その4

 

 

 

 

「前にも話したように、ウチの実家は空手道場を開いているけれど、親父はとにか

 く兄貴たちは空手よりもバーリ・トゥードの方に熱心なのよね。だから、私も兄

 貴たちに実家で鍛えられているってワケなんだ」

傲然と胸を張る美女の言葉に、小台は肩を落としてうなり声を漏らす。

「くそ! そうと分かっていれば… うむむ、無念! 」

主将と同様に一様に肩を落とす柔道部員から目を離した智也は、主審役を終えてこ

ちらに戻って来た吉岡を捉まえて疑問を投げかける。

「あの、バリー… バリーなんとかって、何ですか? 」

「ああ、バーリ・トゥードの事? 総合格闘技に分類されているんだよ。たしかポ

 ルトガル語だと記憶している。日本語に約すと「なんでもアリ」だったっけかな

 ? 基本的に急所以外に対してならば、どんな攻撃もOKな格闘技なんだよ」

吉岡は笑いながら小声で答えてくれた。

「だから、柔道部の連中に捉まえられても、そんなに心配はしていなかったけれど

 、まさか悲鳴を上げて相手を怯ませたうえで攻撃するとは… いやはや、遠藤さ

 んらしいと言えば、らしいかな? 」

敗北者の群れから見えない角度で、吉岡は微笑みウインクした。

「もう、君も、彼女の頭の中じゃ立派な空手同好会のメンバーになっているから、

 入会を断るのは考えものだね。なにしろ彼女は君を逃したくない強烈な理由があ

 るのさ」

「強烈な理由ですか? 」

思い当たる節が無いから、智也は首を傾げた。

 

「ふっ、どんな形であれ、負けは負け、認めなさい、柔道部」

勝ち誇る美樹子の言葉に打ち拉しがれて、小台は目を伏せ呻く。

「だいたい、無駄な挑戦なのよ。こんなことをしなくても、ウチの優位はこの春か

 ら絶対になったのだもの。その意味、分かるわよね? 」

「なんの事だ? 絶対的に優位だと、ふざけるな! 」

こちらも心当たりが無いのか? 敗戦の衝撃から、まだ立ち直れぬ小台を差置き、

副部長の置田が美女に噛み付いた。

「あら、そこにいるセグチくんの姿が見えないのかしら? 」

空手同好会と柔道部の熾烈な争いの真只中で、いきなり美樹子から名指しされた智

也は、目を白黒させた。呆然と立ちすくむ新入生の元に、美樹子が軽やかな足取り

で歩み寄る。

「柔道部の皆さんに改めて紹介するわ。彼はセグチトモヤ君、ウチの今年の新入会

 員よ。いいえ、新入部員と言うべきかしら。なにしろ、彼の入会、いや入部によ

 り、空手同好会のメンバーは目出たく10人に達したから、あとは申請をすませ

 るだけで、ウチは同好会から晴れて空手部に昇格するの」

 

南方大学の学則で、大学側から正式に部として公認されるには部員が10名必要と

されていたから、美樹子は同じゼミの女友達に懇願して、いまの女子大生風のお洒

落な服と、栗色で巻き毛のウイッグスを借りて粧し込み、校門近くで獲物を待ち構

えていたのだ。大雑把に張り巡らされた女郎蜘蛛の巣にひっかかったのが、男子校

とは異なる華やいだ大学のキャンパスの雰囲気に浮かれていた智也だった。

「それが、どうして絶対的な優位になるんだ? 昇格して、やっと俺達柔道部と同

 格じゃないか! 」

顔を赤くして置田が反論する。

「ふふふ… 同格ならば、あとは実績がモノを言うわよね? 大学対抗の地方選手

 権では万年三部リーグで最下位を争う柔道部に比べて、我が空手同好会、否、新

 生空手部は、去年の選手権で参考参加ながら、女子の個人戦で私が優勝! 団体

 戦でも、地方選手権で3位の実績を残したのよ」

「個人戦優勝と言っても、あの時の女子部門の参加メンバーはたった8人だろうが?

それに団体戦の女子部門の参加大学は、たしか… 」

「ええ、団体戦女子部門の参加大学は7校よ。でもね、地方戦で万年3部リーグの

 柔道部と、同じく団体戦の女子部門で3位入賞の実績を持つ空手部ならば、大学

 の上層部はどちらを優先させるかしら? お願いしたらひょっとすると、この道

 場も私達専用で使わせてくれるかも知れないわよね」

「まさか、遠藤! 実績を楯に取って俺達を道場から追い出すつもりか? 」

部の存続に関わる問題だから項垂れてばかりも居られずに、小台は青ざめた顔で怒

号を上げる。

「いいえ、そんな、まさか、私はそんなに冷血な女じゃ無いわよ。だから、今日の

 勝負もノーカウントにしてあげる。これまで通り、月曜日と火曜日は柔道部が、

 この道場を使ってもいいわ。そのかわり… 」

ここで美樹子の目に邪悪な光が宿った。

「そのかわり、道場の畳の拭き掃除は今後、全面的に柔道部にお願いするわね」

「なに〜〜〜! 畳の拭き掃除は毎週交代で受け持っているじゃないか! 」

広い道場の畳への雑巾がけは、さぞや大変な作業なのであろう。柔道部の面々にも

動揺が走った。

 

「あら? そんなこと言うの? ふ〜ん、それならば道場を使うのやめたら? 別

 に空手部としては、万年三部リーグで最下位を争う柔道部と道場を折半しなくて

 も良いんだけれど… 」

美樹子の言葉に小台は下唇を噛み締めた。なにか反論しようと口を開きかけた彼を

、副将の置田が押しとどめる。

「まずいです。主将、ここは歯を食いしばって、明日の為に今日の屈辱に耐えまし

 ょう」

「置田、俺は嫌だ、戦って戦って、戦い抜くのが男じゃないのか? 」

握り拳を震わせる主将の肩を抱き、小台は諭す様に囁く。

「いまの我々の戦力ではガミラス… いや、空手部には勝てません。来る新人戦ま

 でに新入部員を鍛え上げて実績を作り、その上で大学の上層部に掛け合わなけれ

 ば、逆に柔道部が同好会への格下げを喰うかも知れません。だからここは耐えま

 しょう、主将」

畳の上で繰り広げられた男の熱い友情劇は、美樹子に何の感慨も齎さない。

「はいはい、慰め合いは、どこか他でやってね。練習の邪魔だから、用事が済んだ

 ら帰ってよ」

美しい空手同好会の会長の惨い言葉に蹴飛ばされて、返り打ちにあった柔道部員た

ちはトボトボと道場を後にする。一方、柔道部連中の愁嘆場に興味も持たなかった

吉岡は、余りの状況の変化に戸惑う智也の元に歩み寄る。

「これで君の入会、いや入部は決まりだね。もしも、今さら嫌だなんて言ったら、

 僕は知らないよ。あの会長が怒って暴れたら、少なくともうちの同好会の会員は

 、だれも止めることなんて出来ないからさ。それでも、まだ逃げるなら、それ相

 当の覚悟が必要だよ」

栗色の巻き毛の美女の誘いにまんまと乗って鼻の下を伸ばした代償が余りにも大き

い事に絶望しながら、智也はこの日で一番大きな溜息を漏らした。

 

 

 

 

 


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