その11

 

 

 

 

「まあ、良いではありませんか、経過はどうあれ、瀬口くんとは冬休みを共に過ごす

 仲になったのですから… 」

しょぼくれた美女に向かって、遠藤は追い討ちか、あるいはフォローか、微妙な言葉

を投げかけた。

「なんか、あんた達だけじゃ無くて、女子の皆が妙に協力的だったのは、多少、引っ

 掛かってはいたけれど… まさか、私以外は全員が彼氏と彼女持ちだったとはね。

 はっ! あの生温い視線は、独り者の私を哀れんで… くぅぅぅ… 悔しいやら情

 けないやら、おまけに恥ずかしいやら」

鞄を椅子に投げ出した美樹子は、その場で地団駄踏んで憤る。そんな彼女の元に、ひ

とりの男が歩み寄って来た。

「やあ、君、名前、なんて言うの? 君みたいな美人が、この講議を受講していたの

 に気付かないなんて、僕も迂闊だったよ」

噂では地方の開業医の三男で金回りは大層良い優男が、難しい顔をした美樹子の所に

近付いて来た。

「ねえ、僕はお年玉でポルシェを買ってもらったんだけれども、良かったら君を最初

 にパッセンジャーシートに座らせてあげようか? この講議がおわったら、少しド

 ライブに行かないか? 」

優男の堂々の軟派に、彼に好意を寄せる女学生から悲鳴とも嗚咽とも言えぬ複雑な声

が上がる。

 

「おい、坂本」

「なんだい蒲田くん? 僕は今、この美しいお嬢さんをドライブに誘っているんだ。

 邪魔しないでくれたまえ、男の嫉妬は見苦しいぞ」

坂本と呼ばれた優男は、これまで何人もの女性を魅了して来たと信じる、とびっきり

の笑顔を美樹子に向けた。

「お前、忘れたのか? このゼミの最初の講議の時に、彼女にチャラいナンパを仕掛

 けて、こっ酷く殴られたことを? 」

「馬鹿言わないでくれたまえ、あれは凶悪な暴力女の遠藤の奴のことじゃないか。僕

 はあんな格闘技オタクじゃなくて、こちらの… えっ… ふぎゃあ!! 」

もう1秒ほど早く分かっていたならば、彼は同じ女性に二度に渡って殴り倒されるこ

とは無かっただろう。しかし、色男を自認する坂本の頬には今回もくっきりと美樹子

の右の拳の後が残っていた。

「だれが凶暴な女だって? あ〜〜〜〜ん? サカモト? 」

「ちなみに「凶暴な女」じゃ無くて、「凶悪な暴力女」と、坂本くんは言っていまし

 たよ」

激高した美樹子を止めるどころか面白がって火に油を注ぐようなことを、平気な顔し

て吉野が付け加えた。

 

「ひぇぇぇぇぇ… おまえ、おまえは、おまえこそ、まさしく遠藤美樹子… 騙した

 な!この暴行魔め! ちくしょう! おぼえていろぉぉぉぉぉぉぉぉ… 」

頬を腫らした優男は、目に涙を溜めたまま美樹子の前から走り去った。その後を、傷

心の優男を心配した女生徒数人が、やはり慌てて追い掛けて行く。

「やれやれ、なんで女の外見しか見ない軽薄な阿呆が、あんなにモテるんだ? 」

綺麗な衣装に似合わぬ仁王立ちの美樹子の台詞を吉野は聞き逃さない。

「それは多分、彼の人間的な魅力では無くて、彼の持っているお財布に魅力が溢れて

 いるからだと思いますよ。派手な外車でデートに誘われて、高額なアクセサリーを

 頻繁にプレゼントしてくれる気前の良い優男ですので、女性の需要は高いと思われ

 ます」

「ちょっとばかり見てくれが良くても、あんなに軟弱な男は、私は御免だね」

走り去った優男が残した甘いコロンの香りまで気に入らぬ美樹子は、顔の前で手をひ

らひらさせてしかめっ面を見せた。

 

「でも例えば、坂本くんからドライブに30分ほど付き合ったら、駅前の焼肉屋で1

 週間の食べ放題のチケットをくれると言われたら? どうですか? 遠藤さん」

意地悪な質問をぶっ付けてきた吉野に向かって、美樹子は皮肉な笑みを浮かべる。

「ふん、去年の私ならば、かなり心がグラついただろうが、今の美樹子さまには、そ

 んな誘いは無駄なことだ」

「なるほど、そんなに瀬口くんの事が大切ですか? 」

食い気よりも男を選ぶ美樹子の変貌に、吉野は驚き目を見張る。

「あたりまえだ、今の私にとって智也以外の男など、なんの価値も無い! そう、道

 端の雑草に等しい! 」

新しい恋人を得て舞い上がった美樹子は、周囲の呆れる視線をものともせず、一つ年

下の若者への思慕の情を高らかに宣言した。

「なんだよ、俺も吉野も、道端のペンペン草扱いか? 」

ぼやく蒲田が可笑しくて、吉野は大笑いしながら席に付いた。

 

 

講議が終わる時間のかなり前から、美樹子はかってに机の上の片付けを始めた。

「なあ、この後、二限目は空きだろう? 学食のラウンジで茶でもしよか? 」

蒲田の小声での呼び掛けに吉野は頷くが、美樹子の方は困った顔をして首を横に振る。

「わり〜〜、次はちょっと、用事があって… つ〜ことで、これでフケるね」

記帳済の出席カードを吉野に預けた美女は、残り15分程になった講議をタイミン

グを見計らい抜け出して行く。首尾良く講師の目を盗み教室を脱出した美樹子は、

コートと鞄を小脇に抱えて、まだ人気の無い廊下を物音を立てぬように気遣いなが

ら駆けてゆく。2段飛ばしで階段を駆け上がり、あっと言う間に5階に達した美樹

子は、迷う事なく廊下の突き当たりの小部屋の前に辿り着く。

小さくノックをすると、中から智也の返事が聞こえてきた。美樹子は左右を見回し

て人の気配が無いのを確かめてから、静かに扉を開き空き教室の中に足を踏み入れ

た。

「ふぅ、おまたせ、智也… あっ、ばか、もう… 」

はやる気持ちを抑え切れず、一気に階段を駆け昇ったことから多少息切れした美女

の唇は、強引に抱き寄せられた智也のキスにより塞がれた。

「やくそく通りに、ちゃんと綺麗に成って来てくれましたね、うれしいです美樹子

 さん」

キスを終えると今度は力を込めて抱き締められて耳もとで囁いて来るから、美樹子

は膝から力が抜けて行くのを堪え切れない。その上に、このけしからん後輩は、再

びキスを仕掛けて来たかと思うと、彼の命令に従い嫌々履いて来た超ミニスカート

の裾を正面から堂々とたくしあげて来るのだ。

 

 

 

 

 


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