その3

 

 

 

 

「僕の彼女が遠藤さんの親友でね、彼女の頼まれて入ったんだよ。ほら、あそこで

 寝転んでいる蒲田くんも僕と同じで、彼も自分の彼女が遠藤くんに説得されて、

 護身術を身に付ける目的で同好会に入ったから、蒲田君も芋づる式に取り込まれ

 たってワケ」

自分と同じ境遇の同級生の事を眺めながら、吉野はひょいと肩を竦めて皮肉な笑み

を浮かべた。

「僕にしろ、蒲田くんにしろ、お互いの彼女のおつき合いで、この同好会に所属し

 ているので、事情を分かっている遠藤くんも無理は言わないんだ。その点、彼女

 に見込まれた君は、我が空手同好会のホープと言うわけだから、遠藤くんの君に

 対する期待は大きいと思うよ」

なんと言って入部を辞退すれば良いのかと頭を悩ませていた智也は、先輩の言葉に

愕然となった。

(まいったなぁ… この状況を上手く切り抜けるには、どうすれば良いんだ? )

同好会の雰囲気は悪く無い様だが自分が空手に向いているとは、どうしても思えな

い智也は困り果ててしまう。そんな新入生の悩みを他所に、空手着を身に付けた美

樹子が再び道場に姿を現す。

 

「待たせたわね、さあ、さっさとやりましょう」

「おお、望む所だ」

道場の入り口付近で屯していた柔道部員の中から、主将と思われる男が美樹子の言

葉に応じて立ち上がる。

「ルールは前回といっしょ、蹴る、突く、殴る、投げる、絞める、なんでもアリ。

 勝負はどちらかが戦闘不能になるか、あるいは負けを認めることで決着とする。

 異存は無いかしら、小台主将? 」

「おう、それでいい、こちらに何の異存もないぞ、遠藤美樹子! 」

前回の敗戦がよほど癪だったのか? 柔道部の主将の小台は目を血走らせて美樹子

を睨む。

「それじゃ、主審は空手同好会の吉野くん、副審は柔道部から出してちょうだい」

「わかった、おい、置田、お前が副審を務めろ」

主将に指名された猪首で丸坊主の部員は、小台に負けず劣らず厳しい顔で前に歩み

でる。それとは対照的に、吉野はと言えば、えっ? また自分なの? 嫌だなぁ…

と言った風情を隠す事無くうんざりとした顔を見せた。

「勝負は1本、恨みっこ無し! それじゃ、始めましょう! 」

「おっしゃ! 掛かって来い、遠藤美樹子! 」

女性としては比較的に長身である美樹子だが、彼女よりも小台は頭一つ分は大柄だ。

その小台が身を屈めて、顔の前に両手を持ち上げて警戒心を露にする姿を見ると、や

はり最初の戦いでの敗戦は、柔道部の部長を本気にさせるのは十分な衝撃があったの

であろう。少しばかり身を屈め過ぎのボクシングのファイテイングポーズを思わせる

姿勢のまま、小台はがに股でジリジリと美樹子との間合いを詰めて行く。

 

「ふっ、猪口才な! セイ! 」

前回は、この大柄な柔道部の部長の意識を綺麗さっぱりと刈取った上段回し蹴りだが

、今日は小台の腕によるブロックに阻まれて、呆気無く跳ね返された。

「ははははは… 同じ手は喰わん! 見たか、こうしてちゃんと防御すれば、女子供

 の蹴りなど、蚊がとまったほどにも効かんわ! ぬるいぬるい」

本当は激しい蹴りを受け止めた左腕には激痛が走り、痺れてしまっているのだが、戦

いの最中に敵に弱味を見せるのを嫌った柔道部の部長は痛みを隠して不敵な笑いを見

せた。

「ちい、ゴリラはゴリラなりに考えるか? それならば! 」

今度は一転して相手の左の脚の脹ら脛にローキックを放った美樹子は、次いで右のミ

ドルキックで小台の脇腹を狙った。

「ふっ… してやったり! その攻撃は予想済みだ! 」

脹ら脛を襲った鈍痛に耐え、次に放たれた右のミドルキックを脇腹に喰らいながらも

、ど根性で痛みを封じた小台は、蹴りを放った美樹子の脚を見事に脇の下で挟み捉ま

えた。

「組み付けば、こちらのものだ! 」

小台の必勝を予感した柔道部員達は、歓声を上げてどよめく。体格で勝る小台は、腕

力を生かして美樹子の事を押し倒した。

 

「我! 勝てり! この勝負はもらった〜〜〜〜〜! 」

あとはどうやって勝利を確定させようか迷った小台だが、組伏された美樹子には些か

も慌てる様子は見当たらない。そして… 

「きゃぁぁぁぁぁ、どこ触っているのよ、嫌らしい、この変態! 」

道場に絹を裂くような女性の悲鳴が響いた事から、反射的に小台の手から力が抜けた。

「はっ! しまった、ぐぅぅぅぅ… 」

勝負の最中だと言うのに、美樹子の悲鳴を聞かされた小台は、根が純情な柔道馬鹿な

こともあり、一瞬、躊躇って彼女を組み伏す腕の力を緩めてしまった。その瞬間を見

のがさず、彼の腕を撥ね除けた美樹子は、そのまま小台の右腕を掴むと、なんと上体

を機敏にうごかし必殺の三角絞めに持ち込んだのだ。太股の間に顔を挟まれ、その上

で右腕の肘の関節を逆方向にねじ曲げられては、如何に男の腕力をもってしても逆転

は不可能だ。脳まで走る激痛に耐えかねた小台が、おもわず首を絞める彼女の太股を

平手で2〜3度叩いたことで、異種格闘技の第2戦は終わりを告げた。

 

「タップあり! 柔道部主将の降参を認めます。勝者、うちの会長! 」

吉野の宣言を聞いて、ようやく美樹子は必殺の三角絞めを解く。

「みとめんぞ! 卑怯じゃないか! 」

副審を務めていた柔道部の置田が、顔を真っ赤にして抗議する。

「ウチの会長は、『どこ触っているのよ、嫌らしい、この変態!』と、罵っただけで、

 やめてくれとか、助けてとか、まいりましたとは言っていません。それなのに、腕

 の力を抜いたのは、明らかにそちらの部長の油断です」

吉野の言葉に鞭打たれて、小台は痛めた右腕の肘を摩りながらガックリと項垂れた。

「不覚! まさか、2度に渡って負けるとは… この小台順二、一生の不覚だ! 」

畳みの上にへたり込み嘆く大男と、その脇で優雅に微笑む美樹子を見比べて、智也は

呆れ果てた。

(きっ、きたね〜〜〜〜〜)

男であれば、誰だって、あの状況で戦いを続けることは難しい。それを百も承知した

上で、あんな声を張り上げたのならば美樹子の作戦勝ちではあるが、余りにも相手が

気の毒だから、智也は柔道部の主将に心から同情した。

「お前、ただの空手使いじゃないな? 」

まだ痺れが取れぬ右腕を摩りながら、小台が忌々し気に問い質す。

 

 

 

 

 


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