その5

 

 

 

 

結局、「やめます」と言う言葉を呑み込んだ智也は、なけなしの小遣いをはたいて

、まっさらな空手着を購入する羽目に陥った。けして望んで入った空手部では無か

ったが、昨年出来たばかりで、伝統も文化も無い新興の部だけのことはあり、1学

年上の先輩である吉野や蒲田は、けして上級生風を吹かす事も無く、他の運動部と

は異なり上下関係は、ほとんど意識しないですむ特異な雰囲気のクラブになってい

た。

おまけに男子部員は智也を入れても、たった3人、しかも、他の2人は、付き合っ

ている彼女の誘いで入部して来たので、南方大学空手部の男子部門の空気は緩く、

とても大学の運動部とは思えぬ環境と成っていた。入ってみて分かったことだが、

最初に柔道部との異種格闘技戦などと言う物騒な抗争を目にしたので、てっきり打

撃系のフルコンタクト空手かと思っていたが、それは大きな誤解であり、本来の空

手同好会は形の修得を重視する寸留め空手だったのだ。

その姿勢は智也が加わり同好会から部に昇格しても変わらず、部員達は道場での美

樹子の指導の元で、基本的な形の修得の為に汗を流す毎日だった。入部当初は、己

の勘違いを喜び、同時に安心した智也だが、彼の安楽な日々は、そうは長くは続か

ない。ようやく、幾つかの空手の形がさまに成って来たある日、美樹子は道場に大

荷物を運び込んで来た。

 

「あれ? なんですか? それは? 」

美樹子が持ち込んだ大きな鞄を目ざとく見つけた智也は、好奇心をむき出しにして

問い質す。

「うふふ、これは智也への私からのプレゼントだよ」

無邪気な笑顔で答えた美樹子の顔を見て、僅か数カ月余りの付き合いながら、その

裏に潜む邪悪な念を読み取れるようになった若者は、思わず畳の上を後ずさる。そ

んな智也の怯えを他所に、美樹子は嬉々として鞄の中身を畳にぶちまけた。

「えっと、これがフェイスガード、ほらテコンドーでお馴染みでしょう? これが

 アームガードに、えっと、ボディのガード、そんでもって、こっちはレッグガー

 ドよ」

「あの、これって… 」

おそるおそる強化プラスチックで出来た無色透明なバイザーが組み込まれたフェイ

スガードを摘まみ上げた智也に向かって、美しい悪魔が微笑みかけた。

「君の想像は、たぶん正解だと思うよ、これはウチの実家の道場で使っている、フ

 ルコンタクト用の防具なの」

持ち上げたボディ用の防具を拳でポンポンと叩きながら、嬉しそうに美樹子が教え

てくれた。

「あの〜、寸留め空手部に、いったいなんで実戦用の防具は必要なのでしょうか?

 しかも、部員みんなじゃ無くて、僕個人への贈り物って言う意味がわかりません」

ほんとうは痛い位に意味が分かっているのだが、最悪な想像を否定したくて、若者

は敢えて美しい空手家のまえで恍けて見せた。

「うん、ウチの部は基本的には伝統派の寸留めだけれども、私個人はフルコンタク

 ト系をこよなく愛しているんだよね。そこで、智也にもフルコンの練習に付き合

 ってもらおうと思って、わざわざ実家からひと組み失敬して来ってわけ。ほら、

 手伝ってあげるから、ちょっと装着してごらんなさい」

「かっ、勘弁して下さいよ。僕は空手を初めて、まだ数カ月の素人なんですから。

 そうだ、吉野さんか、蒲田さんにお願いしましょう」

入学直後、だまし討ち同然に道場に連れ込まれた時、あの柔道部との異種格闘技戦

で見せた鋭い蹴りを思い出して、智也は震え上がった。

「だめ、だって吉野も蒲田も以前に絶対に嫌だって断られたもん。だいたい、あの

 二人が、この程度の防具を付けたからって、アタシの相手に成ると本気で思うの?

 ねえ、智也? 」

正直に言えば、二人の先輩男性部員の実力は、まだ空手を初めて数ヶ月の智也に比

べても大きく劣る。二人とも高校時代は文科系のクラブに所属していたから、卓球

部で毎日汗を流して来た智也に比べて基本体力に格段の差があった。入部ひと月ど

ころか、1週間もしないうちに、すでに智也の腕前が2年生の二人を凌駕したが、

その先輩超えの為のハードルは高いどころか無いにも等しかったので、若者は事実

上、空手部男子の最強となったのを誇りに思う事は無かった。

だが、そんなことを認めてしまえば、彼はこれらの防具を身に付けて、美樹子と対

峙しなければ成らなくなってしまう。額に脂汗を滲ませる若者の顔に、彼女は嬉し

そうにフェイスガードを装着した。結局、全身を直接打撃を是とする実戦空手用の

防具で包まれた智也は、己の運動神経の良さを呪いながら、美樹子の前でファイテ

ィング・ポーズをとる羽目に陥った。

「お手柔らかに、お願いします」

「うん、分かっているよ、じゃ、行くからね」

鋭い風きり音と共に、美樹子の上段回し蹴りが智也に襲い掛かった。

 

 

「あ〜楽しかった、伝統派も良いけれど、やっぱりフルコンタクトはスカっとする

 わよね。あなたもそう思うでしょ? 智也? 」

彼女の手を借りて顔面を守るフェイスガードを外した智也は、その場にへたり込み

ゼイゼイと息を荒げていて、とても美人空手部長の朗らかな問い掛けに答えられな

い。用意された防具は一人前だから、彼女は一切防具を身につけていないものの、

丁度良いハンディだから、思いっきり掛かって来なさいと言われていた智也は攻撃

こそ最大の防御なり、との格言を信じて、ここ数カ月で覚えた空手の突きや蹴りを

立て続けに繰り出した。

しかし、確かに攻撃は最大の防御と言う言葉に誤りはないが、下手糞は攻撃する際

に大きな隙が出来るのも、また、事実だから、智也は迂闊に攻め込んでは手酷く反

撃されていた。頑丈な防具が無ければ、最初の一撃でダウンしていたと思われる。

しかし、如何に丈夫な防具と言っても完全に衝撃を吸収してくれるワケも無く、素

人に毛が生えた程度の智也の防御では、まったく無傷で組手を切り抜けられるはず

もない。

「智也は中々、筋が良いよ。まだ空手を初めて間も無いのに、もう、組手がさまに

 成っているんだもの」

ようやく呼吸が整った若者は、彼女の取って付けたような御誉めの言葉にに苦笑い

で応えた。この日から、一通り形を学ぶ練習を終えた後に、智也は重装備を身に付

けて美樹子の相手を務める様に成って行った。

 

 

 

 

 


次に進む

 

目次に戻る


動画 アダルト動画 ライブチャット