「大丈夫? ショウちゃん? 」 ようやく息苦しさが和らいだ頃に、耳慣れた声がしたから正信はむくりと身を持ち 上げた。 「やあ、ミサ姉、大丈夫さ、こんなの高校時代のサッカー部のしごきに比べたら、 ぬるま湯みたいなものだからね。でも、どうしてここへ? 」 「お昼御飯を食べ終わったら、緒方さんがショウちゃんはここだって教えてくれた の」 持っきたスポーツドリンクを、年下の従兄弟に手渡しながら美紗子は微笑んだ。 「たぶん、ショウちゃんが、凄い女の人に虐められているだろうから、助けてあげ て下さいって… ねえ、ショウちゃん、そんなに上手な人なの? 長峰さん」 「ああ、半端じゃないね、あの人が真面目にやったら、おそらく1球もサーブを返 すことは出来ないだろう。怪我で引退したと言っても、流石は元アマチュアのチ ャンピオン様だ」 まだ多少、足にダルさは残っているが、呼吸の方は元に戻ったから虚勢を張った若 者は身軽に跳ね起きて見せて美しい従姉妹を安心させる。 「それにしても参ったよ、まさか、こんなところでテニスをすることになるとは」 「あら、ここは別荘なんだから、本来はテニスを楽しんだり散策したりするモノじ ゃないの? 」 そこまで話して、ようやく自分と同じ様に美しい従姉妹も、このスワップサークル の男性会員の誰かと一夜を共にした事に思い当たり、正信は複雑な思いに駆られた 。もともと、彼女には夫がいて、自分は美紗子の処女を奪った男だが、所詮、彼女 は従姉妹に過ぎないことは百も承知している。だが彼にとっては高校時代の先輩に あたる美紗子の夫では無く、他の見知らぬ男の腕に抱き寄せられて嬌声を漏らす美 しい愛人の姿を想像すると、身勝手ではあるが嫉妬の針がチクチクと胸を刺す。
「緒方さんも心配しているから、そろそろお屋敷に戻りましょう」 「ああ、そうだね、そうしよう。あっ、それからスポーツドリンクをありがとう。 おかげで生き返ったよ」 心の奥底で澱む身勝手な嫉妬の念を恥じて、正信は必要以上に快活に振舞った。そ んな年下の従兄弟の心情など知る由もない美紗子は、ただ女性にテニスでこてんぱ んに負けた正信が照れ隠しの為にはしゃいでいると思い、優しく微笑み彼の傍らに 歩み寄り、汗の浮き出たたくましい腕に自分の腕を絡めた。
「やあ、仲睦まじいことで、結構結構」 彼等の戻る姿を見つけたのか? わざわざバルコニーへと足を運び、緒方が愛想 よく出迎えてくれた。 「厄介ごとを頼んで、申し訳なかったね。どうだった元天才テニスプレーヤーの 腕前は?」 「あはは、分かってはいましたが、やっぱり完敗です。全然相手にしてもらえま せんでした。あんまり未熟まものだから景子さんにも呆れられてしまいました よ。大した役にもたてなかったから、たぶん御立腹じゃないかな? 」 傍らの美紗子の手前、あまり格好の良い話ではないが、ここで体面を取り繕って も意味は無いから正信は正直に惨敗を告げた。 「いやいや、そんな事は無いでしょう。先に戻って来た景子さんは、随分と機嫌 が良かったですよ。シャワーを浴びた後に昼食の為に広間に降りて来ましたが 、いつもならお一人で食事を済ませて、さっさと二階の自室に戻ってしまうの に、今日に限っては昼食の後にもしばらくは広間に残って他のメンバー達と珍 しく談笑していましたからね」 この会の主催者である緒方は、嬉しそうに声を弾ませる。 「彼女があんなに機嫌が良いのは何故だろうかと、旦那さんを初めとして他の男 性会員達もみんな訝っていました。これも正信くんのおかげです。本当にあり がとう」 「いえ、そんな事は… 」 あの冷然とした態度からは微塵も友好的な気配は無かったが、たとえ誤解にせよ 、少しでも緒方の役に立てたことが正信には嬉しかった。美紗子が他の女性の会 員に呼ばれて離れてゆくと、緒方は微笑みながら少し声を落として語りかけてく る。
「それにしても、やはり大したものだ。昨晩、2人の人妻を手玉に取った上に、 今日の昼には元天才プレーヤーとテニスを楽しめるとは… いやはや、若いと 言うのは素晴らしいな」 美紗子が離れたことから、ざっくばらんな口調に戻った緒方はいたって上機嫌だ った。 「でも、さすがに少し疲れました。ちょっと部屋でひと休みさせてもらいます」 「ああ、それがいい、今夜のお楽しみもあるからね。夕食までには、まだ時間も 残っているので、シャワーを浴びたら少し横になるといいだろう。心配しなく ても夕餉の席には、ちゃんと起こしてあげるから、それまではゆっくりと休み 鋭気を養いたまえ」 「ありがとうございます、それじゃ、お言葉に甘えて… 」 軽く一礼した後に、広間に美紗子を残して彼は階段を上り、あてがわれていた自 室に戻った。昨夜の淫行に続き、昼間のハードなテニスは流石に若者の体力を蝕 んでいたから、シャワーで汗と敗北感を綺麗さっぱりと流し終えた正和は、その ままベッドに倒れ込み、数秒のちには安らかな寝息をたてる始末だった。
「ショウちゃん、起きて、御飯よ、ねえ、ショウちゃんでば」 やや乱暴に背中を揺すられて、正信はようやく目を覚ます。 「あれ? ミサ姉? えっと、なんで? 」 寝ぼけた正信に向かって、年上の美しい従姉妹は着替えのシャツを放り投げる。 「ほら、もう皆さん、夕食の為に下に降りている頃よ。ぐずぐずしないで、さっ さと着替えなさい」 ようやく自分が、この年上の従姉妹に誘われてスワッピング・サークルの集いに 泊まり掛けで参加している事を思い出した正信は、彼女に急かされるまま着替え を済ませると、慌てて部屋を後にした。 「おくれて、申し訳ありません」 美紗子と正信が駆け付けた時には、もう他のメンバーは皆、夕食のテーブルに付 いていた。
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