その21

 

 

 

「ああ、そうでした! あの西島景子さんですか? 」

「うん、アマチュアながら国内のプロ相手に連戦連勝を飾った天才女子テニスプレー

 ヤーとして、一時はマスコミも注目した景子さんだが、立て続けに左右の脚のアキ

 レス腱の断絶と言う大怪我を負ったせいで、若くして競技生活を終えてしまったの

 さ」

「そうなんですか、御気の毒に… 」

颯爽と出て行ってしまった長身の元テニスの女王の面影を追い求めて、正信は広間の

出入り口に目を向ける。

「引退後、すぐに御両親の勧めで見合いの相手と結婚した彼女は、今では楽しむ程度

 ならばテニスも出来るほど回復はしたそうなのだが、怪我さえ無ければ世界も狙え

 た超一流のテニスプレーヤーだった頃のプライドを、今でも彼女は持て余し気味と

 言った所かな?」

緒方は窓辺の椅子から立ち上がると、真正面から正信を見つめる。

「せっかくお近づきに成ったのだから、気まぐれな元天才テニスプレーヤーの相手を

 頼むよ」

相手の身分が分かった今、とんでもないと思って正信は首を横に振る。

「冗談じゃありません、俺、いや、自分は大学で、その… 女の子にモテたいからテ

 ニスのサークルに入った不埒者なんです。とても世界レベルのプレーヤーと打ち合

 うなんて、無理な相談です」

事実、高校時代にはサッカー部に所属して、国立競技所のピッチに立つことだけを夢

に見て来た若者は、大学受験を機会に自分の蹴球の才能に見切りを付けており、志望

の大学に入ってからは、その華やかな雰囲気に憧れて学部のテニスサークルに籍を置

いていた。伊達に高校生活3年間も、広いサッカーのグラウンドを駆け回っていたわ

けでは無く、基本体力は抜群だったことから、大学入学の後の始めたテニスもソコソ

コの腕前には成っていた。しかし、あくまで軟派な学生達が楽しく競うサークルの中

での話であり、本格的に、しかも世界すら念頭に置いて鍛えた景子を向うに回すこと

など、やはり正信には考えられない。

 

「まあ、そう言わないで、頼むよ。誰彼かまわず、あんな態度なものだから、景子さ

 ん、最近は特に孤立していて困るんだ」

新参者が会の主催者に頭を下げられると、なんとも断り辛い。

「あっ、それに、まさかテニスコートまである立派な別荘だとは思っていなかったか

 ら、自分はラケットもテニスウェアも持ってきていないのです。これではテニスは

 出来ません」

ようやく思い付いた言い訳を口にして、正信は不安げに初老の男を見つめた。しかし… 

「大丈夫だよ、ゲストの為に色々なサイズのテニスウェアやシューズも数多く取り揃

 えてあるし、ラケットならば20本近く所蔵しているんだ。さあ、こっちだよ… 」

せっかく思い付いた言い訳も軽く蹴散らされてしまい、退路を絶たれた若者は憂鬱な

面持ちで館の主人の後に続く。

 

 

 

「お待たせしました」

「遅い! なにを愚図愚図していたんだ? 」

嫌々付き合わされた上に、いきなり罵倒されれば、如何に温和な正信と言っても腹

が立つのは当然だ。しかし彼の静かな怒りは景子の最初のサーブで微塵に吹き飛ば

される。アンツーカーのコートでネットを挟んで長身の美女の対面に立ち心持ち膝

を折って構える正信は、緒方には謙遜して見せたものの僅か数年で大学のサークル

の中でも1、2を争う腕前と成っていたこともあり、多少の自信は持っていた。対

等とは言わないまでも、相手はアキレス腱の断絶する大怪我から完全には立ち直っ

ていないはずの元のアマチュアの女子チャンピオンなので、生意気な美女を瞠目さ

せるてやろうと、正信は気合いを込めて身構える。しかし、そんな若者の身の程知

らずの思い上がりは、景子の最初のサーブで瞬時に霧散した。

ヒュン!

景子がサーブの為にラケットを振り降ろした刹那、小さな風切り音と共に黄色い矢

が正信の傍らを飛び抜けた。

「えっ? 」

背後の金網に弾かれたテニスボールが、転々と彼の足元に転がり戻ってきた有り様

を見て、初めて正信は彼女の弾丸サーブに対して、まるで反応が出来なかった事を

思い知る。

(うっ、嘘だろう? )

彼が所属している大学のサークルには、高校時代にインターハイに出場した者もい

た。県大会でも上位入賞の常連だったと嘯く男子学生から初歩の手ほどきを受けた

正信は、2年後にはその生徒に並び、3年生になってからの手合わせでは3回に2

回は彼が勝る結果と成っている。

 

(だって… 大怪我したんだろう? それで引退したハズじゃ無いのか? )

打ち返すどころか、ろくに反応も出来ないスピードのサーブを初めて目の当たりに

して、正信は首筋に冷や汗を滴らせる。

「本当に初心者なんだな、せめて少しくらいは反応して欲しいものだ」

不様に佇む正信に冷やかな言葉を投げかけた元女子チャンピオンは、若者の驚きを

他所に2度目のサーブの構えに入る。圧倒的な実力の差を感じながらも、景子の小

馬鹿にした口調の反発した若者は、奥歯を噛み締めて次弾を待ち構えた。気持ち良

い音を響かせて、2つ目のサーブがコートに落ちる。最初のそれとは異なり、明ら

かに手加減したサーブだったから、半分は安堵、そして半分は激高しながら正信は

ボールに食らい付く。首尾良くサーブを返す事が出来れば、曲がりなりにも三年の

間、熱心にテニスに携わって来た若者は、なんとか格好を付けてラリーに持ち込む

ことは可能だった。

だが、余裕綽々で鋭く左右のコーナーを突く景子のショットに対して、必死の形相

の正信は体力勝負で懸命に駆け回り拾うのが精一杯なありさまだ。たまに、ほんの

少し余裕が生じて、必殺の念を込めて思いきりコーナーぎりぎりを狙ってスマッシ

ュを打ち込んでみるが、まるでそこを彼が狙うことを前もって分かっているかの様

に、先回りした景子は難無く若者の野心を挫き、あっさりとボールを打ち返して来

る。美しく華麗な長身の美人プレーヤーの変幻自在の手管に翻弄され、テニスコー

トを右に左にと振り回された正信は、やがて悔しいことに足が縺れて、ついにはコ

ートの上に大の字と成り果てた。

 

「ふん、へたくそめ、でも、まあ体力だけはあるみたいだな」

昼下がりの柔らかな陽射しの中で、額にほんのりと汗を光らせた景子は相変わらず

冷徹な態度で、コートにへたばった若者を見下ろす。

「壁打よりは、少しはマシだったから、一応は礼を言っておく」

ゼイゼイと息を荒げまま、ろくに返事も出来ない正信を無視して、ネットサイドの

椅子から持参していたスポーツタオルを取り上げた景子は、ヘロヘロにばてた若者

に冷たい視線をちらっと投げかけた後に、もう振り向くことも無くテニスコートを

後にした。

(くそ〜〜〜、でも、世界の壁は分厚いなぁ… )

テニスサークルで芽生えかけていた自信を根こそぎ刈取られた正信は、大の字に寝

転んだままで、ゆっくりと呼吸を整える。

 

 

 

 

 


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