その1

 

 

 

 

「来ちゃったよ。とうとう、ここまで来ちゃった」

芳弘は5Fでマンションのエレベーターを降りると、あまり広くは無い廊下の突き

当たりの部屋のドアを凝視する。智代から教えられていた507号室までは一直線

だから迷う心配は無い。人気の無いエレベーターホールで大きくひとつ深呼吸をし

てみるが、このマンションに辿り着いた時から高鳴り始めた胸の動悸は一向に納ま

る気配も無い。

智代の部屋に続く飾りっ気の無いコンクリートの廊下を目の前にした少年は、この

まま振り返り昇って来たばかりのエレベーターに舞い戻り、この場から遁走したい

と言う誘惑に駆られていた。

(いや、やっぱり駄目だ! こんなチャンスは二度とは無い。勇気を出せ)

散々に悩んだあげく、土産に選んだシュークリームの箱に目を落とした芳弘は、歯

を食いしばって一歩目を踏み出した。

 

 

話は前日の戻る。所属していた文芸部で1年生と言うことを理由に面倒で細々とし

た雑用係を命じられていた芳弘は、秋の文化祭で予定されている文芸部の作品展示

の素案と、その企画に必要な経費の概算見積もり書を持って職員室を訪ねていた。

「ちぇ、先輩たちは狡いよな。面倒なことは全部、僕に押し付けてくるんだもん」

土曜日の午後と言うこともあって、友人達と繁華街で道草をくう約束をしていた芳

弘だったが、先輩から急に期限が迫っていた書類の整理と提出を命令されて、しか

たなしにカラオケのお誘いを断っている。だが、小さく愚痴を漏らしているわりに

、少年の表情は妙に明るい。

それは文芸部の顧問にして、彼の所属するクラスの担任でもある智代先生と親しく

話すチャンスを得たからだ。山口智代先生は今年で27才、なぜまだ独身なのか不

思議なほどに美人で聡明な女教師だった。入学早々に担任の女教師に仄かな恋心を

寄せた少年は、運動オンチを自認していたこともあり、何の迷いもなく智代が顧問

を勤める文芸部への入部を決めていた。

だから貴重な土曜日の放課後の遊ぶ機会を逸しても、こうして智代の元に書類を持

ち込み、たとえ二言三言であっても会話を交わすことが出来れると思えば、それだ

けで芳弘は上機嫌に成れた。残念ながら2年生の選択科目である美術を教えている

智代だから、彼女と1時間の授業を共に過ごす至福の時はまだ望めないが、あと数

カ月の我慢の後、2年生に首尾よく進級を果たした暁には、絶対に美術の授業を選

択する心つもりの少年は、両親を説得して学習塾の他に近所の個人で運営している

の絵画教室にも通い始めていた。

 

「あら、新田くん、上手いのね」

と、美貌の美術教師に来年度、誉められる妄想を胸の中で大きく膨らませながら、

かれは学習塾の時よりも、ずっと熱心に絵画教室で絵筆を取っていた。だから少年

は、大急ぎでまとめた文芸部の書類を手に意気揚々と職員室に向かっている。放課

後と言うこともあり校舎に残っている生徒は疎らで、そんな生徒達も家路に付く為

に三々五々に昇降口へと向かっていた。

「失礼します、1年2組、新田芳弘、入ります」

ノックの後、規則に従い所属のクラスとフルネームを告げた少年は職員室の扉を開

く。目当ての人が席にいたことに内心で安堵の溜息をもらした芳弘は、顔を上げて

微笑んでくれた担任の女教師の元に、逸る気持ちを抑えつつ足をすすめる。

(ふう、在席してくれていて良かった、もっとも所用で席を外されていても、戻っ

 てこられるまで廊下で待っていりゃ良いことだけれど… )

不在なら付箋を付けて提出書類を智代の机の上に置いておけば事足りるが、彼女と

の会話を切望している芳弘には、そんなもったいない選択肢は眼中に無かった。

「ようやく持って来てくれたのね」

提出の期限がギリギリに迫っていたこともあり、智代は少し困った顔で少年を睨む。

「すみません、なにしろ、この書類のことも、提出の期限が今日だったことも、今

 朝、部長から言われたものですから… 」

連絡のミスは明らかに文芸部の責任だが、それは上級生たちの不手際であることを

はっきりとさせておかないと、芳弘の怠慢だと思われては心外だから、少年は少し

だけ不貞腐れたふりをして謝罪の言葉を延べた。

 

「えっ、本当? それじゃ、今朝、言われて今日中に仕上げてくれたのね? あり

 がとう、新田くん」

友人達の誘いを後ろ髪を引かれる思いで断った芳弘は、このささやかな感謝の言葉

で酬われた。いや、酬われた以上に少年を有頂天にした。彼の目の前で智代は受け

取ったばかりの書類にざっと目を通す。

「うん、記載漏れは無いみたい。それに、もう予想される必要経費の概算まで提出

 してくれるなんて、これを1日で仕上げるのは大変じゃ無かった? 」

「いえ、その… 去年の資料がありましたから、時間は多少掛かっちゃいましたが

 、なんとか成りました」

最後まで目を通した智代は、あらためて先輩生徒の不手際をフォローした芳弘に労

いの言葉を掛けた。

「ほんとうに大変だったでしょ、でも今日、持って来てくれて大助かりだわ。それ

 じゃ、さっそく学年主任に渡さないと… おくれると、あの先生、ちょっと煩い

 のよ」

片目を瞑り、ペロっと小さく舌をだした親愛を込めた智代のそぶりに、彼女を崇拝

する少年は痺れた。書類提出の為に立ち上がった智代に促されて、十二分に放課後

の労働が酬われた少年も職員室を立ち去ろうと身を翻す。

「あっ、そうだ! ねえ、新田くん、明日の日曜日、なにか予定あるかな? 」

「えっ! 」

放課後と言うこともあり、職員室に残り残業する教師も疎らな中、退室しようとし

た少年の腕を捉まえて、智代が小声で話し掛けて来た。

(それって、どう言う意味ですか? センセイ? )

瞬時に頭の中であらゆる妄想が膨れ上がりフリーズした芳弘を、たった今、彼が提

出した書類を持つ美人教師が見つめていた。

「いえ、別に、なにも… 」

彼女に合わせて声をひそめて返事した少年に対して、智代は満面の笑みで頷く。彼

女は自分の机の引き出しを開けると、中から1枚の名刺を取り出す。一旦、手にし

た書類を机の上に置いた女教師は、ボールペンを掴み名刺の裏に数字を書き込んで

行く。

「ちょっとお願いがあるのよ、ここじゃ話せないから、明日、そうね、2時過ぎく

 らいに家まで来て欲しいの。ねえ、お願い出来るかしら? 」

携帯電話と思われる番号が裏面に書き込まれた智代の名刺の表には、彼女の名前の

脇に小さく自宅の住所が記載されていた。

 

 

 

 

 


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