキドキしながら辺を見回

して、しばらくは銀杏の木の影から周囲の様子をうかがっていた。

 

(よし、大丈夫だ)

2分ほど夜の校庭の隅で片膝付いて辺りの様子を見た信也は、何ごとも無く淡々と

時が過ぎたことに安堵しながら、成れ親しんだ母校の建物に向かって身を屈めて歩

き出す。別に胸を張って歩いても大した違いは無かろうが、これから後ろめたい行

為に及ぶ事が少年を前屈みにさせていた。

 

本校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下の扉は慣例的に施錠がされない事を知っている少年

は苦もなく校舎の中に忍び込む。迂闊に懐中電灯を使うと、窓から漏れた光を外部

に見咎められる事を恐れた信也は、常夜灯の仄かな明かりに目が慣れるまで、その

場に蹲り同時に呼吸を整える。もしも、この時点で彼の深夜の校舎への侵入が露見

すれば、それだけで良くて停学、悪くすれば退学ものではあったが、止むぬ止まれ

ぬ事情から少年は悪行に及んでいた。

 

沢崎信也はこの学校の2年生なのだが、彼は最近人生最大のピンチに陥っていた。

誕生日のプレゼントに買い与えられたパソコンを操り、ネットゲームに夢中になっ

た信也は、学業も放り出して電脳世界での大冒険にのめり込んでしまったのだ。だ

から勉強の方が極めて疎かになり、成績は急降下の一途を辿った。

 

気が付けば期末テストの結果は赤点の嵐と成り当然両親は激怒した。基本的には息

子に甘い親だったから、なんとかパソコンを即座には取り上げられる最悪の事態こ

そ免れたものの、もしも追試に失敗したらネットゲームの全面的な禁止とパソコン

の封印を言い渡された信也は、大いに慌てふためいた。

 

このままでは愛用のパソコンの廃棄と言う最悪の事態も考えられたが、どんなに頑

張ってみても付け焼き刃の勉強で追試を全部クリア出来るとは思えない。切羽詰ま

った信也の頭に悪魔の誘惑の囁きが響いた。彼は生徒会の役員を務めていた事で、

一般の生徒よりも職員室に出入りする機会が多く、聞くとはなしに先生たちの雑談

が耳に入って来ていた。

 

それらの雑談の中では、テストに関する問題用紙は、中間、期末、そして追試分も

全部一緒に、職員室の奥にある鍵の掛かるロッカーに保管されている事が触れられ

ていた。そのロッカーの鍵を持っているのは各学年の学年主任と教頭、そして校長

であり、とくに校長はロッカー全部の鍵のマスターキーを持っているそうなのだ。

 

また、他に機会に職員室で生徒会の仕事をしている時には先生同士の会話から、マ

スターキーが校長の机の引き出しに無造作に放り込まれている事も分かった。以前

に生徒会の仕事の一環で皆勤賞の表賞についての確認を行なった際に、偶然無人の

校長室にひとり取り残された事が合った信也は、その時に好奇心に駆られて校長の

デスクの引き出しを開き、マスターキーの存在を確認した事があった。

 

まさか、あの時には自分がこうして夜の学校に忍び込む羽目に陥るとは思っていな

かったが、それらの良く無い知識を前もって仕入れていた事から、信也は今夜の悪

だくみに及んでいた。如何に勉強を疎かにして来ても、さすがに事前に追試の問題

が分かっていれば、ネットゲームに夢中に成っていた信也も、窮地を切り抜ける事

は出来るだろう。

 

学業の遅れを取りかえす為の勉強時間が圧倒的に不足してしまった少年は、思い余

って今夜の悪行に及んでいた。彼は駆け足で4階に上がると、まず無人の視聴覚室

に乗り込んだ。カーテンが降ろされて真っ暗な部屋の中を記憶を頼りに突っ切った

信也は、最初にカーテンを少しつまみ上げて外の様子をうかがう。

 

真夜中の学校に人の気配の無いのは当然だから、しんと静まり返った中で彼は、慎

重に音を立てぬように気を配りながらベランダに面した窓の鍵を外す。次いで大き

な窓を開けると、頬を涼しい風が撫でて吹き抜ける。人ひとりがようやく通れるス

ペースまで窓を開けた少年は、ベランダに出ると慎重に窓を閉めた。

 

 

 


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