その2

 

 

 

 

「なによ? なんの用なの? 」

美樹子が振り返り、闖入者を睨み付ける。

「あん? なんだ? お前は? お前じゃ無くて、俺達は遠藤美樹子に用事がある

んだ。他の者は引っ込んでいろ! 」

目の前の遠藤美樹子の名乗った美女が、実は別人だと知らされて、智也は驚き目を

見張る。

(この人、遠藤さんじゃ無いのか? なら、なんで僕に偽名を名乗ったりしたのか

 な? )

「はん! お前の顔に付いている二つの眼は硝子玉か? この阿呆! 」

印象的な栗色の長い巻き毛に手を添えた美女は、次の瞬間、勢い良く髪の毛を外し

た。いきなり目の前にショートボブの黒髪の女性が現れたことで、智也は増々混乱

する。

「おっ、お前は、まさしく遠藤美樹子! でも、なんで、そんな変相を? はっ、

 そうか、さては今日の柔道部の襲撃を予想して、隠れる為の変相なんだな! は

 はははは… 無駄なことをする。お前のことはけして逃がさんぞ! 」

いや、そもそも逃げ隠れする為の変相ならば、襲撃者の挑発に乗ってカツラは取ら

ないだろうと言う突っ込みを賢明にも口の中に呑み込んだ智也の前で、本来の姿に

戻った美樹子は、それまでとは打って変わった冷淡な微笑みを浮かべた。

 

「お前ごとき、恐れると思うなよ。これは惚けっとした新入生を女の色気で騙す… 

 いや、あの、えっと… 新入生に親しみを持ってもらえるための装いだ! 」

疑いの眼差しを向ける智也に気付いた美女は、慌てて発言の軌道を修正する。

「まあ、いい。この間は、お前が女だと言うこともあり油断したが、今日はそうは

 行かないぞ。いざ尋常に勝負だ! 」

彼女よりも頭ひとつ背が高く肩幅も広い柔道部員は、鼻息も荒く美女に詰め寄る。

「別に勝負をするのか構わんが、負け犬相手の勝負はつまらん。一昨日きやがれよ」

「そう言うな、もしも、まあ、ありえんことだが、万が一、また俺が負けたら、こ

 の道場の使用権利を更に1日分、お前等に進上する。だが、俺が勝ったら、前回

 の賭け試合の前の状態に戻して、週に3日は、俺達、柔道部に道場を使わせろ。

 これならば、お前等にとっても悪い話ではあるまい」

鼻の穴を膨らませて顔を赤くしながら喚く柔道部員を、美樹子は冷やかに見る。

「て〜〜〜ことは、もしも、またまたアンタが負けたら、いよいよ柔道部は、放課

 後は週に1日しか、この道場を使えなくなるのよ。それでも良いのね? 」

「ああ、そんなことは絶対にありえないが、もしも俺が負けたら、その条件を呑む

 。そのかわり、勝ったら以前と同じく、週に3日の使用を認めてもらうからな」

マネージャーだとばかり思っていた美樹子が、こんな大きく野蛮な男を勝負すると

言うのだから智也の驚きは大きい。

「わかったわ。着替えて準備するから、ちょっとそこで待っていなさい」

呆然と立ちすくむ智也を残して、美樹子は道場の奥に足を向けて、突き当たりの小

部屋に通じる引き戸を開けると、中に姿を消してしまう。

 

 

「あの、余り冷たくないけれど、麦茶をどうぞ」

颯爽と立ち去った美女の後ろ姿に見蕩れていた智也は、不意に後ろから声を掛けら

れて仰天する。振り返れば、そこには麦茶の入ったプラスチックのコップを手にし

た、痩せた空手着の男がにこやかに立っていた。

「よろしくね、えっと、セグチくんだよね? ボクは経営学部2年生の吉野と言い

 ます」

「あっ、有り難うございます、僕は商学部1年の瀬口智也です」

畏れ多くも先輩から麦茶のコップを受け取りながら、智也が改めて自己紹介した。

「あの、先輩、これって、いったい、何がどうなっているんですか? 」

「ははは… 君もとんでもない場面に出会したね。いつもは、こんなに騒がしいこ

 とは無いんだよ」

ちらりと闖入者の群れを見た吉岡は、気弱そうな笑みを浮かべて囁く。

「実は、そう、2週間くらい前の事かな? うちの会長と、柔道部の主将が道場の

 使用権を賭けて異種格闘技戦を行なったのさ」

とんでもない台詞をサラっと語る吉岡の顔を、智也はまじまじと見つめてしまう。

「いっ… 異種格闘技戦って? 」

「柔道部の主将は投げても、絞めても、寝技もアリ、それに対して、ウチの会長の

 方は空手で勝負! 蹴る殴る、全部アリアリってルールで戦ったんだ。その賞品

 と言うか、何と言うか? それまでは空手同好会と柔道部は1日交代で道場を使

 っていたのだけれど、勝った方が週に4日使用の権利を持ち、負けた方は週に2

日しか道場を使えない、と言う決まりを作ったんだ」

とんでもない取り決めを知らされて智也は呆れた。

 

「もともと、ウチの会長が柔道部の連中を挑発した結果なんだけれども、もしもウ

 チが負けたら、一月の間、会長や他の空手部員の女の子たちが、柔道部の連中に

 練習後にマッサージするって言う事まで約束して、いざ勝負になったんだ」

流石に些か常識から外れた話だったから、吉野は人差し指で頭をポリポリと掻きな

がらバツが悪そうに目を伏せる。

「それで、その、この状況から察して、空手同好会の会長が勝ったのですよね」

「うん、開始! の掛け声から3秒後、油断してニヤついていた柔道部の主将の顳

 かみに、美樹子会長の上段回し蹴りが綺麗にヒットして、呆気無く向こうの主将

 は気絶したんだ。それからは、我々空手同好会が取り決めに従って、週に4日、

 この道場を使っているんだよ」

なるほど、そんな経緯があるならば、あんな具合に喧嘩腰で柔道部のメンバーが乗

り込んで来ても無体とは言い切れまい。ある程度、状況を呑み込んだ智也は呆れて

思わず溜息を漏らす。

「まあ、柔道部の連中が怒るのも、無理もないのさ。彼等は一昨年までは、この大

 学で道場を使う唯一のクラブだったから、当然、この道場は彼等が独占していた

 んだ。でも、去年、まだ新入生だった遠藤さんが同級生を掻き集めて、この空手

 の同好会を設立したのさ。正規の手続きに則り、道場の使用許可も取ったのだけ

 れど、いきなり新参者の空手同好会に、しかも当時の会員は全部新入生の団体に

 道場の使用権利の半分を持って行かれたら、そりゃあ、柔道部としても面白くは

 無いだろうね」

 

吉野の説明により、智也は空手同好会のメンバーが、自分以外は全員2年生に過ぎ

ないことを知らされた。

「あの、吉野先輩は、なんで空手同好会に入ったのですか? 」

その貧弱な躯から、どう考えても格闘技向きとは思えぬ1年先輩に向かって、智也

は疑問を投げかけた。

 

 

 

 

 


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