その4

 

 

 

 

「あまり酷くからかっていたので、その時はクラス委員と女子の数人、それに僕も

 見兼ねて注意したので、馬鹿にしていた連中は悪態をついてその場を立ち去った

 のですが、西崎君は黙って泣いていたんです」

「ふぅ… そんな事があったの」

膝の上に置いた手で拳を握り締めた女教師は沈痛な面持ちで深い溜息を漏らした。

「話してくれて助かったわ。これで西崎くんが学校を休んでいる理由がわかったも

 の」

表情は冴えないが、疑問だった受け持ちの生徒の登校拒否の理由に合点がいったこ

とから智代は何度も頷いた。だが、原因はわかったが、どうすればいじけた西崎の

心を解きほぐして登校させれば良いのか、智代は途方にくれるばかりだ。そんな憧

れの女教師の苦悶する姿を、芳弘は黙って見てはいられない。目の前の少年のこと

を忘れて、登校拒否の西崎への対応に苦慮する智代に芳弘は思わず声を掛けた。

「あの、僕が西崎君と話してみましょうか? 」

「えっ! 」

担任の生徒の言葉に智代は驚き目を見張る。

「たぶん西崎君も、そろそろヤバイって感じているハズです。このまま引き蘢って

 いたら留年は確実ですよね。もういい加減に登校しないといけないとは分かって

 いても、その切っ掛けが掴めないんじゃ無いかと思うんです」

藁にも縋る思いで美しい女教師が見つめてくれるから、彼女を崇拝する芳弘は気分

よく話を続ける。

 

「だから、先生じゃ無くて、クラスメイトの僕なら呼び掛けを聞いてくれるかもし

 れません。それに、実は西崎君と僕の家は比較的に近所ですから、もしも良かっ

 たら、後で彼に電話して、それでも登校を渋るようなら、月曜日は少し早めに家

 を出て西崎君の家に寄り、彼に一緒に登校するように説得してみます」

そこまでやる事もないのだが、もしも万事うまくことが進めば憧れの女教師の自分

に対する好感度は急上昇するであろうと言う打算があり、芳弘は面倒臭い働きをか

って出た。

「ほんと? もしもほんとうに、そうしてくれたら嬉しいわ」

安堵で顔を綻ばせた美人女教師は縋るような目で少年を見つめる。

「うまくゆくかどうか、まだ分かりませんが、なんとか西崎君を説得してみます。

 そのかわり、もしも僕が西崎君を連れて来る事が出来たら、先生はホームルーム

 の時にでも、絶対に人の肉体的な欠点を嘲笑うような事は止めるように厳しくお

 っしゃって下さい。じゃないと、せっかく出て来ても西崎君が、またどもりをか

 らかわれたら、元も子もありません」

すこし良い格好しすぎかな? と、思いつつ、芳弘は憧れの女教師に救いの手を差

しのべた。

「わかったわ、その事はまかせてちょうだい。ホームルームで皆にきつく言い渡す

 ことにするから安心して」

出口の見えない暗闇に差し込んだ一筋の光明に勇気付けられた智代は腰を浮かせて

前屈みになると、いきなりの思わぬ接近に狼狽した少年の手をしっかりと握り締め

た。

「おねがい、こうなったら、もう新田くんだけが頼りなの」

「はっ… はい、わかりました、月曜日にはきっと、西崎君と一緒に登校出来るよ

 うに彼を説得してみます」

こうして芳弘は、美しい女教師の期待を一身に背負いながら彼女の家を後にした。

 

 

ピンポ〜〜ン

約束の時間には少し早いが、芳弘は引き蘢っていたクラスメイトの家の前に立ち呼

び鈴を押した。数秒後、玄関のドアを開けて制服を着た西崎が目を伏せて出て来る。

「おはよう、西崎君」

「ああ、おはよう」

女教師の自宅マンションを辞して自分の家に戻るとすぐに、彼は智代から聞き出し

た西崎の家の電話番号に連絡を入れた。そこで、電話に出た西崎に対して自分は智

代先生から頼まれたことを説明した後、明日の月曜日には登校しようと呼び掛け、

朝、家まで迎えにゆくことを納得させた。

芳弘の読み通り、このままではまずいと思っていたのであろう、気合いを込めて電話

した芳弘が拍子抜けするほどあっさりと、西崎は共に登校する事を承諾している。だ

が、本当の成功は引き蘢りの級友を教室に連れ込んだ時だと信じる少年は、登校の道

すがら、極力明るく振るまい西崎の気持ちを盛り上げることに腐心していた。

西崎が芳弘と共に教室に入ると、久々の登校に驚いたクラスメイトはほんの少しざわ

ついたが、大きな騒ぎになることは無かったから芳弘は内心で安堵の溜息を吐いてい

た。予鈴のあとホームルームの為に教室に現れた美人教師は、久しぶりに西崎が着席

しているのを見て満面に笑みを浮かべた。

彼女は芳弘との約束を破ること無く、受け持ちの生徒全員に向かって、人の肉体的な

欠点をからかうのが極めて醜い行為であり、そんな真似は断じて慎むように厳しく言

い渡した。正直に言えば、単なる級友に過ぎぬ西崎が留年しようが退学になろうが、

そんなのはどうでも良かったが、智代の、あの晴々とした笑顔を見られただけで、芳

弘は厄介事を引き受けた甲斐があったと喜んでいた。

 

 

 

「ねえ、新田くん、明日の日曜日、なにか予定があるかしら? 」

二週続けて同じ人から同じ台詞を聞かされて、一瞬デジャブかと耳を疑ったが、最初

の場所が職員室で、今は文芸部の部活動を終えた教室だったことから、芳弘は今の美

人教師の言葉が幻では無かったと思い直す。

「いいえ、別になにも… 」

最初の時と同じ台詞で返答した芳弘は、自分のボキャブラリーの貧困さに悲しく成る

。既に放課後の文芸部の部活動は終わっていて、1年生の芳弘に後片付けを押し付け

た先輩部員たちは皆、彼をひとり残してさっさと帰宅の途に付いている。本来ならば

先輩の横暴に腹を立てても良い状況ではあるが、今日に限っては顧問を務める智代先

生が残ってくれていたから、芳弘は至福のひとときを過ごしていた。そして二人きり

になったのを見計らい、美しい女教師は先週と同じ問いを彼に投げかけてきたのだ。

「そう、それならば、明日、今度はお昼前にまたウチまで来てよ。西崎くんのことで

 お世話になった御礼に、お昼御飯を御馳走するわ。ねえ、新田君はカレーは好きか

 しら? 」

心踊る申し出を受けて、芳弘は大いに驚いた。

 

 

 

 

 


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