「心配するなよ、俺もそこまでは鬼畜じゃないさ。なにも、お前に女房を差し出す 段取りまで整えろと言うつもりは無い」 彼の言葉にあからさまに安堵する和人の事を、義雄は面白そうに見つめた。 「お前、スワッピングって知っているか? 」 「夫婦交換の事ですよね、でも、ダメです、私の妻は、そんなものに興味をもって はいません。どんなに私が熱心に勧めても、あなたや、あなたの奥様とのスワッ ピングを認めてくれるとは… 」 そこまで和人が言い募ったところで、不遜にも義雄が手を上げて彼の言葉を遮った。 「そりゃあ、隣家の家族とのスワッピングじゃ、抵抗もあるだろうさ。そこで、モ ノ相談なんだが… 」 ここが正念場だと下っ腹に力を込めた義雄は、熱意を込めて説得に取りかかる。 「実は俺と女房は、趣味でスワッピングのサークルに所属している。メンバーは7 〜8組の夫婦だ。そこで、お前ら夫婦にも、そのサークルに加わってもらうのさ 。そうすれば、お前の奥さん… えっと、美紗子さんだっけ? その美紗子さん も抵抗なく話に乗れるってものだろう? 」 唐突な提案だから和人は目を丸くして驚く。 「金の事なら心配はいらない。このサークルは金持ちの爺さんの趣味で始まった会 なんだ。だから年会費も入会金も無し、経費は全部、そのスケベな爺さんが持っ てくれる。月に1〜2度、ここからならば車で2時間くらいの場所にある爺さん の別荘でスワッピングを楽しむサークルなんだよ」 この世の中に、そんなに浮き世離れしたサークルがあるとは俄には信じられぬ和人 は、返す言葉も無く黙り込む。
「ヤクザが絡んでいる様な危ないサークルじゃないぞ。それに、俺は2年ほど前か ら参加しているが、これまで1度も会費を請求されたことは無い。まあ、敢えて 出費を捜せば、高速道路の料金と、車のガソリン代くらいだ」 「そんな、美味しい話って、本当にあるものなのですか? 」 半信半疑ながら、勧誘話に乗って来た和人の態度に、義雄は満足げに頷く。 「ああ、ある、だから、お前が、この誘いに乗るなら、今晩、俺の部屋で俺の女房 を強姦したことは忘れてやるぞ。だが、もしも断ったら、その時は今夜の不始末 を、お前の女房や、お前の勤める会社にまでバラしてやる」 単なる脅しなのだが、追い詰められている和人は、妻に事実が露見するのを恐れて 震え上がった。 「でも、その… どうやって、妻にスワップ・サークルへの参加を承諾させましょ うか?普通に言っても聞いてはくれませんよ」
和人の台詞を盗聴器を使って駐車場の車で聞いていた正信は、おもわず振り返り後 部座席の美紗子の顔を見つめる。 「なによ? なにか、言いたいことはあるの? ねえ、ショウちゃん? 」 彼女からスワップ・サークルへの参加をねだられた過去を持つ若者は、ニャっと人 の悪そうな笑みを浮かべたから、背後から美人妻の脳天チョップを喰らう羽目に陥 った。
話は再び滝川家のリビングに戻る。 「な〜に、心配するな。不器用なお前に奥さんの説得が出来るなんて、ハナから期 待はしていない。説得の方はウチの女房にやらせるよ。お前はただ、美紗子さん の方から話が来るのを待っていればいい」 簡単に難儀な説得を請け負う義雄の顔を、和人はまじまじと見つめた。 (やばい、話をちょっと、急ぎ過ぎたか? それならば… ) ここまでは一方的に和人の不義を責めて言葉で鞭うって来た義雄は、頃合だと判断 して、とっておきの飴を持ち出す。 「さっき、スワップパーティのメンバーは7〜8組だって、言っただろう? うち の真弓子を筆頭に、どの夫婦の奥さんも20代で、しかも粒ぞろいの美人妻ばか りなのさ。誰ひとり、ハズレはいない。パーティでは美人妻たちと、取っ替え、 引っ替え楽しめるんだぜ」 彼の話で、ようやく和人は妻ばかりでは無く、自分も他の複数に人妻と新たに関係 を持てることに思いが及ぶ。些か強引な話の流れの末に沸いた不信感は、スワッピ ング・パーティの意味を理解したことで瞬時に霧散した。 (へっ! 堕ちたな。ちょろいモンだ) 緊張が瞬く間に解けて鼻の下を伸ばす和人を見て、義雄は作戦の成功を確信した。 それは、駐車場のワンボックス・カーで盗聴器の音声を聞きながら不測の事態に備 えていた正信や美紗子も同様だった。
『真弓子は、あれで結構機転が利く女だから、たぶん、お前の奥さんも上手く説得 するだろう』 『でも、本当に上手く行くでしょうか? 上手く説得してくれると良いのですが… 』 スピーカーから漏れる会話を聞いても、和人がすっかり乗り気なことは窺えた。 『まあ、お前はドンと構えて吉報を待てよ、万が一、ウチの奴が説得そしくじった ら、その時は、今夜の不始末はチャラにしてやるよ。それなら、お前も文句は無 いだろう? 』 『はあ… でも、その、なんとか真弓子さんには、ウチの妻への説得を頑張って欲 しいなぁ… 』 気持ちはすでに刺激的なスワッピング・パーティに飛んでいる夫の台詞を耳にして 、ワンボックスカーの後部座席に陣取った美紗子は腹を抱えて爆笑した。 「あははははは… まさか、こんなに上手く行くなんて、滝川さんの御夫婦、見事 な役者ぶりよね」 「うん、本当によかったよ」 謀略の成就に気をよくした正信も頷く。
「さあ、あとは明日、素知らぬ顔で同窓会旅行から帰ってきました〜、と言いなが ら家に戻って、そのあと2〜3日経ってから、和人さんに、スワッピング・パー ティのお誘いのことを切り出せば、それでOKよね? 」 悩みがひとつ解消したことから、美紗子の目に妖しい光が宿る。 「そうと決まれば、もうここには用はないわ。ねえ、ショウちゃん、前祝いを兼ね て、ラブホテルで楽しみましょう」 「そうくると思っていたよ、ミサ姉」 何ごともなければこれで散会と決めているから、正信は盗聴器のスイッチを切り助 手席のドアを開けて外に降り立つ。あらためて運転席に回った若者は、イグニッシ ョン・キーを捻りエンジンを指導させると、黒のアルファードを静かに発進させた。
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