その14

 

 

 

「あとは校長先生の御家族が色々と考えるでしょう。正直に学校の校長室で裸で死

 んでいたと届けるか? それとも懇意の医者にお金を包んで、なんとか家まで運

 んで自宅での病死に見せ掛けるか? 今の電話は、その駄目押しに成ります。昨

 夜、先生の言った通り、まさか真夜中の学校で生徒を相手に援助交際の可能性が

 あるのに、この地方では名門で知られた校長の御家族が事を公にするとは思えま

 せん」

少年の説得力のある言葉に、真弓は思わず頬を緩める。

 

「そう… そうよね。大丈夫よね? 」

自分で言い出した事ながら、偽装工作に不備は無いかと、真弓は心細気な顔をする。

「ええ、それに、もしも御家族が正直に警察に報告しても、校長の死は間違い無く

 病死ですから、捜査本部が開設される様な事は無いでしょう。真弓さんとの関係

 が露見すれば、校長先生にとっても死活問題でしたので、お二人を結び付ける迂

 闊な証拠が残っているとも思えませんし。他の証拠類も全部破壊するか、回収済

 みですので心配ないと思います」

ようやく納得した女教師を見て、少年は内心で安堵の溜息を漏らした。

 

正直に言えば、あの現場に再び舞い戻り後処理をする行動は信也に強烈なプレッシ

ャーを与えていた。もしもひとりきりで校長室に戻っていたならば、あんなに落ち

着いて作業に取り組む事は無かっただろう。真弓が一緒だったからこそ、なんの遺

漏も無く目的を達成出来たと少年は胸を撫で下ろしていた。

「じゃ、先生、ここで別れましょう。ディパックはこのまま先生に預けてゆきます

 ので、中身を出して処分したら返して下さい。僕は昨日の夜から乗り捨てたまま

 の自転車を回収してから家に戻ります」

学校の側のマンションの駐輪場まで、歩いて10分程度だろうと見込んで少年は車

の助手席のドアノブに手を掛けた。

 

「ちょ、ちょっと、まって、ねえ、信也くん、携帯の番号を教えてよ」

「あっ、はい、わかりました」

通信機能のおかげで瞬時に違いの番号を交換してから、信也は自分の携帯をポケッ

トに押し込んだ。

「ありがとう、信也くん。君がいなかったら、どう成っていたか… 」

「いいえ、僕の方こそ… 」

名残りは惜しいが、それほど学校から離れていないコンビニの駐車場だから、ぐず

ぐずしていて誰か知り合いに見られると困るので、少年は踏ん切ると車のドアを開

けた。

「それじゃ、また… 」

女教師が運転席で頷いたのを見てから、信也は早足で駐車場から立ち去った。

 

 

 

 

何時にもまして気の思い週明けに成ったが、信也はサボルわけにも行かず学校へと

ペダルを漕いだ。しかし、生徒達の駐輪場の雰囲気はいつもの月曜日と何ら変わら

ず、恐れていた警察車両は何処にも見当たらず、現場確保の為の規制線を示す黄色

いテープが張り巡らされている事もなかった。

 

(ふ〜、どうやら、第一関門は突破かな? )

昨日肌を合わせたばかりの憧れの女教師を守る騎士気分で、幾つかの困難な作業を

成し終えていた信也は、平凡な日常生活が、こんなにもありがたいモノだと思い知

りつつ、他の生徒に混じって無表情で淡々と授業を受けて行った。真弓の目論みは

当っていたようで、おそらく校長の家族は色々不審に思いながらも、この悲劇の一

部を隠蔽する事にしたようだ。

 

もちろん校長の死は明らかに病死であり、少年達には何の疚しい事も無い。しかし

、その後に真弓を守る為と言っても、再度現場に戻り小細工を弄した事に変わりは

ないので、週明けの今日は些か学校の居心地が悪かった。翌日の火曜日の午後にな

って、ようやく職員室での会話を小耳に挟んだ者の報告により校長の病死が噂にな

ったが、他の大多数の男子生徒達と同様に信也も無関心を装い無視して見せていた。

 

本当は成り行きを根掘り葉掘り聞き出したいところだが、そこはグッと我慢して、

彼は知らんぷりを決め込んだ。もしも何か不都合があれば、真弓が連絡してくるだ

ろうと考えていたので、友人からの他愛も無いメールが届く度に信也はビク付き、

内容を確認しては安堵の溜息を静かに漏らしていた。噂によって彼の耳に届いた事

の顛末は校長は自宅で急死、死因は心筋梗塞、葬儀は◯◯斎場、生徒を代表して生

徒会会長と副会長が参列、と、言う代物だったから、信也は改めて真弓の読みの正

確さに舌を捲いた。

 

(どうやら、真弓先生の予想通りに事が運んだみたいだな。それなら、もう安心だ)

何ごとも無く事件が2人の敷いたレールの上を順調に進んで終決しそうな事から信

也は安堵する。しかも、どうやったのか分からないが、真弓は律儀に職員室から追

試問題を持ち出して彼に手渡してくれたので、自分のパソコンを取り上げられる危

機も何とか回避する事が出来た。だが、万事が丸く納まりつつあることで、これで

もう真弓との縁がきれる事を予想して、信也の気持ちは少し沈んでいた。

 

もちろん彼女の弱味に付け込んで関係を強いる事を可能であろうが、まだ純粋さを

捨て切れていない少年は、その考えを恥じて忘れる様に努めていた。だから、校長

と女教師の乱れた関係の証拠の品は全部真弓に手渡している。今にして思えば、今

後のオナニーのネタに、ひとつくらい失敬しておけば良かったと悔いていたが、そ

れを悪用して美貌の女教師を困らせるつもりは、少なくとも信也の方には微塵も無

かった。おそらく来るだろうと予想はしていた女教師の連絡を週末を控えた金曜日

の午後に受け取った信也は、携帯でメールを確認する。

 

『日曜日、1時、自宅マンションで待つ、M』

(マンションか、ひょっとすると、もう1度くらい、犯らせてもらえるかな? い

 や、馬鹿な事を期待するな! ディパックを返してもらいに行くだけだ)

それでも心の片隅に小さく熱い期待を持った少年は、電車とバスを乗り継いで真弓

のマンションに馳せ参じた。

 

ピンポ〜ン

「は〜い」

「あっ、あの… 」

インターホンで訪問を告げようとした矢先に、ガチャガチヤと施錠を解く音がして、

すぐにドアが開かれた。

「うわ! 」

「いらっしゃい、さあ、はやく入って」

驚き目を丸くする少年の腕を掴んだ真弓は、悪戯っ子の様な笑みを浮かべて恩人と成

った生徒を部屋の中に引っ張り込む。信也を驚かせたのは、彼女が扇情的な赤い下着

の上に、白く透けたネグリジェ姿で出迎えたからだ。目のやりばに困る出で立ちの女

教師は、嬉しそうに信也に抱き着き、そのまま強引に唇を奪って来た。最初は面喰ら

った少年だが、すぐに女教師の発情に引き摺られて、そのまま舌をからめる濃密なデ

ィープキスを玄関で堪能した。

 

 

 


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