その14

 

 

 

「ちょっと草臥れたかな? でも、よい経験に成った」

シャワーを浴びた直後のこともあり濡れた髪の毛から水滴が落ちて廊下に小さな水たま

りを作るが、純白のバスローブを羽織った正信は階段を降りて夕食を取った広間に向か

う。立て続けて二度の性行為は男に慣れているハズの若妻にとっても過酷だったのであ

ろうか? 二度目の悶絶に到った淑子は、そのまま深い眠りに陥ってしまった。

おいてきぼりを喰らった若者は尽きる事を知らぬ若い情念を鎮める為に、悶絶した若妻

の元を離れてシャワーを浴びるが、思いもよらぬ淫猥な経験は彼の欲情を掻き立ててい

て、熱いシャワーをもってしても、燃え上がった劣情の炎を勢いを衰えさせることは無

かった。

バスタオルで水滴を拭いながら、再びベッドに戻り、小さな寝息を漏らす美人妻の傍ら

に歩み寄り様子を窺ってみるが、目の下に薄らと隈を浮かべた若妻が近いうちに意識を

取り戻すようには見えなかった。しばし思案にくれた若者は、意を決するとバスタオル

をドレッサーの椅子の背に引っ掛けてからクロゼットに歩み寄り、中からおそらく洗濯

済みであろうバスローブを取り出す。

まだ濡れた髪の毛は乾いていないが、興奮から中途半端に醒めた若者は咽の渇きを覚え

て、何か飲み物を求めて美女が眠る部屋を後にしていた。

 

 

 

「あれ? 」

夕食の時に比べると、かなり照明が落とされた広間には先客がいたのだ。

「こんばんわ、新人さん、え〜と、お名前は… 」

「沢山正信です」

最前の夕餉の席では彼の斜右前に陣取っていた栗色の巻き毛が印象的だった美人妻は、

驚いたことに、だらしないバスローブ姿の正信とは異なり、こんな深夜に近い時間にも

関わらず、ビシッとしたスーツ姿なのだ。

「私は吉岡沙苗です、どうぞ、よろしく」

片手でシャンパンのグラスを摘んで所在なさげにカウンターのスツールに腰掛けていた

若妻は、興味深々と言った面持ちで正信を見つめた。

「それで、こんな時間にお一人で、どうかなされたの? 」

よく見れば身なりだけでは無く、化粧までもバッチリと整えた美女の問いかけに、若者

は真実を包み無く伝えた。

「と、言うわけで、悶々としてしまったから、咽の渇きを癒すために、こうして降りて

 来たのですよ」

「まあ、お盛んね」

飲みかけのグラスを脇に置いた美女はスツールから離れると、そのままカウンターの裏

に回り込み、備え付けの大きな冷蔵庫の扉を開いた。

 

「ねえ、ビールでいいかしら? 」

「あっ、その、おかまいなく、自分で出来ますから」

前もって主催者から、この場の飲み食いは自由と聞かされていた正信は、先輩会員であ

る美人妻の心使いに少し慌てた。本当は、なぜ彼女もこんな時間にひとりで広間に佇ん

でいるのか聞いてみたいところだが、何となく話の接ぎ穂を見つけられない正信は、黙

って美女が彼の為にグラスに冷えた麦酒を注いでくれるのを眺めていた。

「はい、おまたせ」

「ありがとうございます、吉岡さん」

カウンターに置かれたビールの誘惑に耐えかねて、彼はペコリと頭を下げたあとで手を

延ばすと、そのまま一気に飲み干してしまう。

「はい、おかわりね」

「どうも、すみません」

深夜の事だから手酌覚悟で広間に降りてきたが、こうして美貌の若妻のお酌してもらう

幸運を心から喜びながら、正信は再びグラスを口元に運ぶ。

「ふ〜〜〜、生き返りました。ありがとう、吉岡さん」

「沙苗でいいわよ、マサノブさん」

今はベッドで白河夜船を決め込む淑子と同様に、目の前の美貌の若妻も名前で呼ばれる

事を望んだ。

 

「わかりました、沙苗さん。でも、沙苗さんこそ、どうしてこんな時間におひとりで過

 ごしているのですか? 」

二杯目のビールも早々と飲み干してから、我慢し切れなくなって正信は問いかけた。

「私の今夜の御相手の男性は、その… 余り強い方じゃ無くて… 」

照明が控えめだから、彼女の顔色までは読み切れないが、おそらく羞恥で頬を染めてい

るであろう若妻は俯いてしまい、台詞の最後は中途半端で途切れた。

「あはは、それじゃ、俺と同じですね、お互い相手がダウンじゃ、困ってしまいますよ」

「まあ、マサノブさんたら、うふふ… 」

若者のくだけた笑いに引き込まれて、沙苗も右手で口元を隠しつつ朗らかに微笑んでく

れた。その何気ない仕種に強烈に女を感じた若者は、不意に真顔になって美しい若妻を

見つめる。

「お互いに、相棒にすっぽかされた者同士、これから仲良くしませんか」

「えっ、でも、マサノブさんは、もう今夜、淑子さんと… 」

意外な申し出だったのであろうか? 沙苗は目を丸くして若者を見返す。

 

「たしか、一晩に相手はひとりに限ると言ったルールはありませんよね。もう、ひとり

 と寝た奴には食指が動かないとおっしゃるなら、残念ですが諦めます。でも、夜はま

 だ長いですよ、だから御相手をおねがいします、沙苗さん」

淑子を悶絶に追いやったことで自信を深めた若者は、目の前で困ったような顔を見せる

美貌の若妻を懸命に掻き口説いた。調子に乗った若者は真面目な態度で沙苗を見つめ続

けた。

「そうね、お互いに、このままでは寂しいパーティになってしまいそうだもの。いいわ

 よ、もっと楽しみましょう」

若妻の同意を得た正信だが、ここで肝心な事に思い当たる。

「あっ、でも、困りました。お互いの部屋では、それぞれのパートナーが眠り込んでい

 ますよね」

「大丈夫よ、こんな事もあろうかと、主催者の緒方さんは予備に幾つも部屋を用意して

 くれているの」

ダイニング・バーのカウンターを離れた沙苗は、部屋の奥に足を進めて壁際の飾り戸棚の

引き出しを開いた。

「エキストラ・ルームは、まだ全部空いているみたいね」

引き出しの中から、ナンバリングの表示されたキーホルダー付きの鍵を持ち出した沙苗は

期待に瞳を輝かせている。

 

 

 

 

 


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