その13

 

 

 

「えへへ… これこれ、さあ、もう邪魔しないから、作業を続けてちょうだいね」

鍵を手にした美人教師は、倒れていて皮膚の変色が激しい校長の亡骸から目を背け

ながら部屋の奥のスチール製のロッカーに駆け寄って行く。

「あの、真弓さん、いったい、何をするつもりですか? 」

「私の事はいいから、君は自分の作業を続けなさい、信也くん」

ロッカーの前で振り向きウインクした美人女教師の言葉に釈然としないモノを感じ

たが、確かに時間が豊富にあるわけでも無いので、少年は再びパソコンの前に陣取

りモニターを睨む。

 

(本体の中には、それらしいフォルダは見当たらないなぁ… )

思い付く限りの文言を検索に掛けても芳しい応答が無かった事から、信也は外付け

のハードディスクに目をやった。

(ビンゴ! これだ! )

フォルダの名前は偽装されていたが、中の映像はまさしく生々しい男女の絡みだっ

たので、少年は次の段取りに移った。まず、ハードディスクのドライバーソフトを

持参したCDへとコピーすると、次に校長のパソコン中のドライバーソフトを削除

、そして電源を抜いてから外付けのハードディスクを回収して、持ち込んだディパ

ックの中に放り込む。ここまでの作業を終えた時に、女教師が両手に一杯の荷物を

抱えて戻って来た。

 

「なっ! なんですか? これ? 」

「えへへ、これは、全部、媚薬よ」

校長のデスクの上に煩雑に置かれた大量の薬剤のチューブや瓶、それに錠剤などを

見て真弓は淫蕩な笑みを浮かべた。

「あの変態野郎が私を自由にする為に、いつも持ち出すところを見ていたから間違

 いは無いわ。もう持ち主がいないのだから、これは形見わけって事で、頂戴して

 おくつもり」

女教師が学校に戻る事を強引に望んだ理由が分かり、信也は呆れ返った。

 

「それで、一緒に来るって言い張ったのですか? 」

「ええ、そうよ。酷い事を繰り返されて来たのだから、これくらいは当然の埋め合

 わせというものだわ」

権利の行使を確信している女教師と言い争うのも馬鹿らしいので、少年は持参した

ケースからCDを取り出すと、校長のパソコンのトレイに置いた。

 

「あら? なに、それ? 」

「俗に言うところのウイルスです」

キーボードを軽快に操りながら、信也が説明を続ける。

「本当ならば、物理的な破壊が一番確実なんですが、校長の遺体が転がっている部

 屋のコンピューターが破損していたら、事件性を疑われてしまいますよね。だか

 ら、外から見ても分からないように、中のデーターだけ破壊する為にウイルスを

 僕の家からもって来たんです」

所定の操作を終えた少年は、持つ主を亡くしたパソコンからCDを回収する。

 

「このウイルスは、通称チェルノブイリと呼ばれていたもののバージョンアップ版

 で、オリジナルはウインドウズの98やMeにしか反応しませんが、これはXp

 まで対応していて、次に誰かがこのパソコンを起動させた途端に発症してデータ

 ーを食い荒らす過激な代物なんですよ」

信也の説明に女教師は眉を顰めた。

 

「ねえ、信也くん、君ってハッカーなの? 」

「いいえ、違いますよ。この過激なウイルスは、ネットゲームの仲間から譲っても

 らった代物で、めったな事では使いません。ネットゲームのオフ会で知り合った

 人に、かなりオタクっぽいハッキングの名人がいて、たまたま僕は気に入っても

 らえたから、お土産にくれたんです。それよりも… 」

パソコンの処理を終えた信也は校長の椅子から立ち上がる。

 

「真弓さんのデーターは、外付けのハードディスクに隠されていましたが、これっ

てシステムてきには、かなり不安要素があるハードなんですよね」

「えっ、どう言うこと? 」

少年は女教師の問い掛けに答えながら、奥のスチール製のロッカーに歩み寄る。

「データーの保管に関して万全を期すならば、外付けハードディスクは脆弱すぎま

 す。僕ならば、更にバックアップデーターをDVDで残しておきますね」

さっきまで真弓が漁っていたロッカーを、あらためて少年が覗き込む。

 

「あっ、これかな? 」

教育関連のファイルホルダー混じって、背表紙に何も書かれていないファイルを引

き出した信也は、書類とは思えぬ重みに手応えを感じた。

「やっぱり、たぶん、これですね、でも、あれ? 」

少年は手にしたファイルの他に、同じ様に背表紙が無地なファイルを3つも見つけ

て首を傾げた。

 

「おかしいなぁ? これじゃDVDは少なくても100枚を軽く超える数量に成る」

真弓一人の痴態を記録するのは数が膨大な事に面喰らった少年が考え込んでいるの

を見て、女教師は薄笑みを浮かべて口を開く。

「いいのよ、それで正解だと思うわ。だから、そこのファイルホルダーは全部回収し

 て行きましょう」

納得は行かないが、いちいちこの場でDVDの中身を検証する時間も無いので、信也

はディパックにホルダーを次々としまい込む。

 

「ねえ、こっちも、お願い」

机の上にぶちまけられた媚薬も出来る限りはディパッグに入れて、入り切れなかった

分は真弓が持って来ていた紙袋まで使って、なんとか証拠の品プラス戦利品を手にし

た二人は短い校長室滞在を終えると一目散に逃げ出した。

 

 

 

 

 

「あ〜〜、もしも〜し、校長先生のイエのヒト? アタシさあ、昨日の夜、エンコーで

 校長センセイと犯ッたんだけれど〜、なんか、犯ってる最中にさ〜 コウチョウ、泡

 噴いて〜、マジ、ぶっ倒れちゃったんよ〜、なんか、キモかったから、そのまま放っ

 て逃げたけど、校長、平気だった? えっ? 帰ってないの? それってゲキやば、

 モロヤバい〜、ねえ、学校に行ってみなよ… うん、校長室! そうだよ校長センセ

 イに誘われて、学校の校長室でセックスしていたら、ブッ倒れたの。えっ? アタシ

 ? 誰って? あははははは… アンタ馬鹿? そんなの言っこ無いベ、んじゃ、バ

 イバイ」

学校からの脱出の途中に立ち寄ったコンビニの駐車場に愛車を停めた真弓は、前もって

少年が書いたメモに忠実に従い、亡くなった校長の家に公衆電話を使って連絡を済ませ

た。

 

「これで、良かったかなぁ? ちゃんと女子高生らしかった? 」

電話を終えて車に戻った2人だが、不安げな面持ちの女教師を落ち着かせる為に、信也

は彼女の問い掛けに力強く頷いた。

 

 

 


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