その6

 

 

 

「それじゃ、今年1年、お疲れさまでした。かんぱ〜い」

美樹子の音頭の元で乾杯を済ませた空手部員は、暑いくらいに暖房の効いた部屋で

冷えたビールを飲み干した。思い返せば、初夏に行なわれた大学対抗の新人戦、そ

して夏の合宿、秋の本大会、など、入学して1年目で、まだ勝手が分からなかった

智也にとって大学生活最初の年は、あっと言う間に月日が駆け去って行き、気が付

けば早くも忘年会のシーズンと成り、南方大学空手部も大学の最寄り駅の駅前商店

街の一角にある学生御用達の居酒屋で、去り行く年を惜しむ集いを開いていた。

「さあ、瀬口くん、一杯、どうぞ」

強いと言うほどでは無いが、そこそこは酒を嗜む智也が乾杯の掛け声を聞いたあと

、手にしたビールのグラスを一気に飲み干したことから、彼の隣席に腰掛けていた

吉野が、嬉しそうに右手でビール瓶の口を後輩に傾けてくる。

「いや、駄目ですよ、先輩にお酌なんて、そうだ、先輩の方こそ… 」

いかに雰囲気は緩いと言っても、それに秋の地方大学選手権で智也は三回戦まで進

んだが、目の前のひ弱な先輩は一回戦で敗退したにせよ、先輩であることに間違い

はないので、若者は慌てて自分もビール瓶へと手を伸ばす。

「あっ、だめだめ、僕、下戸なんだよ。だから、ほら… 」

彼が指し示した膳には確かに、ジョッキに入ったロックのウーロン茶が鎮座してい

た。

「そうなんですか」

酒の苦手な先輩に困惑顔を見せた智也は、どうすれば良いか思い悩む。

「だから、気にしないで、智也くんは、どんどん飲んでよ」

先輩なのに、何時まで経っても唯一の後輩に君付けをやめない吉野は、智也の空の

グラスに、かまわず麦酒を注ぎ込む。

「それにしても、新入部員として加わってくれたのが君で、本当に良かったよ」

智也が二杯目のビールを咽に流し込んでいる間に、吉野は腕を組みしみじみと語っ

た。

 

「遠藤さんは、もともと御実家が直接打撃系の空手の道場を営んでいるから、同好

 会の設立当初からフルコンタクトでの組手を熱望していたんだ。でも、他の女性

 部員は全員、まったくのド素人だったし、男子部員と言っても僕や蒲田くんじゃ

 、やっぱり相手にならないからねぇ… 」

二人とも、付き合っている彼女に頼まれて、好きでも無い空手同好会に入会した経

緯を思えば無理も無い話だと、ビールを飲み干した智也は納得して頷いた。すかさ

ず、後輩のグラスに三杯目を注ぎながら吉野は破顔する。

「そこで救世主たる瀬口くんの登場だ! 君も僕らと同様に初心者なのに、抜群の

 運動神経と体力を武器に、あの遠藤さんとの組手に耐えてくれている」

「いや、あれは美樹子部長が手加減してくれているのと、それから部長が実家から

 持ち込んでくれた、フルコンタクト戦用の防具が優秀なおかげです」

形を修得する為の練習を終えた後で、毎日のように美樹子と直接打撃ルールでの組

手を繰り返して来たことから、多少はさまになったと言う自負はあるが、それでも

防具無し対峙したならば10秒持つかどうか怪しいことも自覚する智也は謙遜抜き

で吉野の褒め言葉を否定した。

「いやいや、そんなことは無いさ。君は立派に強くなっている。それに、僕にせよ

 蒲田くんにせよ、あの頑丈な防具を装着したところで、遠藤さんが相手なら1分

 も持たないことには自信があるよ」

妙なところで自信を持っている先輩の姿が可笑しくて、智也は笑いを堪えるのに苦

労した。先輩では無く、親しい友人の様に振る舞う吉野との会話は楽しく、また、

男性部員3人に対して女性部員7人と言うアンバランスさもあり、下級生ながら智

也もチヤホヤされて、鼻の下を伸ばしつつ杯を重ねて行く。

 

「お〜〜い、ともや〜〜飲んでいるか? ほら、美樹子さまが、お酌してやるから

 、もっと、どんどん、飲みやがれ〜〜〜」

顔を真っ赤にした美樹子が両手にビール瓶を持ち迫って来るので、智也は慌ててグ

ラスに残っていた麦酒を飲み干す。

「うん、よい、飲みっぷりだ! さあ、グラスを出せ」

「はい… 、あっ、うわぁぁぁ、先輩、溢れています、もう、あ〜〜あ」

盛大に溢れたビールで座敷きの畳みを泡塗れにして、ようやく美樹子はビール瓶を

手元に引き寄せた。

「なんだ〜、そんなに零して、もったいないぞ、お百姓さんに謝れ! う〜い、ま

 あ、今夜は無礼講だから、この美樹子さまが許してやろう、感謝しろよトモヤ! 」

勝手な台詞を残して、美樹子はふらふらと立ち上がり、他の部員の元に去って行く。

「美樹子先輩って、あんなに酒癖が悪かったですか? 」

畳みどころか膝まで麦酒で濡らされた智也は、訝し気に隣席の吉野に問いかける。

「さあ、どうかな? あまり酒は強くないのに、今夜に限って、飲み過ぎているの

かも知れないね」

いまひとつ納得の行かぬ風情の後輩を見ながら、吉野は曰くありげに微笑んだ。

 

 

一年間の憂さを飲むことで晴らす目的の宴会は、やがて終わりを告げた。

「それじゃ、瀬口くん、たのんだよ」

「了解しました、よいしょ、ほら、美樹子先輩、散会ですよ」

すっかりと酔い潰れた美樹子を、このまま店に残すわけには行かないので、めずら

しく吉野が先輩の強権を発動して、智也が彼女の自宅のアパートまで送り届ける事

を命じていた。正体を無くした美女を背負い、智也は他のメンバーにペコリと頭を

下げてから居酒屋を後にした。彼等のうしろ姿が遠ざかるのを微笑みながら見つめ

ていた吉野の隣に、音も無く蒲田が忍び寄る。

「うまく行くかな? 」

こちらも曰くありげな笑みを浮かべて、蒲田が囁いた。

「なにしろ、遠藤は、あんなだし、それに瀬口の野郎は、これまたとびっきり鈍い

 男と来てやがる。俺は、新年が開けてから、すげ〜不機嫌な顔で遠藤が初稽古に

 来るような予感がして憂鬱なんだ」

街灯の灯りが立ち去る二人が小さくなるのを映し出す中、蒲田は眉を曇らせ溜息を

漏らす。

「大丈夫だよ、遠藤さんの酔っぱらいぶりは、あれは御芝居だし、いざとなれば、

 瀬口くんを押し倒すさ」

「おっ、お前は、そう思うのか? それならば、俺は不首尾に終わる方に1000

 円賭ける」

蒲田の不謹慎な言葉に、吉野は笑って頷いた。

「のった! ならば僕は、美樹子さんが、年開けの初練習の時に舞い上がっている

 方に1000円だ」

お互いに顔を見合わせてひとしきり笑い合った二人は、すぐに別れて、各々の彼女

と共に夜の街へと消えて行った。

 

 

 

 


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