その3

 

 

 

 

初恋の相手は父親だと公言して憚らなかった優香は、それらの誹謗中傷が理解出来ず

最初は面喰らい、次に大いに悩んだものだ。彼女にとっての父親は公明正大、温厚深

知、天地友愛、を気負いも無く貫く力強くも優しい存在であり、淑女としてのたしな

みや社会常識、それに人としての正しい心得などに関しては厳しい態度で教育を行う

が、その根底には深い愛情が感じられる事で、何か間違いをしでかした時に多少強い

口調で怒られても、素直に反省する事が出来ていた。

中学時代には友人達が自分の父親を悪し様に罵る場面に出会すと、彼女は自分の尊敬

する父までも愚弄された様な気がして、ややムキに成り反論していた事もある。だが

、ある級友が「そりゃあ、ユカのパパは間宮家の一番偉い人だもん、御立派よね。ウ

チのダメダメサラリーマンの駄目親父とは大違いだわ」

と、氏素性の差を持ち出されて以来、優香は反論を心の中に仕舞い込む様に成ってい

た。友人の逆説的な差別意識は悲しいが、自分の父親が他とは違い特別な存在なのか

も知れないと思った優香は、それ以降は級友達の親に対する悪口を、ある程度なら余

裕を持って聞き流せる様に成っていた。

(ふ〜ん、あなたのパパはそんなに駄目で卑屈で無能なの? でも、うちのお父さん

 は違うわ。ああ、あたしって幸せな娘なのね)

むしろ友人達が父親を罵る度に、優香は根拠の無い優越感に浸るように成っていた。

しかし、そんな気分の高揚もそんなに長くは続かない。無事に中学を卒業して高校に

進むめば、もう娘達の興味は完全に父親から離れてしまう。イケメンの同級生の男子

、あるいは大人の雰囲気がある様に見える先輩の男子生徒を眺めて、あれこれと姦し

く恋バナに興じる友人達の興奮が、またまた優香を悩ませた。

 

彼女から見れば同級生の男子など、多少面相が良くても幼稚すぎて論外、周囲の女生

徒が大人だと騒ぐ先輩男子だって、少し話せば餓鬼すぎて会話を続けるのが苦痛に思

える存在なのだ。高校生の愛娘を既に一人前の大人として扱い、隠し様も無い知性と

教養がにじみ出る父親との会話が楽しくて成らない優香は、徐々に軽薄な女友達の輪

から外れてしまう。

世間的に見ても美しい少女であろう優香に恋い焦がれて、言い寄って来る若者は少な

くは無かったが、聖人君子とまでは言わないものの、理想の男性像を具体化した父親

を男性の基準とした優香にとって、求愛を示す有象無象の連中はどれもお眼鏡に適う

事は無かった。学校の女生徒の人気ナンバー1のバスケット部の先輩からのデートの

誘いを、かなり邪険に断った辺から、さすがは間宮家の御令嬢だ、とんでもなく気位

が高い、と妙に誤解された優香は、それ以来、無意味な求愛が途絶えた事を喜ぶ始末

だった。

だが如何に優香であっても、高校を卒業する間際になっても、まだクラスメイトや男

子や他の男性に心が動かず、父親に恋い焦がれる自分が変だと言う自覚は持つ様に成

っていた。気持ちを切り替える為に、ようやく友人達の世話を受けて、何人かの男子

生徒や大学生の男性ともデートしてみたが、その内容はどれも大きく異なることは無

く優香は退屈するばかりで、よい雰囲気に流されて適当なイケメンと初めてキスをし

てみても心が微塵も動く事が無かった。

世話好きな友人に甘えて、短期間に何度も色々な異性とデートを重ねて見たが、この

男ならば身を預けても良いと言う巡り逢いは無く、しかも、定番的なデートをマニュ

アル通りに遂行する男達との空疎な付き合いの退屈さは、改めて優香に父親の良さを

再確認させるだけだった。余りにも近い所に、絶対に結ばれる事の無い理想の男性が

暮らしている事を思い知った優香は、重篤すぎるファザーコンプレックスを少しでも

解消する目的で、敢えて何不自由の無い実家を離れて東京の大学への進学を決めたの

だ。

彼女の決意の裏の意味が読めぬ礼子は反対したが、次女の人格を尊重してくれた父親

は、条件付きながらも優香の独立を許してくれた。社会勉強を目的とした家庭教師以

外のバイトは禁止、大学推奨の学生専用のマンションへの入居、長期休暇の際の帰郷

、この3点の条件付けを行った末に、父は次女の上京を容認してくれた。少し離れて

暮らせば自分の心境には変化があるだろうと期待を込めての独立だったが、こうして

夏休みを利用して戻って見れば、父に対する思慕の念は深まることがあっても、目減

りする気配はまったく無い。

むしろ中途半端に離れてしまったが故に、よけいに恋心が膨れ上がるのを強く感じた

優香は、気持ちの整理を付け難く悩みを深めていた。自分が父親以外の男の元に嫁ぎ

、夫の子供を身籠るなどとは考える事が出来ぬ優香の煩悶を、なぜか姉の礼子は見透

かした様に眺めていた。

 

(ふう〜、やっぱりお父様は素敵だ)

父親の夕食の膳に付き合い終えた優香は気持ちを昂らせたまま自室に戻り、久々に馴

染みのベッドに身を投げ出していた。彼女の不在の間にも、毎日通いのお手伝いさん

が換気と掃除を絶やさぬことから、部屋は優香が日常的に暮らしていた頃よりも、ず

っと整理整頓されている。ベッドに横に成り見慣れた天井を眺めていると、自分な実

家に戻って来たことを強く感じた優香は、枕を抱き締めて嬉しくてニヤけてしまう。

(今日から1月以上も、お父さんと同じ家で寝起きするんだ… )

一大決心を持って及んだひと暮らしであったが、肉親と離れて暮らす心細さは想像以

上に優香を悩ませたものだ。何度も泣いて実家にもどろうと考えたが、夏休みになれ

ば大手を振って帰れると自分を諌めて、ようやく今日まで持たせたことは絶対に姉に

悟られてはならない。

「ほら、ごらんなさい。だからユカちゃんにひとり暮らしなんて無理って言ったのに」

目を閉じればそこに礼子が微笑み愚かな妹をたしなめる光景が目に浮かぶ。子供の頃

から父親を巡る一番身近なライバルだった姉に、そんな弱味を見せて馬鹿にされるの

は悔しいから、優香は萎える心を奮い立たせて何とか今日まで頑張って意地を通して

来た。

優香がまだ幼稚園の頃には、母親を差置いて姉とどちらが大きく成ったらパパと結婚

するか、大げんかに成ったものだ。あの日以来、優香の潜在的なライバルは礼子に成

っていた。自分から見ても美人で物腰も柔らかく清楚な姉は競争相手としては手強す

ぎると痛感しているが、だからこそ絶対に負けたくは無い。父親に対する度を過ぎた

思慕の情と、姉に対する理不尽な反抗心を持て余しながら、それでも屋敷に嬉々とし

て舞い戻ってしまう自分が情けない優香は、乱れる心を持て余してベッドの上で煩悶

していた。

「あ〜あ、もう、いっその事、お姉ちゃんに泣いて詫びを入れて、こっちに戻って来

 ようかな? な〜〜んちゃって! 」

プライドに賭けても絶対に選ばぬ選択肢をわざと口に出して己の弱気を吹き飛ばした

優香は、前もって宅急便で送っておいた荷物の整理を行う為にベッドで身を起こす。

「あれ? 」

レポート提出に必要な書籍類を手にした彼女は、この時はじめて勉強机の上に置かれ

た1枚のB5の紙に気が付いた。

 

 

 

 

 


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