その2

 

 

 

「よし、ここまでは上手く行っているな… 」

計画に寸分の狂いも生じていない事が信也を安心させている、だが、その安心もけ

して長くは続かない。ベランダと静かに歩み出した少年は角をまがったところで凍

り付いた。

 

「えっ… まさか… なんで? 」

先の方の窓から細く明かりが漏れているから信也は驚き途方に暮れた。

(うそだろう? もう夜中の2時過ぎなのに、校長先生が学校に残っているなんて

 、そんな… )

ベランダの突き当たりに面した校長室の窓にはカーテンが降りているが、その隙間

からは確かに室内の照明の光が漏れているのだ。あらかじめ、校長室の窓の一番右

側の鍵が不具合で、いつも施錠がなされていない事を知っていた信也は、マスター

キーを手に入れる為に、そこから侵入する事を決めていた。しかし、校長が部屋で

残業をしていれば、この目論みは御破算だ。

 

(でも、へんだよな。こんな時間まで校長が学校に残っているなんて、おかしいじ

 ゃんか! あっ… そうか、そうだよ! 多分、部屋の明かりを消し忘れて帰っ

 たんだ! うんうん、それしか理由は思い付かないもん)

こんな深夜に学校に校長先生が残っているハズの無いと言う思いに到った少年は、

それでもベランダに片膝付いて少しの間、耳をすませて辺の様子を窺う。

 

もしもの事を考えるならば、このまま回れ右をして学校から退散するのか好ましい

。でも、その選択を行なえば彼が追試の窮地から脱する事は不可能だ。こんな夜中

に校長が学校に残っている事は無いと判断した信也は、己の心の拠り所であるパソ

コンを親に放逐されない為に、多少の違和感には目を瞑って目的の部屋の前まで歩

み寄る。

 

(えっと、どれどれ? えっ! えぇぇぇぇぇぇぇぇ! )

カーテンの隙間から校長室を覗いた少年は驚きの余りに、その場で固まった。部屋

の中では校長先生とおぼしき人物が、なぜか全裸を曝したまま俯せに倒れているの

だ。床に転がった校長の顔はこちらを向いていたので、信也はモロに校長と目が合

ったが、学校の最高責任者の目は硝子玉の様に虚ろで、すくなくとも真夜中に部屋

に忍び込もうとした少年が見えている様には思えない。

 

しかも校長の顔はありえない程に土気色の上に床に触れている部分は頬も顳かみも

肌が濃い紫色に変色していた。だらしなく開いた口からは、だらりと舌が垂れてい

て、床には涎とおぼしき小さな水溜りさえ出来ている。ふと目を他に向けると、倒

れた校長の腰の辺にも黄色い水溜りがあるから、おそらく失禁したのであろう。

 

(えっと、あの鬱血って、たぶん死斑ってヤツだよね? )

科学捜査班の活躍を描いたアメリカで大人気のテレビドラマをこよなく愛する信也

は、倒れている校長先生の顔に浮き出た染みの正体を正確に洞察する。

(死斑が浮いて出たという事は、死後2〜3時間は経過しているんだよね。つ〜こ

 とは、間違い無く校長先生は死んでしまったらしい。でも、なんで学校で? し

 かも裸なの?)

カーテンの隙間か部屋を覗く少年は、校長の遺骸を目の前にして混乱する。

 

(いや、それよりも、これから、どうするかが問題だ! 死んでいるのは間違いな

 さそうだから、このまま、逃げ出した方がいいのかな? へんに部屋に入って机

 から鍵を盗み出す様な事をしたら、なんか、もっとヤバイ事に成りそうだもんね

 ぇ… )

よりによって、自分が追試の問題を盗み出す為に深夜に学校へ忍び込んだ日に、ま

さか校長室で、この部屋の持ち主が死骸を曝している事に成るとは、さすがに信也

は想像もしていなかった。

 

(うん、駄目だ、迂闊に部屋に入ったら、なにか、とんでも無い騒動に巻き込まれ

 てしまうかも知れない。それに、校長先生が深夜の校長室で全裸で死んでいたら

 、それだけできっと大騒ぎに成り、たぶん来週の追試も延期になるだろう。その

 延期の時間を生かして全力で勉強すれば、あるいはなんとか成るかも… )

窓の外で蹲り、そこまで考えた信也の耳にゴソゴソと言う物音が飛び込んで来たか

ら、彼は心の底から驚いた。

 

(いまの、何? 部屋の中に、だれか居るのかな? )

倒れている校長の亡骸に目を奪われていた少年は、再び立ち上がりカーテンの隙間

の狭い視野ながら部屋の中を覗き込む。

(あっ! 人だ… でも… なんだ? あれは? )

校長室に敷き詰められた分厚い絨緞の上に、全裸の女性が転がっていた。しかも、

肌の露な女性にはキッチリと縄打ちされているでは無いか。もう少し信也にSMの

知識があったならば、それは江戸時代に生意気な遊女を懲らしめる為に吉原の凶状

持ちの連中が好んで用いた「座禅転がし」と呼ばれた縛り技な事が分かったであろ

う。

 

胡座を組んだ姿勢で縄打ちされ、後ろ手に縛り上げられた全裸の美女は前のめりに

転がされていて、顔と両膝を床に付き、尻を高々と掲げる姿勢を強いられていた。

 

(うわ! なんだ? いったい、何が起きたんだ? )

骸を曝す校長とは異なり、縄打ちされた女性は息があるようだ。その証拠に、耳を

澄ませば微かだが、彼女が唸る声も窓越しに聞こえて来るし、雁字搦めに縛られて

いながらも、裸身が微妙に蠢いていた。ここで信也は腕を組み眉を顰めて考え込む。

 

(このまま逃げてしまえば、多分僕の不法侵入はバレないよね。でも、今日は土曜

 日で明日の日曜も学校は休みだから、ヘタをすると、あの女の人は月曜日まで、

 あのままに成ってしまう。あんな風に縄で縛られていると、なにかの拍子に首が

 絞まれば命に関わるだろう)

しらばっくれて逃げてしまえば己の保身は図れるが、部屋の中の女性を見殺しにす

る事に成るかも知れないと思うと、信也は中々、その場を立ち去る事が出来なかっ

た。

 

(どうする? 俺、どうする? )

悩んでいる信也の耳に、微かに部屋の中から女性の呻く声が届いた。

「やっぱり、見捨てる事は出来ないよね」

少年は立ち上がると、厄介事に成るのを知りつつ、鍵の掛からぬ窓を開けて校長室

の中に脚を踏み入れた。最初に床に転がる校長の亡骸が目に付くが、なるべく元校

長を見ないように努めながら、彼は部屋の奥の応接セット付近に転がる全裸の美女

に歩み寄る。

 

尻を掲げて股を大きく開いた状態で固定されていた女性の股間は剥き出しに曝され

ていて、熟れて爛れた女陰からは呆れる程にたっぷりと粘液が滲み滴り落ちていた

。童貞の少年は余りにも刺激的な光景を目の当たりにして、思わず何度も生唾を呑

み込んだ。

 

「あの、大丈夫ですか、これから縄を切って助けます、だから、危ないので動かな

 いで下さい」

ポケットから取り出した十徳ナイフの刃を立てて、信也は苦労しながら彼女を戒め

ている縄を数カ所切断する。

「うわ! 井沢センセイ! 」

座禅転がしから開放された女性の顔を間近で見て、信也はまたまた驚いた。まさか

深夜の校長室で全裸で拘束されていたのが、自分達のクラスの担任の女教師だとは

思ってもいなかった。しかし、こうして間近で憔悴し切った美しい横顔を見つめれ

ば、それが信也にとって憧れの若い女教師である事は間違え様も無かった。

 

 

 


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